前へ次へ
47/209

ブラウニーの結婚式*2

「喜んでくれるでしょうか……」

「きっと喜んでくれるよ!だってナビスが編んだベール、めっちゃ綺麗だもん!」

 ブラウニーの為に2人が用意したのは、白いふわふわとした布地で作られたドレスに、繊細な手編みレースのベール。そして、小粒ながらも真珠を一粒あしらった小さなネックレスだ。

 レースのベールはナビスがちまちまと頑張って編んだものであったし、真珠のネックレスはポルタナの真珠をテスタ老から分けてもらった澪がなんとか拵えたものだ。ドレス自体も、白絹のハンカチやレースを使って作ったもので、可愛らしい出来栄えになっている。

 ブラウニーが結婚するのなら、それを全力でお祝いしたい2人は、精一杯の力を注いで小さなウエディングドレスを拵えたのである。小さい分、作業は大変だったがその甲斐あって、良いものを作れたと自負している。

「ブラウニーの結婚式に、ドラゴン肉があったら丁度いいごちそうになるかも」

「ふふ、そうですね。結婚のお祝いにドラゴンの鱗をもう少し置いてきましょうか」

 澪とナビスはそんな話をしながら、ポルタナ街道を進んでいく。馬車は軽やかに進み、ブラウニーの森へ到着するまでにそう時間はかからなかった。




「こんにちはー」

「お願いされたものをまた1つ、持ってきましたよ」

 そうしてブラウニーの森に到着した2人は、ウエディングドレス一式と、お土産のドラゴン肉食べ比べセット、そしていつものブドウパンやポルタナの塩や……といったお供え物をしてみる。

 結婚式を開くなら、ごちそうがあったっていいだろう。ブラウニーが肉を食べるかは分からないが、まあ、折角なので持ってきてみた。

「これであとは、赤い宝石と金のどんぐりだけだね。……金のどんぐりって、どこにあるんだろ」

「さあ……赤い宝石は何とかなりそうですし、ポルタナへ戻ったらもう、ある程度採掘されているかもしれませんが、金のどんぐりというと……」

 これでブラウニーの欲しいものリストは残すところあと2項目である。だが……『金のどんぐり』だけは、未だによく分かっていない。何か、特殊な木に実るどんぐりなのだろうか。まさか、金細工で作ったどんぐり、というわけではないだろうが……。


 ブラウニーの方は挨拶もそこそこに、澪とナビスはそのままメルカッタへと向かう。

 今日の2人の仕事のメインは、メルカッタでドラゴン肉を売ってくることなのだ。何せ、ドラゴン肉はとてつもなく多い。ドラゴンが数匹どころではなく仕留められてしまったのだ。このあり余るお肉をどうにかして消費しなければならない、となった時、売ってしまうのは一番確実な方法なのである。

 ドラゴン肉はギルドを通じて売ることができる。お肉屋さんを一軒ずつ回る必要が無かったので、澪とナビスとしては大変に助かった。『最悪の場合は買い取ってもらえないか交渉が必要ですね』とナビスが言っていたので、澪も少々緊張していたのである。

 それから2人は、ドラゴン肉をいくらか、メルカッタのギルドの食堂に寄付することにした。実質、戦士の皆への差し入れである。これを食堂の人達や戦士達は大いに喜んでくれたので、澪もナビスも嬉しく思った。……お裾分けで喜んでもらえると、嬉しいのだ。

 澪とナビスはそのまま食堂で食事を摂った。ドラゴン肉の寄付の分、ということで、食事の代金は全額無料ということにしてもらえたが、そんなに大量に食べる2人でもない。精々、『では、甘味を2つ……』『じゃあ私も2つ……リンゴのパイと、木の実のケーキにしちゃう!』とやる程度であった。

 ……だが、それはそれで楽しかったので澪もナビスも大満足である。同時に、澪は『デザートを一口ずつお裾分けするシェア文化』をナビスに伝えることができて余計に満足している。澪はナビスが頼んだ月ミカンのバターケーキとスモモのプティングを一口ずつ貰うことができ、同時にナビスは澪が頼んだものを一口ずつ食べてとろけるような笑みを浮かべていた。

 ナビスの表情を見て、澪は余計に大満足である!




 ……さて。

 こうしてメルカッタでの食事が終わったら、澪とナビスは帰路に就き……その途中で、野営する。

「野営はちょっと久しぶりじゃない?」

「そうですね……街道の整備と馬車の開発のおかげで、街道の途中で野営する必要がなくなりましたからね」

 2人が野営する場所は、ブラウニーの森だ。折角なので、今日はここで野営してみたかったのである。……というのも、ポルタナ街道の魔除けの力がどの程度まで及ぶのかを一度きちんと確かめておきたかったのだ。うっかり街道の途中で野営する者があったとして、彼らの安全が保証できるのかどうか、自分達で実験しておきたかったのだ。

「ふふ、なんだか新鮮な気分です」

「ね。野営っていうのも、悪くないよねえ」

 そうして2人はくすくす笑いつつ、寝袋に入って眠ることにしたのである。……折角だから、ブラウニー達がいい夢を見せてくれたらいいなあ、と思いつつ。


 ……だが。

 ぺち、ぺち、と頬に刺激を感じて、澪はそっと、目を開く。すると……。

「……わあ」

 そこには、小人か妖精か、といった生き物が、居た。

 ぞろぞろと集まっている彼らは、澪やナビスの手くらいの大きさしかない。そしてそんな小さな生き物達は、髪も、瞳も、なんとなく茶色系統だ。チョコレートブラウン、ココアブラウン、それにベージュやクリーム色など、明るさや鮮やかさはそれぞれ異なるものの、全員が『茶色』の内に収まる。

 そして……奥の方で澪を見上げている生き物は、澪とナビスが拵えたウエディングドレスを着ていた。

「……もしかして、あなた達がブラウニー?」

 澪が尋ねると、ブラウニー達はこくこくと頷いて、にこ、と笑ったり、ぴょこぴょこ、と飛び跳ねたり。

 ……何とも可愛い小さな生き物達を前に、澪は只々、ぽかん、としているのであった。


 やがて、ナビスも起こされた。『ううん……?』と寝ぼけ眼をこすりながら起きてきたナビスは、眠たげなとろんとした目でブラウニー達を見て、『まあ、なんて可愛い夢でしょう』とにこにこ喜んでいたので、澪がナビスをつつきつつ『これ、夢じゃないと思うよ』と教えてやった。ナビスは3分ほどかけて完全に目を覚まし、恥じらいながらも現実を受け止めた。

「えーと、ブラウニーさん達。これは……もしかして、私達を結婚式にお招きしてくれる、ってこと、なのかな?」

 ナビスと並んで座った澪がブラウニー達にそう問うと、ブラウニー達は笑顔で頷いてくれたり、ぱちぱちとごく小さな拍手を送ってくれたり。全体的に仕草が全て可愛らしいものだから、見ていてまるで飽きることが無い。ブラウニー、恐るべし。

「……ブラウニーの結婚式に参列できるのは、初めてです」

「そっかー、やっぱりこういうの、貴重な体験だよねえ」

 ナビスも澪も、なんとなく居住まいを正しつつ、澪達をお誘いしてくれたブラウニー達に、返事を出すのだ。

「是非、私達も参列させて!」




 ……そうして、ブラウニー達の結婚式が始まった。

「魔物の結婚式、とは不思議なものですね……」

「なんか可愛くっていいよねえ、これ……」

 ブラウニー達に案内された先は、森の中の小さな広場。会場には、木々の枝から枝へと紐が渡され、そこから小さな光る石がいくつもぶら下がっていて、何ともメルヘンチックな光景だ。

 ぶら下がっている小石についてナビスが『あれは夜光石というものです。夜になると光り輝く、不思議な石ですね』と教えてくれた。それにしても、この飾りはもしかすると、澪とナビスがやっていた魔除けを真似したものなのかもしれない。そう考えるとまた可愛い。

 会場には、森の木の実や果物、それに澪達が持ってきたドラゴンの肉をこんがり焼いたものなどが山盛りになった個所があり、ブラウニー達はそこから自由にとって食べているようだ。ブラウニー達の表情を見る限り、ドラゴン肉は好評であるらしい。

 澪とナビスがそれを眺めていたら、ブラウニーが2匹ほどやってきて、それぞれに姫リンゴと割った胡桃とをプレゼントしてくれたのでありがたく食べる。なんとなく温かみのある味わいだった。

 ブラウニー達は小さいので、会場もそう広くはない。澪とナビスが広場の真ん中に居ると、それだけで邪魔になってしまいかねないので、澪とナビスは会場の隅っこに座っていることにしたのだが……ここからだと、結婚式の全体の様子がよく見える。

 ブラウニー達の結婚式は、なんともラフで可愛らしいものだった。新郎と思しきブラウニーがぴょこぴょこやってきて、ウエディングドレスを着たブラウニーに、きゅっ、と抱き着いて、ウエディングドレスのブラウニーも、きゅ、と抱き着き返す。すると周りのブラウニー達が拍手を送る。……これが誓いの儀式か何かなのだろうか。

 澪とナビスはよく分からないながらも、ブラウニー達に祝福の拍手を送るのだった。勿論、大きな体の澪とナビスが思い切り拍手したらブラウニー達を驚かせてしまいそうだったので、あくまでもぱちぱち、と控えめに……。


 それからブラウニー達は、楽しく踊り始めた。

 ブラウニー達のダンスはこれまたなんとも可愛らしい。輪になってくるくる回っていたかと思えば、今度は2人1組になって踊り始め、見ていてまるで飽きることが無いのだ。

「かわいいねえ……」

「ええ、とても、とてもかわいい……」

 澪もナビスも、すっかりブラウニーのとりこである。可愛いのだ。何せ、ブラウニー達が可愛いのだ!

「これだけ可愛いと、なんか、もっとお祝いしたくなっちゃう」

「そうですね……私達にできることは無いでしょうか」

 一応、結婚式のごちそうを提供する役割は果たした。ウエディングドレスも、森の中には存在しえない白絹と繊細なレースがよく映えて中々可愛らしい。だが、折角参列させてもらえたのだ。何か、もっとお祝いできたらいいのだが……。

 ……そう、澪とナビスが思っていると、新郎新婦ブラウニーがとことことやってきて、にこにこと笑いかけてくる。言葉こそ通じないものの、嬉しそうな彼らの表情を見ていれば、こちらもなんだか幸せになってくるのだ。

 なので……澪は身を屈めてブラウニー達に近づきながら、そっと、問いかけてみる。

「この度はご結婚、おめでとう。その……僭越ながら、お祝いっていうことで歌ってもいいかな?」

 文化も言葉も違うブラウニー相手だが、きっと音楽は伝わる。澪は音楽の力を、信じている。




 そうして澪とナビスは歌うことにした。魔物相手に聖歌というのもなんなので、ポルタナの舟歌を。

 2人で歌い始めると、ブラウニー達は目を輝かせてわらわらと寄ってくる。興味深げに澪とナビスを見上げて、そしてそのうち、リフレインするメロディーに合わせて体を揺らすようになるのだ。

 ……更に、ブラウニー達は、何とも可愛らしい行動に出た。

 なんと、その小さな体を揺らし、小さな手を大きく振って、皆で曲に合わせて踊り始めてくれたのである!


 澪とナビスの歌が終わると、ブラウニー達は笑顔で拍手を送ってくれた。

 その拍手を浴びながら、澪とナビスは、顔を見合わせる。

「……ナビス」

「はい、ミオ様……」

「滅茶苦茶に、かわいいねえ……」

「食べちゃいたいくらいかわいいです……」

 ……ブラウニーは、可愛い。

 2人はそれを確かめると、深く頷き合ったのだった。




 翌朝、澪とナビスが目を覚ますと、既に結婚式の様子は影も形も無くなっていた。

 まるで夢のようだったが、しかし、確かに澪とナビスの枕元には、ブラウニーの結婚式で飾られていた夜光石の小さな小さな飾りが2つ、置いてあったのである。

「引き出物かなあ」

「ああ、かわいい……なんて可愛らしいんでしょう……」

 ブラウニーにすっかりメロメロの2人はブラウニーの可愛らしさを思い出して悶絶しつつ、朝食を摂り始めるのだった。


 朝食後、2人はすぐポルタナへと出発する。今夜は今夜で、ポルタナの肉パーティーがあるのだ。遅れるわけにはいかない。

「ねえ、ナビス」

「はい、なんでしょうか」

 馬車の中、澪はブラウニーから貰った夜光石の飾りを眺めつつ、ナビスに聞いてみる。

「この夜光石って、鉱山で採掘できないかなあ」

「夜光石を、ですか……?ええと、恐らく、地下3階で採掘できると思います。地下3階では、聖銀の他に夜光石も採掘されていたような覚えがありますから」

 ナビスが答えてくれるのを聞いて、澪はより一層、鉱山地下3階を攻略する意欲を滾らせる。

 これは、アイドル業には必須のアイテムとなるだろう。何せ……。

「……これがあれば、ペンライトできるなあ」

「へ?ぺんらい……?」

 ……観客がペンライトを振るのも、アイドル文化の1つなのだから。

前へ次へ目次