ブラウニーの結婚式*3
その日。ポルタナでは夜通し、焼き肉パーティーが開かれた。……否。焼肉というか、BBQというか、最早よく分からない会合である。
そちらの方では焚火でじっくりじっくりと丸焼きにされる塊肉があり、こちらの方では一口大に切った肉が串を打たれて炙られており、そしてあちらの方では鉄板が出されてステーキ肉がじゅうじゅうと焼かれている……といった具合に、ありとあらゆる方法でドラゴン肉が焼かれていた。
味付けは基本的には塩と胡椒くらいである。他にもポルタナで生産している魚醤などもあるのだが、ドラゴン肉の味わいが大分強いので、塩の方が合うと専らの評判である。
だが、途中から澪が『これ、レモンとかあってもいいんだろうなあ』と呟いたことにより、ナビスが『月ミカン』というらしい柑橘を持ってきて、レモン汁もどきと塩とで肉を食するパターンも増えてきた。
月ミカンは甘みのあるレモンというか、甘みがやや薄く酸味がとてつもなく強いオレンジというか、そんな代物であったが、これがまたドラゴン肉によく合うのである。
そう。ドラゴン肉の、こんがりと焼けた香ばしい表面と柔らかくジューシーな中身のコントラスト。そこにポルタナの塩のまろやかなしょっぱさが加わり、胡椒のきりりとした香りが合わさって、元々のドラゴン肉の豊潤な旨味を引き立ててくれる。月ミカンの汁が加われば、そこに爽やかな香りと刺激的な酸味が混ざりあって、また異なる美味しさとなるのだ。
レッサードラゴンの肉を超えてドラゴン肉が美味いというのは、本当であった。ただ焼いただけで、とてつもなく美味い。
部位によって味わいが違うのも、いい。腹側は脂肪がきめ細やかに入ってとろけるような味わいであったし、背中側は脂が少なく、あっさりとしながらも強い旨味を感じさせてくれる。
そして『酔ってしまいますので一切れだけにしておきましょう!でも食べましょう!』とナビスに誘われて食べたドラゴンの心臓は……生のものを焼いただけであるはずなのに、数々のスパイスと酒とを肉に合わせたような味わいであった。強い噛み応えのそれを噛みしめれば、噛んだ分だけ旨味が迸る。……そして、喉が焼けるような熱い感覚があり、澪は『成程!酔うってこういうことかー!』と納得した。
どうも、ドラゴンの心臓はそれそのものが酒のような効果を持っているらしい。同じく一切れドラゴンの心臓肉を食べたナビスも、ぽわぽわと頬を紅潮させて『少し酔ってしまいました』とにこにこしていた。可愛いのでもう一切れ食べさせたいような気分になった澪だったが、そこは踏みとどまった。
……そうして、皆の食は非常によく進み、同時に、ナビスが歌を披露したり澪がトランペットを披露したりもした。ドラゴン肉が振る舞われると聞きつけた者がそれなりにポルタナを訪れていたため、信仰心が稼げると踏んだのである。
その結果は当然のように、成功。ナビスはぽわぽわ光り輝いて、しっかりと信仰を集めることができた。今回、鉱山地下2階を攻略するために消費した分には遠く及ばないが、ひとまずこれでまた色々なことができるようになるだろう。
……楽しく食べて騒いで、翌朝。
「食べ過ぎたかもしれない。お腹が空いてない……」
「そ、そうですね……なんとなく既にお腹がいっぱいです」
起きてきた澪とナビスは、互いに『朝ごはん、要らない気がする』というような話をしつつ、しかしなんとなく、何も食べないのも……ということで互いに果物だけ少し食べることにした。
元々、澪は朝食をしっかり食べるタイプなのだ。吹奏楽部は朝練がある。朝早くから動くものだから、しっかり食べておかないと昼までもたないのである。
そして一方、ナビスも朝食をしっかり摂るタイプであったらしい。この世界は体を動かす機会が多い。何かあるごとに肉体労働だ。その分、しっかり食べておかないといけないということなのだろう。
だが、今は2人とも果物1つで十分。昨夜のドラゴン肉が、しっかりとまだ残っているような気分なのである。
……それでいながら体調は悪くない。胃もたれがあるわけでもなく、気分もいい。ただ、『空腹感が無い』程度なので、不思議なものだ。
これについて澪は後程、ナビスから『ドラゴン肉は栄養豊富な上、生命力を向上させる効果があるのです。ドラゴン肉は長寿と健康に効くとされていますし、多少の風邪ならドラゴン肉を食べるだけで治りますよ』と教えてもらった。どうやら、ドラゴン肉は食べると健康になれる肉らしい。異世界は、すごいのだ。
そうして朝食らしからぬ朝食を摂った後は、白ニワトリの小屋を掃除してやったり畑を世話したりして、それから鉱山へと赴く。
……解放された鉱山地下2階の様子を、確認しておきたいのだ。
「おおー!ミオちゃん!ナビス様!こっちこっち!」
「早速、もう採掘が進んでるんだぜ!ほら、見ろよ!」
坑道前へ到着した澪とナビスは、そこで早速鉱夫達に呼び止められ……そこで、積み上げられた鉱石を見つける。
ナビスはすぐに鉱石を1つ拾い上げ、そして、歓声を上げた。
「これは……金ですね!」
「ああ。間違いねえ。へへへ、これさえありゃあ、ポルタナも随分と潤うんじゃねえか?」
どうやら、もう早速金が採掘され始めているらしい。ここにある鉱石から金を精錬すれば、それなりの量の金になりそうである。
「で、こっちも見てくれ!宝石の原石だろ?」
「うわ、すごく綺麗!」
そして金鉱石の横には、宝石の原石と思しき石が積み上げられている。中には既に美しい結晶の形をしている物もあり、中々見ていて楽しい。鉱山地下1階では水晶が採れているが、それとはまた異なる宝石が色々と見つかるようで、中には赤い色のものもあった。
「これでブラウニーの欲しいものリスト、また1つ達成できるね」
「そうですね……あら?でも、プレゼントするとなると、これを宝石職人に預けて磨いてもらう必要がありますね。メルカッタで探さなければ……」
ひとまず、これでブラウニーの欲しいものリストは金のどんぐり以外は達成できそうである。澪もナビスも、『まあメルカッタに行けば宝石職人は見つかるだろう』ということで、ひとまず安堵する。
「あー、宝石職人かあ……確かになあ、宝石の加工ができる職人を誘致したいとこだよなあ」
が、鉱夫達はここで話を終わらせないつもりらしい。
「あと、山にある金の精練施設を動かしてえが……人手が足りねえかなあ。鉱山の広さも純粋に2倍になってるわけだしよ」
「で、近々またミオちゃんとナビス様が鉱山地下3階も解放しちまうとなると……また人員が足りねえよなあ」
……そう。
今、ポルタナはまた、人員不足に陥りつつあるのだ!
「まあ、鉱山が解放されていくってことは、雇用の場が増えていくってことだもんねえ……」
「そうですね……純粋に考えれば必要な人員数が2倍になる、のですね。ああああ、そこまで考えていませんでした……」
鉱山地下1階の鉱夫を募集した時、想像していたより多くの応募があった。それ故に、当分は新規で採用しなくてもよいだろうというような気分になっていたが……鉱山地下2階が解放されたことによって、必要な人員は2倍になっている。
更に、鉱山の規模が大きくなってきたことによって、ポルタナ内で鉱石の加工まで行うことの利が大きくなっている。これはいよいよ、鉄や金の精練施設を立ち上げなおす必要が出てきた。
「カルボさん、来てくれないかな」
「そうですね……鍛冶師が来てくだされば、鉄を精錬する仕事の価値はより上がります。鍛冶師や宝石職人と製錬炉の工員は、同時に募集したいですね」
ポルタナは、またしても移住者を募ることになりそうである。
「うーん、鍛冶師とか精練の作業員とかなら、ギルドとカルボさん伝いで何とかなりそうじゃない?でも、宝石の加工っていうのはなあー……」
「いっそ、ブラウニーがやってくれたら助かりますねえ……」
「あー、確かに。ブラウニーはこういうの、得意そう……」
2人はそんな話をしつつ、いつもの海の祭壇で聖水を瓶に詰める作業を進めていく。
そろそろ物販に回す分が無くなりそうだったので、また瓶詰作業を行わなければならないのである。……本当なら、聖水の瓶詰作業を手伝ってくれる人を雇うなりすればよいのだろうが、人員不足のポルタナではそれもままならないのである。
「一応、カルボさんとギルドで宝石職人さんにもあたってみようか。で、駄目そうなら……えーと、ブラウニーに頼んでみる」
「そ、そうですね……」
ブラウニーは気ままな妖精さんであるので、安定して何か仕事を頼む訳にもいかないだろうが……それでも、結婚式にお呼ばれした仲なのである。宝石の加工も、掛け合ってみてもいいだろう。
「あと、また馬車作んなきゃ。カルボさんにお願いして、で、こっちはホントにブラウニーに頼んでタイヤ作ってもらおう」
そしてブラウニーにはドラゴンタイヤも頼むことになる。これから益々人を増やしたいポルタナには、より多くの交通手段が必要だ。これからポルタナ内で鉄や金や宝石類の加工を行うようになったら、それらの輸送手段も必要になる。馬車の増産は必須だろう。
「……そして、ミオ様。そろそろ、ポルタナ内での食料供給が追い付かなくなりそうです」
「げっ、そっちもか!」
ついでに食糧問題もある。こちらについては、ドラゴン素材を食いつぶしていく形で外部から食料を購入してくることもできるだろうが……理想は完全なる自給自足である。さもないと、何かがあった時に対処できない。
今年の畑はもうどうしようもないので農産物についてはこのままいくとしても、来年からは畑を広げていく必要があるだろう。となると、農夫を雇って、開墾されていない土地を畑にしてもらう必要があり……そして何より、ひとまず今年を食い繋ぐための食料が欲しい。
……と、なると。
「海、かあ……」
「海、ですね……」
澪とナビスは揃って、祭壇の洞窟の外……ざざん、と波の音が響く海へと目を向ける。
青く澄んで美しい海の遠くの方では、ぼしゃん、と大きく水柱が上がっている。アレは魔物が跳ねたところだろうか。
……そう。魔物がうようよ居るポルタナ近海を整備することで、漁獲量を上げることは、できそうなのだ。