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ブラウニーの結婚式*1

 さて。

 一頻り笑ったら、いよいよドラゴンの処理に取り掛かる。

 これには鉱夫達の手を借りることにした。流石にこれは、澪とナビスの2人だけでできる仕事ではないのだ。


 まずは鉱山地下2階全体を見回って、ドラゴンの生き残りが居ないかをしっかり確認する。

 ……そして、案の定見つけてしまった撃ち漏らしを処理しつつ、地下2階全体に魔除けを施していく。鉱夫達が入るのだから、安心できる場所でなければならない。特に、最後にドラゴンと戦った奥、地下3階へと続く下り階段の手前は念入りに念入りに、魔除けを施しておいた。うっかり地下3階から魔物が漏れてきては困るのだ。

 魔除けが終わったら、いよいよ、鉱夫達を呼ぶ。仕留めたレッサードラゴンを運び出すだけでも相当な苦労になるだろうから、人手があるのはありがたかった。

「うおっ……本当にドラゴンが死んでる!」

「レッサードラゴンとはいえ、ドラゴンだろ!?うおお、マジかぁ……」

「びっくりした!」

 鉱夫達は、レッサードラゴンを運び出す段階で既に相当驚いていた。……彼らからしてみると、レッサードラゴンを1匹倒せれば、それだけで半年は働かなくていい、というものらしいので、この驚きも至極当然のものなのだろう。

「いやー、人手があるって助かるねえ、ナビス」

「本当に。とても助かります」

 そして澪とナビスは、鉱夫達がレッサードラゴンを処理してくれている間に、数名の鉱夫達と共に一番大きな四つ足のドラゴンを処理しにかかっていた。

「……これをナビス様とミオちゃんがやったって?」

「とどめを刺したのはミオ様ですよ」

「いや、ナビスが居なかったら絶対にムリだったって」

 ドラゴンの巨体を見上げて、鉱夫達は只々ぽかんとしている。それと同時に、澪やナビスへ注がれる視線は、畏敬と憧れのものへと変わっていった。

「すげえ……うちの聖女様と勇者様は、本当にすげえ……」

「本格的に活動を始めてから3月も経たない内に、こんなドラゴンまで仕留めるようになっちまうとは!」

 彼らからの賞賛を浴びて、ナビスが照れながら光り輝き始める。

 ……戦果を見せることでも、信仰は集まるらしい。好循環である!




 ドラゴンの処理をある程度任せたら、澪とナビスは地下3階へと踏み入る。一応、偵察があれば対策もできよう、ということで……覗くだけ、というつもりで。

「……暗いねえ」

 覗くだけ、とは思ったが、どうも、それすら叶わないらしい。不思議なことに、魔除けの光がぽわぽわと浮かんでいるにもかかわらず、坑道の中は暗いままなのだ。

 まるで、宙で光が吸収されてしまっているかのような。そんな具合である。

「魔除けは施しましたが……どうも、闇の魔力が濃く漂っているようです。これを排除しようと思うと、相当強い魔除けが必要になるでしょう。骨が折れそうですね……」

「ああ、そういうのあるんだ……わー、参ったね」

 どうも、鉱山の地下3階は闇の魔力とやらによって、光が上手く届かなくなってしまっているらしい。

 これは困った。今まではなんだかんだ、光についての苦労はせずに済んできたのだから。鉱山の地下3階では、そのあたりの苦労をしながら進むか、はたまた、根本的なところを解決してしまうか……いずれにせよ、骨が折れそうであることに変わりはない。

「で、暗いだけかな。魔物は居るんだよね?」

「ええ。間違いなく、何者かが巣食っているはずですが……」

 ついでにここには魔物も居るのだろう。そう思って、澪とナビスは、もう少しばかり奥まで、踏み込んでみた。

 ……すると。

 カタカタカタカタ。

 そんな乾いて硬い、それでいて妙に軽い音が響いてくる。その音はカタカタカタカタ、と重奏になっていき、そして……。

「ひゃっ」

「うわっ」

 ナビスも澪も驚く中、そこに姿を現したのは……数多の、動く人骨であった。


 澪とナビスは慌てて鉱山地下2階まで戻る。幸い、地下2階はしっかりと魔除けが効いているらしく、先ほどの人骨が追ってくることは無さそうである。

「……本当に骨が折れそうだね」

「ええ……骨が、本当に……」

 澪とナビスは顔を見合わせて、乾いた笑い声を上げた。

 ……本当に、地下3階では骨が折れそうである。骨だけに。




 澪とナビスは骨のことは一旦忘れて、ドラゴンの処理を進めることにする。

 こちらはやればやっただけ皆の役に立ち、装備や食事やお金に代わる仕事だ。やはり、ドラゴンは骨とは違うのだ。

 そして何より、ドラゴンは数が多い。レッサードラゴンを全て処理するのに大変な時間がかかり、そして、大物のドラゴンはとにかく体が大きかったがためにこちらも時間がかかる。

 巨大なドラゴンの体から綺麗に皮を剥ぐのは、ナビスとシベッド、そしてテスタ老達、魔物と戦うことに慣れていたり、手先が器用だったりする者達であった。

 澪は皮を綺麗に剥ぐ自信が無かったので、専ら皮を剥いだ後の肉の解体や血抜き、牙の採取等を担当していた。それから、ナビス曰く『力のあるドラゴンの血液は価値があるので』とのことだったので、採取できる分だけ血液も採取しておいた。

 解体作業中に剥がれたドラゴンの鱗を拾い集めては仕分けて袋に詰めたり、血抜きが終わった肉を干し肉に加工すべく村のおばちゃん達と協力したり……澪も存分に働いて、そうして全てのドラゴンの処理が終わったのは、翌日の夜だったのである。

 だが、それだけの成果は得られた。

「いや、すごいねこれは。これだけ上等なドラゴンの皮は中々見ねえぞ」

「鞣し方次第で、鎧にも革袋にもできるだろうな。腹側の薄い皮はよーく鞣せば柔らかく使えそうだから、服にもできるだろうし……」

「すごい!ドラゴンの皮、すごい!」

 戦士達が興奮気味にあれこれ語るのを聞きつつ、澪とナビスは得られた成果が大きかったことを実感する。

 ポルタナの全員で食べても一週間二週間分はありそうなドラゴン肉。

 とても上等なドラゴン皮一頭分。

 そして大きく鋭くきめ細かい材質の、骨や牙や爪の類。

 ……これら全て、最奥に居たあのドラゴン1頭分のものなのだ。レッサードラゴンの素材はまた別途、沢山採れている。全てに値が付けば、ポルタナ中のお金をかき集めた額を遥かに上回る額になるものと思われた。

「……とりあえず近々、焼肉パーティーしよっかあ」

「そうですね。ここまで解体作業をお手伝いいただいている訳ですし、労いの会は開くべきです!」

 収穫できたものをどのように売ったり加工したりするか、詳しくはまた後程考えることになるが……ひとまず今日の所は、ドラゴン革をブラウニー達に預けてきたい。そして、売っても問題ないであろうものだけは売って、さっさとお金にしておきたかった。

「じゃ、メルカッタ行って帰ってきたら……ドラゴン肉で焼き肉パーティーだ!」

「ええ!そうしましょう!」

 ということで、澪とナビス、そして周りの鉱夫達や村のおばちゃん達までもが、大いに喜び、歓声を上げた。

 ……ドラゴン肉も、ある程度は干し肉にしたり塩漬けにしたりと村のおばちゃん達が大分処理してくれているが、それだけでは到底処理しきれないほどの量がある。思う存分食べてしまっても全く問題ないだろう。

「えへへ、でっかいドラゴンのお肉ってどんな味なんだろうなー」

「とてつもなく美味、と聞きますが……」

 ……そして何より、澪もナビスも、ドラゴン肉の味が気になっているのだ。女子高生というものは、美味しい物が大好きなのである!

 これだけ大きなドラゴン肉となると、仕留めてすぐ食べるよりも、数日置いてからの方がおいしく頂けるらしい。だから今すぐではなく、もう一仕事終えた後こそが本番となる。

 よって、最高に美味しくなったタイミングで、ポルタナ焼き肉パーティーを開催するのだ!




 ということで、翌日。

 澪とナビスは起きて、白ニワトリ達の小屋を掃除したり畑の水やりをしたりといった作業を行った後、卵と野菜を収穫して、それで野菜のスープとオムレツとパンの朝食を拵え、一緒に食べ……それから、ドラゴンの処理の続きを行う。

 今日の仕事は主に、干し肉づくりと肉の塩漬け作業である。どのみち、生のお肉はすぐには食べきれない。こうしてある程度処理しておくのが重要なのだ。

 肉の処理は午前中の早い時間にやってしまって、午後はメルカッタまで馬車で飛ばして、ドラゴン素材を売ったり、ドラゴン革の装備を発注したりしたいところである。そこでブラウニー達に装備の相談もしたいので、頑張らなければならない。

「いやー、塩の増産をお願いしておいて本当によかったね」

「そうですね。まさか、こうした用途で塩を大量に使うことになるとは……」

 今回、ドラゴン肉を存分に塩漬けにできているのは、ひとえに塩が沢山あるからである。

 塩が沢山あるのは良いことだ。ポルタナは漁の村でもあるので、魚の保存にも塩を使える。そして、今回のように唐突に大量の肉が集まってしまっても何とかなるのは、大変に助かった。

「ドラゴンの心臓は強いお酒に漬けておきましょう」

「あ、そうやって保存するんだ」

 肉の類だけでなく、臓物もある程度処理していく。腸はドラゴンタイヤの修理素材として確保しておく他、レバーは塩水に漬けて血抜きして食べる。そして心臓は、強い酒に漬けておくらしい。

「ドラゴンの心臓を漬け込んだお酒は、生命力を回復させる薬となるのです。ドラゴンの血やお肉には生命力を向上させる働きがありますが、心臓は特にそれが強いので」

「へー……美味しいだけじゃなくて薬にもなるんだ」

「ええ。なので、竜殺しの英雄はドラゴンの肉を食べてより強くなる、という訳なのです」

 流石は異世界。まさか、肉を食べると元気になれるとは。中々面白いものである。


 そうして一通り、ドラゴン肉の処理が終わったら、いよいよ皮をブラウニー達に任せに行く。

 ……そしてそのためのお土産をきちんと用意した。

「ウエディングドレス、喜んでくれるといいねえ」

「ええ。……できたら、これを着たブラウニーの姿も見たいものですが」

 澪とナビスの荷物の中には、小さなウエディングドレスが入っている。ブラウニーからの頼まれものを、ようやく完成させられたのだ!

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