原始の祈り*1
ポルタナに戻った澪とナビスは、悩んだ。大いに、悩んだ。
「し、しかし……スケルトンにも、信仰心がある、のでしょうか……?彼らは信仰心が無かったからこそスケルトンになってしまった人骨、と考えられているのですが……」
そう。悩みの中心は、ずばり『鉱山地下3階に巣食う人骨の魔物相手にライブを開いた場合、いけるか』である。
「ブラウニーが信仰心をくれたのは、彼らが魔除けに強い善良な魔物だからです。スケルトンも同じように、とはいかないかと……」
鉱山地下3階の人骨は、スケルトン、という名前の魔物らしい。そしてナビスの話を聞く限り、中々曰くの有りそうな魔物である。
「えーと、信仰が無い骨がスケルトンになる、っていうのは……?」
「神に見放された者の骨がスケルトンとなって蘇る、と言われています。勿論、本当のところは分かりません。その骨が誰の骨だったかなど分かりませんし、本当に人間の骨かも分かりませんから。しかし、スケルトンの類が殊更に魔除けに弱いというのは有名な話です」
「おお……そっかー、うーん、じゃあ、結構『聖女』ってだけで嫌がられちゃうかもねえ……」
ナビスが歌った途端にオーディエンスが成仏していくことも、十分に有り得る。想像すると、ちょっと怖い。ましてや、そんなスケルトン達から信仰心を貰えるとは思い難かった。
「でも……本当に人骨がさあ、救われなくて、それで暗い洞窟の中でぽつんとしてるんだったら、それはちょっとかわいそうだなー、って、思う。神様何してんの?とも思うよ」
「……そうですね。その気持ちは私にもあります。聖女としてはいかがなものかとも、思いますが……」
「神様って、信じてない人のことは救ってくれないのかなあ……」
呟きながら、澪は思う。それはなんだか寂しい、と。
「……私は、救われない方にこそ、救いが必要だと思います」
澪が少しションボリしていると、ナビスが静かにそう話す。
「祈ること、明日へ希望を持てること、何かを愛すること……それらが、1人1人の心を救い、そうしてこの世界をより良くしていくと、私は信じています。生きるために、楽しいことが必要なのですよね。明日を望めるようになるには、今日に満足できなければ」
「……うん。私も、そう思う」
ナビスの静かな言葉は、確かな希望となって澪を励ます。案外、緩いようでいて確かに根付くこの世界の信仰について、前向きに、受け止める元気が湧いてくる。
ナビスは微笑みながら、実に聖女然としていた。これほど清らかで慈愛に満ちた聖女も、そうは居ないだろう。
「まあ……やってみないことにはわかんないし。それでスケルトン達に嫌われちゃったら、その時はまた考えるってことで……うん」
澪はナビスに導かれるようにして元気を出すと、ナビスに笑いかけた。
「やってみよっか。スケルトン向けホネホネライブ!」
……ということで。
「やっぱここ暗いよ」
「しかし、スケルトン達にとっては、この暗さが安心なのかもしれませんから……」
「あー、うん、ちょっと分かるかも。暗くて狭い場所、落ち着くよね……」
澪とナビスは、鉱山地下3階へやってきた。魔除けの光を伴わずに、ただ、ランプに灯した灯りだけで。
……すると、スケルトンが一匹、やってきた。前回のように、群れを成してやってくるわけではなく、あくまでもはぐれたスケルトンが一匹、ふらっと来たような具合に。
「あ、えーと、こんにちは。お邪魔してまーす……」
澪は緊張しつつ、いつでもナビスを連れて逃げられるように身構えつつ、スケルトンに挨拶してみた。
……すると、スケルトンは多少首を傾げたものの、特に気に留めなかったようで、そのまま行ってしまった。
「……あんまり反応、無いねえ」
「ええ……でも、攻撃はされませんでした」
今までに戦ってきた魔物は皆、こちらを見るなり襲い掛かってきた。だが、ここのスケルトンには、それが無い。
「魔除けの光を灯さなければ、彼らはこちらを気にせずにいてくれる、ということでしょうか……?」
「いや、まだわかんないよ。さっきのがたまたま、ぼんやりボーンだっただけかもしれない」
「ぼんやりぼーん……」
何にせよ、油断はできない。スケルトン相手に、ブラウニー達と同じようにいくとは思えない。初めからある程度の対話や交流を試みてきたブラウニーに対して、スケルトンはこちらに対して、敵意か無関心か、そのどちらかしか見せていない。
……できることなら、スケルトンにも信者化してほしい。戦うコストを抑えられ、信仰心を得ることができる。そして何より……労働力に、なるかもしれない。
そう考えると、どうにも諦めきれない。
澪は早速、もう少しばかり奥へと踏み込んでいく。
「暗いねえ」
「やはり、闇の魔法が濃すぎますね……」
坑道は、暗い。ランプの光も闇に吸収されてしまうのか、あまり遠くまで照らすことができない。そんな中を澪とナビスは慎重に進み……。
「あ、スケルトンだ」
「居ますね。あれは……あら!夜光石を握っています!」
新たに見つけたスケルトンは、ふらふらカタカタと歩きながら、その手に夜光石を握っている。ぽわ、と海のような色の光が灯っており、それがなんとなく美しくて物悲しい。夜光石の光の色は、なんとなく、人魂や狐火を思わせるような色合いなのだ。
「あの、スケルトンさん」
そこへ、ナビスが果敢に近づいていく。
「その夜光石を譲っていただくことはできませんか?」
そして更に果敢にも、交渉し始める。
……だが、スケルトンの反応は芳しくない。スケルトンは、ぼんやりと首を傾げてナビスをじっと見つめるようにすると……急に動き出して、その手でナビスに掴みかかろうとする。
「きゃっ」
「こらこらこら!ナビスに触らない!イエスアイドルノータッチ!」
澪は慌ててナビスを引き寄せ、そして、尚も追ってきそうな勢いのスケルトンから逃げる。攻撃されそうな時に交渉し続けてはいられない。一時撤退である!
「やはり上手くいきませんね……」
「そうだねー……なんか、知能があんま無いのかな。反応が、なんかね、そんなかんじするよね」
澪とナビスは鉱山地下3階の入り口辺りまで戻ってきて、そんな話をする。
スケルトンは、確かに自分で動いている魔物だ。『生き物』なのかはよく分からないのでさて置くとして……どうも、彼らは反応に乏しい。呼びかけてみても、少々空しいばかりである。
「まあ、物理的に脳味噌無いからなあ、しょうが無いのかなあ……あれっ、でも、だとしたらどうしてあいつら動いてるんだろ……ん?そう考えると、ゴーストとかも、脳は、無い……?」
「ああ、彼らは魂で動いていますから」
更に『脳が無いのに動いてる!』ということに気付いてしまった澪に対して、ナビスがこともなげにそう答えた。
「たましい」
「はい。魂、です。スケルトンの場合、人骨に浮かばれぬ魂と魔性が宿って、スケルトンになると言われています」
「おおー……つまり、信仰心の無い魂は、取り残される……的な……?で、そうしてると魔物になっちゃう、的な……?」
「概ねそのような解釈かと」
やはり、この世界は異世界である。澪は『まあつまりそういうものらしい!』と割り切って、考えるのをやめた。
さて。スケルトンとの交流は、正直なところ望めそうにない。ここから先、どうすべきか。
諦めて一度帰ろうか、と澪が思い始めた、その時だった。
「うわ」
「きゃっ」
ぶん、とつるはしが振り下ろされる。
咄嗟に避けて見てみれば、そこにはつるはしを持つスケルトンの姿がある。暗くて気づかなかったが、すぐそこまで接近してきていたらしい。
尤も、接近してきたスケルトンも、カタカタしてはいるが、どうにも、ぼんやりとして意思が無いような、そんな印象を受ける。明確にこちらへ敵対しようとしているのではなく……こちらが見えてもいない、というような具合にすら思えた。
「危ないじゃん!何すんの!」
……まあ、それはさておき、澪はスケルトンを叱り飛ばした。
意思があるのか無いのか分からない相手を叱り飛ばす、というのも馬鹿らしくはあるが、それでも撤退前に一言くらい言ってやらねば気が済まない。
「ぼんやりしすぎ!こういうの駄目だよ!そういう不注意で労災とか起きるんだからね!」
「ろ、ろうさい……?」
ナビスが首を傾げているが、スケルトンも首を傾げている。スケルトンはいかにもぼんやりした様子だ。……だが、これは大きな一歩、かもしれない。
そう。スケルトンは一応、首を傾げているのだ。こちらへ攻撃してくるわけでは、なく。
ならば、これはもしや、と思いつつ、澪は続けてみた。
「安全第一でお願いね!ご安全に!」
更に澪がそう言うと、スケルトンは……。
「……頷いた」
「頷き、ました、ね……」
スケルトンが、明確な反応を示した。
……先ほどの『お邪魔してます』よりも、『安全第一』の方が、反応が良かった、ということだろうか。
澪とナビスがそっと見守っていると、スケルトンはぼんやりと動いていき、そして、そこらの岩壁に向かってつるはしを振り下ろし始めた。
かん、かん、とつるはしの音が響くようになる。よくよく意識して聞いてみれば、そういえば確かに、この坑道内にはつるはしの音がまばらに聞こえていた。つまり……スケルトンは、採掘作業をしている、ということだろうか。
「……ねえ、ナビス」
思い当ってしまった澪は、恐る恐る、ナビスに聞いてみた。
「ここのスケルトンってさあ……元々、鉱夫、だったり?」