勇者の仕事*3
翌日。澪とナビスは鉱山地下2階へと突入することになった。
「ドラゴン全滅させちゃうと、いざという時の資金源が無くなっちゃいそうだけど……まあしょうがないよね」
「そうですね……金と宝石が採掘できれば、より安定して、誰にでもお金を稼げるようになりますから」
ドラゴン狩りは、なんだかんだ安定しない。そして何より、澪とナビスでなければ稼げない。それでは、ポルタナの発展にはつながらないのだ。
「それに……地下3階を解放するのが、最優先です」
そしてそれ以上に、ナビスには目標があるらしい。
「地下3階では聖銀が採れるのです。……それが、ポルタナ最大の資源となるでしょう」
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ナビスは、かつて聖銀が産出していたポルタナ鉱山の様子をよく覚えている。
大地の恵みをたっぷりと受け、聖銀を産出してくれる鉱山。地下3階は聖銀が生まれ、それ故に天然の魔除け坑道となっていた。
採掘された聖銀は、かつてここに居た多くの鍛冶師達によって形を変え、今ナビスが持っている剣であったり、シベッドのナイフであったり、そして恐らくは、澪のラッパもそうなのだろうが……様々な聖銀製品へと形を変えた。
聖銀は、優れた素材である。置いておくだけで魔除けとなるため魔物に対して強く、祈りの媒介としても優秀だ。ポルタナには聖銀によって活気がもたらされていたといっても過言ではない。
何せ、魔物と戦わなければならない者は皆、聖銀を求めた。戦士から郊外の畑を管理する者まで、皆ができることなら聖銀の道具を使いたがる。他の町の聖女達もこぞってポルタナ産の聖銀の剣や槍、装身具といったものを買い求めていたのだから、やはりポルタナは聖銀の一大産地として有名だったということだろう。
……だが、それも、鉱山の地下3階に魔物が溢れかえってからというもの、すっかり消えてしまった。
今のポルタナは、『かつての』聖銀都市だ。あの時の活気からは随分遠くなった。
……それでも、ミオが来る前より、大分、活気づいてきた。
壊れていた滑車が修理されて鉱山への道ができ。坑道周辺には鉱夫達が住まうようになり、鉱山からはつるはしの音や笑い声が聞こえてくるようになった。
海辺ではミオのおかげで効率を増した製塩業が盛んに行われている。元気を失っていた漁師達も、人口が増えた分頑張って魚を捕らねば、と張り切っている。
かつての賑わいを取り戻しつつあるポルタナの姿は、ナビスにも大きな希望を与えてくれている。
そして何よりも……ミオが。
彼女こそが、ナビスの希望なのである。
「あー、そっか。聖銀が採れれば、魔物と戦うのが楽になるんだ」
「ええ。私達もそうですし、メルカッタの戦士の皆さんやポルタナの漁師の皆さんなど……魔物と戦う人々の大きな助けになるでしょう」
「成程。それは、解放しない手は無いねえ」
ミオは『ドラゴンを全滅させちゃうとその後が厳しいのでは』と危惧していたらしいが、聖銀の価値はなんとなく理解してくれていたようだ。鉱山地下2階もまだ取り戻していないというのに気が早いのかもしれないが、ミオの賛同を得られたことはナビスにとって大きなことなのである。
……ミオはこの世界のことを、良く知らないはずだ。けれど彼女は、とても適応が早い。『これは恐らくこうではないか』『知らないがきっとこういう問題も後々起こるだろう』といった推測が非常に上手いのかもしれない。
「ミオ様。鉱山の地下2階を攻略したらまたすぐ、地下3階の偵察を行いたいのですが」
「うん。いいよいいよ。前回と同じでしょ?今回もそれでいこ。それで地下3階の対策立てて……できる限り早く、地下3階も取り戻そうね!」
話の早いミオに感謝しながら、ナビスは鉱山地下3階のことを思う。
……鉱山地下3階は、ナビスにとって、大切な場所なのだ。
ナビスはミオと共に鉱山へ向かう。
滑車を動かす村人に『ご武運を!』と笑顔で見送られ、坑道手前で『今日の採掘作業は鉱山攻略の為中止』と連絡を受けていた鉱夫達が整列して出迎えてくれた。
それから澪が魔除けと景気づけの為にラッパを吹き鳴らせば、うっかり坑道内で寝ていたらしい鉱夫が1人、『音にびっくりして起きたし、起きたら周りに誰も居なくてもっとびっくりした!』と出てきた。……彼は坑道内に住みつくことを決めたらしい。大丈夫だろうか。
「じゃ、行ってくるから!期待して待ってて!私達が戦ってる間は、危ないから坑道内立ち入り禁止ってことでよろしくね!」
「皆さんには、その、鉱山地下2階で討伐したレッサードラゴンを運び出す作業をお手伝いいただくことになりそうです。よろしくお願いします」
そうしてナビスとミオは、坑道の中へと足を踏み入れていく。
……心は既に、地下3階にある。地下2階のレッサードラゴンなんて、恐れる気持ちはまるで無い。
ナビスはそんな自分自身に気づいて少し驚いて……くす、と笑った。
「うん?どしたのナビス。なんか楽しいことあった?」
「ええと……少し、思い出し笑い、です」
「あー、さっきの鉱夫の人?あの人モグラにでもなるつもりかなあ……鉱山の中ってそんなに住み心地いいのかなあ……」
ミオはそんなことを言いつつ、先ほどの鉱夫のことを思い出してくすくす笑っているようだが、ナビスが考えているのは、先ほどの鉱夫のことではなく、自分自身とミオのことだ。
……ナビスはミオに引っ張られて、随分と積極的になった。レッサードラゴンとはいえ、ドラゴンと戦うのだからもう少し恐れてもいいだろうとも思うのに、気持ちの上ではまるで躊躇うことが無い。
ナビスは、『私、ミオ様に似てきたでしょうか』と内心で思いながら、にっこり笑う。もし、ミオに似てきたというのならば、それはナビスにとって少し気恥ずかしく、そしてとても嬉しく誇らしいことなのだ。
鉱山の中は、先ほどのミオのラッパの魔除けによってほやほやと光り輝いている。鉱山地下1階に人が入るようになって、地下1階にはランプなども設置されるようになったのだが、今はそれらの設備が無くとも周りが見えるほどに明るい。
「さっきの鉱夫の人さあ、私のラッパで毎朝起きるじゃん?あれ、もうちょっと静かに吹いてあげた方がいいのかなあ」
「いえ、あのままでいきましょう。彼もきっとそれを楽しみに、ここで寝泊まりしているのでしょうから」
「そうかなあ。単に、仕事ギリギリまで寝ているため、とかのような気もするけど……ま、いっか」
2人はそんな話をしながら、坑道の中を進んでいく。階段を下りればいよいよ、レッサードラゴン達との連戦になるというのに、不安はほとんど無かった。
そうして鉱山地下2階へ続く下り階段までやってきた2人は、早速、地下2階攻略に向けて準備に取り掛かる。
「よし、じゃあ、ここからラッパ吹くね」
「では私はこの近辺の魔除けを」
ナビスは階段周辺に聖水を撒き、祈りを捧げて魔除けを施していく。こうしておけば、もし地下2階でレッサードラゴンを逃がしてしまうようなことがあっても、地上への迷惑はかけずに済むだろう。坑道の外で待ってくれている鉱夫達を危険な目に遭わせるわけにはいかない。ナビスの魔除けは、より一層細やかなものへと変わっていく。
そして、ミオは階段へ音を注ぎ込むように、ラッパを吹き始める。
……ナビスはこの音が、好きだった。ミオの性格をそのまま表したような、まっすぐで明るく、凛とした音。そこにあるだけで周囲が華やいで、魔物が恐れをなして逃げていく。それでいて、わざとらしかったり、押しつけがましかったりするわけでもない。実にミオらしいと、ナビスは思う。
ミオのラッパから零れた光の玉が、ほやほやと階段の下へと漂っていく。ナビスとミオはそれぞれに光の玉を見送って……そして。
「じゃ、行きますか」
「ええ。参りましょう」
いよいよ、2人はレッサードラゴンの巣窟……ポルタナ鉱山地下2階へと、足を踏み入れたのだった。
出会い頭に1匹。ミオが躊躇いもなくナイフを構えて突進していったのを見てナビスもすぐさま、後に続く。
……神の力によって金色の光を纏ったナビスとミオは、人知を超えた力を以てして、レッサードラゴン達を仕留めていった。
一度地面を蹴れば、体は恐ろしいほど前に進む。手にした聖銀の剣は、本来ならナビスには少々余りある重さと長さの代物であるはずなのに、今はフォークやスプーンを持つのと同じように軽々と振るうことができる。
そして、ナビスが振り抜いた聖銀の剣は、一条の光の線を宙に描きながらレッサードラゴンへ迫り……いとも容易く、ドラゴンの喉笛を切り裂いていくのだ。
「わーお……これ、私達、今とんでもなく強いんじゃない!?」
「ええ……まさか、これほどまでとは!」
ミオは静かに興奮の様子を見せているが、それはナビスにとっても同じ事だ。
こんなにも強く神の力が働いたことなど、今までに体験したことが無かった。
今までに使ってきた神の力は、大分弱いものだったのだとナビスは知る。たっぷりと神の力が働いたなら、容易くドラゴンの喉を切り裂けるようにまでなる。
人間の所業とは思えないようなことができる自分に、ナビスは少しばかり、うすら寒いような感覚を知る。『聖女』である自分は、果たして本当に、『人間』なのだろうか、と……そんなくだらない、感傷じみたことすら考えてしまうほどに、神の力は絶大であった。
そしてナビスは思うのだ。
……神の力はあまりにも強大で……それ故に、何か、空しさのようなものを覚える。
こんな力が、あの時の自分にあったなら。
あの時にだって皆、祈っていたはずなのに。
祈りの強さが神の力になるというのならば、何故、人はこのように苦しまなければならないのか。
理不尽だ。
「いやー、これだけすごいとさあ、やる気も出ちゃうよね!」
……だが、そんな神の力を得て尚、己を失わないのがミオであるらしい。
ミオはいつも通り、明るく快活な笑みを浮かべて2体目のレッサードラゴンを屠るところだった。彼女の動き、勇ましさ、堂々としたその表情……これらを見て彼女を勇者ではないと思う者など、誰も居ないだろう。
「ね、ナビス!この調子でガンガン行こ!」
そしてミオは、ナビスを導くようにそう言って、笑う。
「……はい!」
ナビスは『しっかりなさい』と自分に言い聞かせて、剣を構え直す。そして、少し離れた位置のレッサードラゴンへと突進していって、ミオのように躊躇いなくレッサードラゴンの懐へ飛び込んでいった。
そして、レッサードラゴンが振るってきた爪を切り飛ばし、返す刀で喉を狙う。
「ナビスー!調子いいじゃーん!」
「ありがとうございます!」
また一匹、仕留めたレッサードラゴンと、明るいミオの声。
それらに励まされて、ナビスは温かさと未来とを思い出す。
……かつて、ほとんど力を持たなかったナビスだが、今は違う。信仰を集め、ミオに導かれて、今、こうして戦えている。
そして、ポルタナを救うことができる。今度こそ。
「よーし!このまま奥まで行っちゃおー!」
「お供します!」
思い出した希望は、明るく燃えてナビスを前向きにしてくれる。そうしてナビスはミオを追いかけて、坑道の奥へと進んでいくのだ。
……『やっぱりミオ様は、太陽のような方です』と、そう思ってにっこり笑いながら。
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澪とナビスはそのまま戦いに戦って、レッサードラゴンを次々に仕留めていった。
「これ、幾ら分ぐらいになる?」
「さあ……既に、金貨100枚や200枚ではきかないくらいの数を倒してしまいましたね……」
……倒したレッサードラゴンは数知れず。これら全てを売り捌いたら、一体いくらくらいになるのだろうか。間違いなく値崩れを起こすであろうことは、澪にも分かる。その程度の数のレッサードラゴンが、今や地に伏している状態なのである。
「ま、皮とか牙とかはさ、ポルタナで保管しておいて、値崩れしないようにちょっとずつメルカッタに流せばいいし。ドラゴン皮は私とナビスの衣装にすればいいし」
「い、衣装ですか?」
「うん。できればナビスの方はドラゴンの革製品とかじゃなくて、もっと繊細で清らかで可愛いかんじのがいいと思うけどね……まあ、少なくとも私は、ドラゴンの素材をがっつり身に着けといた方が、舐められなくていいと思うから」
ここで倒したドラゴンは、無駄にしない。革や牙や骨を使って、澪は自分の装備を整えようと思う。
……ナビスの装備のことばかり考えていたが、やはり、澪の装備も大切なのだ。
ナビスは『美しさ』や『神秘性』を高めるための衣装を着ればいい。そして澪は、『威厳』や『強さ』をアピールできるようなものを身に付けるべきなのだ。
それが勇者である澪の役目なのだろうから。
「……何か、奥に居ますね」
そして澪とナビスは、鉱山地下2階、坑道の奥深く……そこに、強大な存在の気配を感じ取る。
気配を殺しながら2人が何気なく、そっと、その坑道の奥を覗き込むと……。
「……成程ね。レッサードラゴンの親玉は、レッサーじゃないドラゴン、ってことか」
そこには、『レッサー』などとは到底言えない、大きなドラゴンの巨体があったのである。