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最初の礼拝式*4

「ミオ様が、付いてきてくださるのですか……?」

 ぽかん、としたナビスに、澪は頷いて返す。

「うん。魔物とやらがどんなもんかは分からないけれど、いざとなった時にナビス担いで逃げるぐらいはできそうだし」

 澪の身体能力は、そう低くない。新体力テストでは、持久走だけ6点だが、反復横跳び、腹筋、50m走、ボール投げ……あらゆる種目で8点から10点を記録している。その身体能力を生かせば、逃げるぐらいなら、まあ、できるだろう。

 それに、澪は部活の中で、それなりに重いものを運ぶ経験は積んできた。『一番小さいティンパニぐらいなら1人で担げる!つまりナビスは余裕!』と澪は意気込む。……恐らくナビスにはティンパニが何か伝わらないと思うので、言わないが。

「し、しかしミオ様は、胸に穴が……」

「いや、それはもう完治してるから……それに、まあ、身体能力は、それなりにあるつもりだよ。学校では体育の成績、良かったし。大丈夫。体力が落ちてるのは事実だけどね……少なくとも、ナビス1人で行くよりはいいんじゃないかと思って」

 そう。少なくとも、ナビス1人で行くよりは、良いだろう。澪はそう、考えている。

 1人より、2人で居た方が選択肢は多いはずだ。澪が行く意味は、それなりにあるだろう。

「簡単なことじゃねえんだぞ」

 だが、のそ、と、澪の前に先ほどの青年が立つ。いっそ睨みつけてくるように澪を見下ろして、焦りと緊張を滲ませながら、彼は澪に詰め寄る。

「大体、あんた、村のもんじゃねえだろうが。あんたには関係ねえ」

「いや、でも、ほっとけないし。流石に、あんな怪我してた人が動くのって、まずいでしょ」

 関係ない、と言われても、澪は食い下がる。少なくとも、あんな大怪我をしていた人をまた働かせるよりは、一応健康な澪が働く方がいいだろう、と。

 ……それにやはり、放っておくことなど、できそうにない。目の前で、助けを必要とする人が押し問答していたのだから。澪はそこに、首を突っ込みたい。そういう性分なのだ。迷惑になりそうであれば引き下がるが、少なくとも、澪がナビスについていくメリットが確実に1つは見えている以上、一応、もう少し粘ってみる。

 ……だが。

「……あんた、勇者になる、つもりか?」

「へ?」

 青年に、警戒心剥き出しの言葉を掛けられて、澪は、困惑する。

「おい。なんとか言え」

 更に詰め寄られた澪は……ひょこ、と青年の横に顔を出して、戸惑うナビスと顔を見合わせて、尋ねた。

「ナビス、ナビス。勇者って、何?」

 青年の警戒心の理由はさておき、『勇者』という、言葉について。




「勇者、というのは、戦うことを不得手とする聖女の代わりに戦う者のことです」

 ナビスがそう話し始めると、青年は澪から多少、離れてくれた。警戒心は未だ解けないようだったが、まあ、ひとまず気にせず、澪はナビスの説明を聞く。

「神の力があれば大抵のことは何とかなるとはいえ、やはり、戦いに長けた者が戦った方が、より良い成果を得られますから」

 成程。華奢なナビスが自ら戦う、というのはなんとなく違和感がある、と思っていた澪であったが、やはり、神の力を委託して、他の誰かに戦ってもらう、ということも、できるらしい。そして、それを行うのであればやはり、戦いのプロに、ということなのだろう。

「それから……その、他の地域では、見目麗しい男性を勇者とすることが、多いです」

「へ?」

 そして唐突に挟み込まれた謎の情報に、澪は困惑する。さっきまで戦いの話をしていたはずなのに、急に見た目の話になってしまった。

 澪の困惑はナビスにも伝わったらしく、ナビスはむにゅむにゅ、と話しづらそうに、話す。

「その、聖女は女性と決まっておりますので……聖女だけですと、女性からの信仰を得にくいので」

「……ん?」

「やはり、見目麗しい男性にこそ信仰を捧げたい、という女性は、特に大都市では多いらしく……大都市では、男性の勇者様が、聖女に代わって女性からの信仰を集める役目を果たしておられるとのことです」

 ……澪は、思った。

『やっぱり聖女業って、アイドル業なんじゃないかなあ!』と。

 ついでに、澪は、ちら、と青年を見上げる。そして観察の結果、『まあ、王子様系ってかんじじゃないけど、この人、勇者とやらで十分いけそうな気がするけどなー』と考える。

 考えていると、『なんだよ』というような視線を向けられたので、『あ、やっぱりこの人、愛想振りまいて人気取りとかできそうにない!やっぱ不向きだ!』と考えを改めたが。


「えーと……なら、その、ナビスが勇者を委託しないのは、なんで?」

「ポルタナは人も少ないですから、信仰心があまり集まりません。そうなると、神の力を分散させるよりは、私1人で戦った方が効率がよかろう、と。そう考えました。誰かに勇者をお願いするにしても、払うお給料も用意できませんし……そもそも、私は聖女です。私が解決すべき問題ですから」

「成程なあー……ナビスは責任感が強いねえ」

「しかし……」

 ……そこで、ナビスは一瞬口籠り、そして、迷うようにまた、口を閉ざした。それを見て、澪は『何かなあ』とナビスを待っていると。

「やっぱり、俺が行く」

 青年が、そう声を上げ、澪に詰め寄る。

「こんな、村に関係の無い奴に任せてられねえ!」

 ぎろり、と澪を見下ろす褐色の目は、焦りと警戒に満ちている。


「シベッド!」

 いけません、と、ナビスが青年を止めにかかる。……だが、今、青年に詰め寄られているのは澪である。ナビスの陰に隠れている訳にはいかない。

「いや、そう言われてもなあ……私に関係なくても、私が協力したら成功率が上がりそうなものがあるわけだし、協力、したいじゃん?」

 止めに入ったナビスよりも青年に近づくべく、ぐっ、と澪は距離を詰める。ナビスより高い身長を生かして、じっ、と青年を見上げれば、彼はたじろぐ様子を見せた。

 ……たじろいでくれるということは、まあ、望みアリ。澪はそう判断して、『害意はないんだよ!』とアピールすべく、笑ってみせる。

「関係無かったら、協力しちゃ、駄目?私にできることがあるなら、やらせてほしいな。私がこれからこの村と『関係ある』立場になれるように、協力させてよ」

 澪は当分、このポルタナで生活する羽目になるだろう。少なくとも、今こうして好意的に接してくれるナビスの元を離れ、ついでに自分が降ってきた祭壇とも離れて生活する、というのは……メリットが薄い。ここでナビスと一緒にやっていけるなら、その方が、いい。元の世界に帰るためにも、澪の居心地の良さを考えても。

 だから澪は、これからポルタナに『関係ある』人になる。ここでやっていくと決めたのなら、一時の関係であったとしても、きちんと関わって、協力したい。

「私は、あなたたちの邪魔をしたい訳じゃない。やり方を変えることを提案することはあるかもしれないけれど……私は、あなた達の、ナビスの、味方でありたいと思ってる」

 だから警戒しないでよ、という気持ちを込めて見上げ続けていると、青年は気まずげに一歩、下がる。同時に、やはり警戒の強い目で、澪を見つめてくる。

 ……なんとなく、この目には覚えがある。自分の立場を奪われることを恐れている人の目だ。

「少なくとも、あなたの役割を奪おうとか、そういうつもりは一切無いよ。私、戦うとかやったことないし……」

 澪からしてみれば、戦うって何よ、という状態である。小学生の頃、男子と取っ組み合いの喧嘩をしたことはあったが、澪の戦歴などその程度である。

 だから安心してね、と青年を見上げれば、彼はなんとも戸惑いの深い表情を浮かべていた。それを見て澪は、『不器用そうな人だなあー』と思う。

「その……戦えないっつうなら、あんたに何ができる?」

「うーん、さっきも言った通り、ナビス抱えて逃げるくらいはなんとかできると思うよ。……あっ、あと、私が居れば、傍で信仰心を捧げることはできるんじゃない?」

 ひとまず、澪がついていけば、ナビスに信仰を捧げる人間が1人、増える。それだけでも、多少、意味はあるのではないだろうか。

「あっ、もしかして信仰心を捧げるのって、距離関係ない!?」

「い、いえ、やはり近くに居る人からの方が、より早く、より強く信仰心が届く、ことが多いですが……」

「そっか!よかった!」

 じゃあ私が行く意味はある!と澪が笑うと、青年は只々、納得のいかないような顔をしている。だがもう一押しだ。彼が折れられる理由を提示できれば、多分、納得してもらえるだろう。

「だとしても……」

「それに、よく考えたら、関係なくないし!私、ナビスの信者だから!関係あるよね!ね!」

 ということで澪は、そういう主張を発してみた。


「……わ、私、の?」

「うん」

「神の、ではなく……?」

「うん。……えっ、駄目!?」

 澪は『駄目だったか!』と焦りつつ、しかし、『いやでもさっきは神じゃなくてナビスに祈ってたし、ナビスは祈りを受け取ったって言ってくれたし』と思い出す。つまり……。

「信仰って、別に、神に対して、じゃなくてもいいんじゃないの?」

 この世界における『信仰』とは、やはり、『人気』のようもの、なのではないだろうか。




「……そ、そうなのでしょうか?そうなら……ええと、その、先ほどの、ミオ様の祈りは、もしや……」

「うん。『ナビスかわいいなあ、ナビス歌上手いなあ』ってずっと祈ってた」

 澪が正直に言えば、ナビスは、きゃあ、と小さく可愛らしい悲鳴を上げて、紅潮した頬を押さえてわたわたと慌て始める。その様子も可愛いのだから、澪はにこにこ顔である。

「お、おい。いくらなんでも、そりゃ……そりゃ、祈りじゃねえだろ……」

「でもナビスは可愛い」

 青年の力無き反論は、『ナビスは可愛い』という事実によって捩じ伏せた。これで捩じ伏せられてしまうあたり、この青年、やっぱり悪い人ではなさそうである。

「そう!私、ナビスを最前線で応援するファンになる!」

「ふぁ、ふぁん……?」

「うん。ファン。ナビスのことが大好きで、ナビスのことを応援してて、そして、ナビスに救われてる人のこと!」

 信者とは、ファンである。聖女とは、アイドルである。

 ならば、聖女が魔物と戦うところに駆けつけるのが信者の務めというものだろう。全く、無関係ではない。

「だからとりあえず、私に、ナビスの付き添い、やらせてよ。最前線で応援するし、いざとなったらナビス抱えて逃げるから。……病み上がりの人に行かせるわけにはいかないし、ナビスを1人で行かせるわけにもいかないじゃん。ね、そうでしょ?」

 澪は、自分でも『私、結構ぐいぐい行くなあー』と思うのだが、今は退くわけにはいかないのだ。今後、澪がここでやっていくためにも、ここで、多少の信頼は勝ち得ていたい。

 どうか、という気持ちで堂々と青年を見上げ続ける。青年は混乱気味に数歩後ずさって、迷うように視線を足元へ彷徨わせて……そして。


「……持ってけ」

 青年は、ベルトに吊るしてあったものを外して、澪に渡してきた。澪はそれを受け取り、『あ、意外と重い』と思いつつ、それを見る。

 ……それは、木彫りの鞘に納められた、大ぶりなナイフだった。ちら、と青年を見てからそっとナイフを抜いてみると、星明りの下、銀色の刃がすらり、と輝く。

「昔、鉱山がまだ魔物の巣窟じゃなかった頃に採った聖銀で打ったナイフだ。魔除けにはなる」

 澪はナイフの刃を見て、『そういえば、ナビスがさっき持ってた剣、こういう風合いだったな』と思い出す。あれも、聖銀なるもので作られている剣だったのだろう。

「……分かった。借りる。ありがとう」

 澪はナイフを胸に抱いて礼を言う。ナイフを貸してくれたことよりも、澪を認めてくれたことについて。

「その代わり、ナビス様を、命に代えても守れよ」

 ぎろり、と睨まれて、『わーお、重い!』と思いつつ、澪はただ黙って頷く。……託された思いは、重いのだ。急にこんな重さを背負うことになってしまったわけだが……背負うと決めた以上、澪はやり遂げるつもりである。

 まあ……命を賭して、というのは、実行できるか危ういが。まあ、2人揃って生き残れるように最善の努力は、したい。それが、目標である。



 +



 その夜。

 ミオに客室を貸し、その隣、ナビスの自室にて、ナビスは寝台に横たわっていた。

 ……大変なことになった。明日、ダンジョンへは1人で赴くつもりでいたのに、ミオが付いてくるという。

 神の御使い、あるいは神であるかもしれないミオを、魔物の巣窟へ連れていくのは、躊躇われた。

 だが……同時に、ミオが付いてくる、ということを、心強く思ってしまうナビスもまた、居るのである。

「不思議な方……」

 ミオは、不思議な少女だった。

 すらりと伸びやかな躰は健康的で、少女にしては高い身長が新鮮だった。少女だというのに、髪は少年のように短く、しかしそれでいて、さらりと艶があって美しい。睫毛に縁どられた目は柔和でありながら力強く、明るく……そして、あの笑顔を見ていると、何故だか、元気が出てくる。

 ナビスはまだ、ミオが神とまるで関係が無いとは思えていない。だってミオは既に、ナビスを導いてくれている。……まるで、神のように。

 ミオの明るさと力強さは、ナビスにとってあまりに新鮮だった。手を引かれていけば、どこまででも行けるような、そんな気がする。

 ……このポルタナには、ほとんど変化というものが無い。あったとしても、緩やかな衰退だけ。そんな中に現れたミオだからこそ、こんな気分で見てしまうのだろうか。

 だが……ミオの祈りが一番力強かったのもまた、事実なのだ。

 ……不思議なことだ、と思う。ポルタナの村の皆との付き合いは、長い。ナビスが生まれた時からの付き合いで、皆、ナビスやポルタナのことを思ってくれている。だというのに、今日やってきたばかりのミオの祈りが、何よりも強く、温かく、ナビスに力を与えてくれた。

 ナビスの耳に残る、ミオの声。『ナビスのこと、信じてる!』と、臆面もなく、そう言ってくれた、明るい声。『私、ナビスの信者だから!』と言い切った、力強い声。それらは、ナビスにとって衝撃的ですらあった。

 ……ナビスにとって、祈りとは、神に捧げるものである。そして、その祈りを行使するのがナビスであって……つまり、本来、信じるべきは、ナビスではなく、神なのだ。

 だがミオは、神ではなく、ナビスを信じている、と言う。迷いの無い、明るい目で。

「……不思議な方」

 ナビスは呟いて、寝台の上、そっと体を丸めた。もそもそ、と毛布に包まって、窓から微かに聞こえてくる波の音に耳を澄まして……そうしている内に、疲れていた体は眠りへ沈んでいった。



 *



 翌朝。

 波の音と海鳥の声、そして差し込む光に澪は目を覚ます。木の窓を開けて外を見てみると、日の出から少々、時間が経っているようだった。

 着替えが無いので身支度も何も無いのだが、一応、寝癖は整えてから部屋を出る。すると、既にナビスが台所で働いていた。

「おはようございます、ミオ様」

 ナビスは何かを煮込んでいる鍋の前で、ぱっ、と表情を明るくして挨拶してくれる。窓から差し込む朝陽に照らされて、その笑みが何とも眩しい。

「着替えが見つかりましたので、よろしければ、こちらを。その……男性用の服で、大変申し訳ないのですが……下着も、有り物で……」

 そして、傍らに置かれた籠の中に、服がある。広げてみれば、麻で織られたシャツと、ズボン。男性用の服だが、澪としては全く不満は無い。

「ありがとう。ダンジョンに行くなら動きやすい服の方がいいって思ってたから、すごく助かる!下着も、ありがとうね。ちょっと着替えてくる!」

 ありがとね、ともう一度礼を言ってから、澪は再び、客室へ引っ込んで着替える。古いものなのだろうが、古さ故か布地がくたりと柔らかく、着心地がいい。澪は『いいじゃんいいじゃん』と上機嫌で着替え終え、そして、ベルトに昨日借りたナイフを固定する。

 ナイフの鞘についていた留め金とベルトをああでもないこうでもない、とやれば、なんとかズレたりぐらついたりすることなく、ナイフを固定することができた。

 ……今日は、ダンジョンへ向かう、のだ。

 まだ実感が湧かないが、多少、緊張してはいる。

「よーし、気合入れていくぞー」

 澪は、よし、と声を上げて、部屋を出る。ひとまずは、ナビスを手伝って朝食の準備、だろう。




 朝食は、ライ麦パンに似た酸味のあるパンと、昨日の残りのスープ。そして目玉焼き、である。

 どうやらこの教会には鶏が居るらしい。『後で見せてもらおう』と澪は少々、わくわくする。澪は動物の類が好きなのだ。特に、ふわふわして丸っこければ大抵のものは可愛い。猫だとか、ウサギだとか、ペンギンの赤ちゃんだとか、冬毛のライチョウだとか。

 さて、朝食を終えたら、澪とナビスは忙しく動くことになる。

 作業は主に、ダンジョンへ赴くための準備である。

 まずは、薬。いくらナビスが神の力で癒しの術を使うことができるからといって、それにばかり頼っていては、そもそもの戦う力までもを消費してしまう。

 不要なところでは神の力を節約していかなければならないのだ。よって、ナビスが居ても、傷薬や包帯の類は必要なのである。

 続いて、お香。……どうやら魔よけの香を焚くことで、魔物を近寄らせなかったり、はたまた弱らせたりすることができる、とのことである。ナビスの剣や、シベッドのナイフに使われている聖銀も、その類の効果があるのだとか。

 それから、聖水。これは祭壇の洞窟の海水を汲んでナビスが祈りを捧げたものだ。焼き物の瓶に入れて持って行く。これを魔物に浴びせてやれば、それなりに効果があるのだとか。

 ……ということで、本日、澪のメインウエポンはこの聖水の瓶詰である。ナイフのことは一旦、忘れることにした。

 脊椎動物を殺したことが無い澪にとって、ナイフで魔物と戦うというのはあまりにハードルが高い。必要となればナイフも使うが……いけるところまでは、聖水を投げつけることで何とかしていきたい。『遠距離武器でなんとかなるならその方がいいに決まってるよ』と、澪は合理的に考えた。プライドは、捨てた。『後でシベッドさんに謝っとこ』とも思った。


 準備したものは鞄に詰め込む。鞄は大きめのリュックサックのようなものだ。教会にあった中で一番大きな鞄は、それなりに古びており、革が少々カビていたりもしたのだが、まあ、使えないことはない。澪はそれを選んだ。

 何せ、澪は大量の聖水を持って行きたいので、荷物が多くなる。そして何より、ナビスに荷物持ちをさせるわけにはいかないので、自然とこうなる。鞄が大きければ、倒した魔物の毛皮や角や牙を持ち帰る余裕も増える、とのことなので、やはり鞄は大きいに越したことはないのである。




 そうして準備を終えた澪とナビスは、そわそわしながら夕方を待ち……そして、海の際の空が橙色に染まる頃、いよいよ、出発することになる。

「登山道から既に、魔物が出る可能性があります。お気を付けください」

「う、うん。分かった」

 澪は聖水の瓶を握りしめつつ、ナビスの後に続いて山を登り始めるのだった。

 目指す先は、ダンジョン。かつて鉱山であって……これから、鉱山としての機能を取り戻すことになる場所、である。


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