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ブラウニーの結婚式*5

 ブラウニーの信者を獲得してしまった。一体どうしてこうなったのだろうか!澪もナビスも、只々困惑するばかりである!


 ……だが、困惑してばかりも居られない。澪とナビスが困惑しているのを見たブラウニー達は、『どうしたの?どうしたの?』とばかり、心配そうな顔でやってくるのだ。

 中には、ナビスが光り輝いているのは何か悪いことなのでは、と考えたらしいブラウニーも居たらしく、彼らは葉っぱの団扇で一生懸命にナビスを扇ぎ始めた。扇いで冷ませば光が消えると思ったのかもしれない。

 そんな心配性で優しいブラウニー達の心を受けて、ナビスはますます輝くばかりである。これにブラウニー達はいよいよ心配そうになってきたので……。

「み、皆さんのおかげで、私、とても元気になりました!ありがとうございます!」

「ナビスが光ってるのはね、皆の気持ちを受け取ったっていう証拠なの。まさか、皆がこんなにいっぱいナビスのこと思ってくれてるなんて……すごく嬉しいよ!ありがとう!」

 ナビスも澪も、ブラウニーを元気づけるべく、殊更に元気にしてみせた。するとブラウニー達は安心したらしく、また嬉しそうにぴょこん、と跳ねてくれるのだ。

「じゃあお礼にもう一曲、歌っちゃおうかな!ね、ナビス!」

「はい!皆さん、どうぞ手拍子をお願いします!」

 ……ブラウニー達に応えて、澪とナビスは存分に歌った。そしてブラウニー達は小さな手でぱちぱちと手拍子をしたり、曲に合わせて揺れたりしつつ、終始笑顔であった。

 可愛い信者が、できてしまった。……澪もナビスも、嬉しさ半分、ビックリ半分、なのである。




 そうしてナビスの森ライブが終わると、ブラウニー達は嬉しそうに拍手を送ってくれ……そして、皆でぴょこぴょこと跳ねるように森の奥へ向かっていき、そして、大きな荷物を皆で持って、ぴょこぴょこ戻ってきた。そしてその荷物は澪の前に差し出される。

「あっ、もしかして……私の装備!?」

 こくこく頷くブラウニー達に見守られながら包みを開けると……そこには、美しく艶やかな革細工の鎧があった。

 胸を覆うプレートと、いっそ飾りのようにも見える垂の部分。ごく少ないパーツで構成された鎧は、金属製でないこともあって軽やかな見た目をしている。それでいて、贅沢にドラゴンの革を用いた作りとなっており、威嚇には十分だろうと思われた。

「まあ、素敵……!ミオ様、これでしたら、パンツスタイルの上に装備しても、スカートの上に装備しても美しく映えるのではないかと思います!」

 興奮気味に話すナビスの言葉を聞いてか、ブラウニー達はぴょこぴょこ、と森へ戻っていき、それからぴょこぴょこ、と何かを抱えて戻ってきた。

「あ、えーと、それ、巻くの?あ、わわわ、巻かれちゃった……」

 ブラウニー達は澪の周りをくるくる回って、持ってきたそれを澪の腰に巻き付けた。ウエストから腰骨のあたりまでを覆うそれは、柔らかく鞣したドラゴン革でできているらしい。こちらもしなやかで、動く邪魔にはならないだろう。……そしてブラウニー達は、よいしょ、よいしょ、と澪に鎧を着せようとする。どうやらこの腰巻は鎧のオプションパーツらしい。

 鎧を着せるのにはナビスも加わって、いつの間にやら澪はブラウニーとナビスによって鎧を着せられていた。

 ……鎧、と見て少々心配していたのだが、心配していたような重さは全く無かった。体育の授業で身に着けた剣道の防具よりも軽いほどである。これなら、鎧を着たまま動き回れるだろう。

「成程……腰巻があると、パンツルックの時にも見た目の華やかさを欠きませんね!」

「あー、成程」

 とにかく嬉しそうなナビスの言葉に納得しつつ、澪は自分の恰好を見下ろす。……中々、悪くない。多分。

「へへへ……ありがとね、皆!私、これ着てもっと頑張るから!」

 澪はこちらを見上げていたブラウニー達に笑いかけ、彼らに手を差し出す。ブラウニー達は差し出された手に首を傾げていたが、そのうちブラウニーの内の1匹が思い当たったらしく……。

「……かっわい」

 きゅ、と澪の手に、全身で抱き着いてきたのである。

 握手も、小さなブラウニー相手だと、ハグなのだ。澪とナビスはまたも、ブラウニー達の可愛さに天を仰ぐこととなった。

 神よ、このように可愛い生き物がいます。どうしましょう。……澪としては、そんな気分である。




 そうしてブラウニー達との握手会なのかハグ会なのかよく分からない会を終えた澪とナビスは、メルカッタへ向かう。もしかすると既に鍛冶師や宝石職人のアテができているかもしれない。

 ……だが、それ以上に澪とナビスには、相談すべきことがある。

「ねえ。ブラウニーからも信仰心貰えたけどさ、あれって……あれって、どうなの!?」

「わ、私も聞いたことがありません!ブラウニーは妖精とはいえども、広義には魔物です。まさか、魔物が信仰心を持つとは……あああああ、今まで学んできたことがビックリするほど覆されております……!」

 そう。あのブラウニー達。人間が大好きで、澪とナビスに対してすっかり懐っこくなった彼らが、ナビスを光らせた件について。これは、もっと突き詰めて考えていく必要がある。

 ……これが、鉱山地下3階攻略の鍵となるかもしれないのだから。


「えーと、まず、魔物とか妖精とかってとこについて、教えてくれるかな。私、なんとなーく、ぼんやり空気程度にしか分かってないんだ、そこんとこ」

 ということで澪はまず、ブラウニーという生き物について、ナビスから聞くことにする。異世界の常識は澪にとってのファンタジーである。前提となる知識があるのとないのとでは議論も食い違うので、すり合わせは非常に大切だ。

「そうですね……ええと、まず、ブラウニーなど、一部の魔物は、魔物の中でも知能が高く、独自の文化らしいものすら築き上げている者がいて……そして、人間に概ね友好的です。このように、知能が高く人間に友好的だったり無害だったりする魔物は、『妖精』と称されます」

「あー……やっぱそういうかんじかあ。えーと、じゃあ、ブラウニー以外にも『妖精』っているのかな」

「ええ。他にも、水でぱちゃぱちゃしているだけのウンディーネですとか、ただ生えているだけのトレントですとか、そういった生き物も『妖精』とされますね」

 成程。どうやら、ブラウニーは広義には魔物、そして狭義には妖精、と。そういうことらしい。澪は頭の中で『魔物⊃妖精』の図式を思い浮かべた。こんなところに使われて、数学が泣いている気もするが。

「で、ブラウニーとかって……その、人間のことが大好き、なかんじだよね?」

「そうですね……妖精の中でも、ブラウニーは特殊です。何せ、人間の暮らしぶりを見るのが大好きで、人間達の仕事を手伝うのが大好き、という、とても変わった趣味ですから」

「あれ趣味なんだ……いやまあ、趣味なんだろうけど……」

 ブラウニー達にとって、人間の仕事を手伝ってみるのは、楽しいことなのだろう。一仕事終えたブラウニー達が、満足気な顔をしていたのを澪はよく知っている。

「そもそも、趣味を持ったり、人間と意思の疎通を図ろうとしたりすること自体、他の魔物には見られない行動ですから。やはりブラウニーは相当特殊な例、ではありますね」

「成程なあ……」

 ブラウニーは、特殊。そう聞いて、澪は残念さ半分安心半分、といった気分になる。あんなに可愛い生き物がゴロゴロ居たら、ちょっと困る。でも、ちょっと居てほしい気もする……。

「じゃあ……ブラウニーの場合は、人間の暮らしが好きすぎて、人間みたいに信仰心を持つに至っちゃったかんじ、かなあ」

「そ、それはまあ、恐らくはそうなのでしょうが……う、うーん、元々ブラウニーが人間の住処に近いところで暮らす生き物だからこそ、かもしれません。祈りは魔除けになりますが、ブラウニーは魔除けがほぼ効かない魔物なのです」

「あー、そうだよね。魔物って魔除けで除けられるから魔物なんだもんね。……ってことはやっぱり、ブラウニーとんでもないなあ」

 魔物と祈りは、相性が悪いはずだ。だが、ブラウニーは魔物の中では特別で、魔除けに対してとても強い。それでいて……澪とナビスが求める信仰の形態が、魔物には丁度いいのかもしれない。

「まあ、『ナビスかわいい!』っていうのは人間にも魔物にも共通、ってことだよねえ」

 ……澪とナビスは、今、神への信仰というよりは、ナビスへの信仰を求めている。そしてナビスが光り輝いている。そんな具合だ。

 だからこそ、『神への祈り』を嫌う魔物にも信仰しやすく、今回のようにブラウニー達が信仰心を持つに至ったのかもしれない。




 それから澪とナビスは、メルカッタに到着した。ギルドやカルボの店を回って進捗を聞いてみると、嬉しいことに既に応募がいくらかあったという。

 その日の内に面談できそうな志望者とはすぐ面談して、そしてポルタナへ移住してもらえることになった。

 これは大きな一歩である。この調子で職人を誘致することができれば、ポルタナで金属の採掘から加工までが全てできることになる。ポルタナが得られる利益は今よりずっとずっと多くなるだろう。

 ……尚、カルボに紹介された鍛冶職人は、カルボと同じくドワーフであった。彼もまた、カルボに似て少々気難しげだったのだが、澪とナビスが『ポルタナに来てくれるの!?ありがとう!』と喜んでいたら気難しくしているのも馬鹿らしくなったらしい。

 そうして、翌日からのポルタナ街道乗合馬車には、鍛冶職人や鉱夫の希望者がたっぷりと乗ることになったのであった。




 メルカッタで職人達を雇い入れることができた澪とナビスは、再び帰路を進んでいた。

 そして帰り道でもブラウニーの森に寄って、そこでブラウニー相手にライブを開く。

 ブラウニーは妖精さんだが魔物なので、あまり神への祈りを歌うのもどうかと思われた。そのため、ナビスの選曲は自然と、にぎやかで楽しい世俗の歌、ということになる。

 だが、これがブラウニーには丁度良かったらしい。ブラウニー達はナビスの歌や澪のトランペット演奏を大いに喜び、別れ際にはまた握手会だかハグ会だか分からない行動をとってくれた。……澪もナビスも、可愛いブラウニーにくっつかれて、なんとも幸せな心地である。


「想定外の信仰心が集まってしまいましたね……」

 そうしてまたポルタナへの帰路に就いた澪とナビスだったが、予想外の収穫について、また話す。

「ブラウニーからのプレゼントだねえ。これ何度かやったら、鉱山地下3階もいける……かなあ?」

 信仰心が人間以外からも手に入るというのなら、ブラウニー相手にライブを数回開いて、信仰心の足しにしたい。そうすることで鉱山地下3階の攻略が多少、近づくだろう。

 そもそも、これは大変なことだ。

 きっと他の聖女達は、魔物達から信仰心を得ようなどと思ったことは無いだろう。ナビスも『魔物から信仰心を得るなど聞いたことが無い』ということなのだから、きっと、そうだ。

 つまり、ブラウニー相手のライブは、正に聖女アイドル界におけるブルーオーシャン。競合相手もおらず、パイを奪い合う必要が無い。只々開拓していけばほぼ無限に顧客層は広がっていく。

 これはナビスが聖女として都市へ進出していく時、大きな力となるだろう。魔物からの信仰心を集め続けることができれば、間違いなく、他の聖女達より優位に立てる。

「まあ、これからもブラウニー相手にライブ開こうよ。ブラウニー達も喜んでくれてるみたいだし、可愛いし」

「そうですね。信仰心は貴重ですし、ブラウニー達はとても可愛らしいですから……」

 ……なんだかんだ、ブラウニーは可愛い。可愛い相手を前にライブを開くなら、モチベーションも上がるというものだ。澪もナビスも、にこにこと笑いながら、次回のライブについて少し話すことにした。




「ブラウニーの住処を探していけば、開拓されてない信者層を獲得できるってことだもんねえ」

「ええ。もしかすると、レギナへ向かう方の森にも、ブラウニーや他の妖精が住んでいるかもしれません」

「あ、そっか。何も、ブラウニーだけじゃなくていいのか。ナビスの良さを分かってくれる生き物がいるなら、それが何だっていいわけで……」

 2人は楽しく話す。澪は、『これをきっかけにしてレギナの方にも進出してみる?』と考える。レギナや王都カステルミアは競争が激しいだろうが、ブラウニーや他の魔物を会得するだけなら……。

 ……と、そこまで考えた澪は、ふと、気づいてしまった。

「他の魔物は、駄目かなあ」

「……へ?」

「ほら、いけそうじゃん。人間に近い形の魔物とかはさ……なんか、ナビスの可愛さが伝わる可能性、あるじゃん」

 澪は、次第に焦りにも似た興奮を覚えつつ……提案してみる。

「要は、鉱山地下3階の骸骨。あれ、いけないかな、って思ってるんだけどさ」

「……ええ!?」


 倒す以外にも、鉱山の攻略方法があるかもしれない。

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