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勇者の仕事*1

「みんなー!今日もポルタナ礼拝式に来てくれてありがとーう!今日も目いっぱい楽しんでいってねー!」

 澪の声に、オーディエンスは歓声を上げる。

 オーディエンスの数は、過去最高。盛り上がりも過去最高となっている。

 ……こうして、第3回ポルタナ礼拝式は幕を開けたのである。




 演目は前回と大きく変わらない。メルカッタの戦士達の歌や有名な聖歌を多く歌い、メルカッタの町民達によく知られる歌を新たに取り入れ、そして最後は、ポルタナの舟歌。

 ……皆の為の歌だ。会場の皆が歌い、楽しめるようにと選んだ歌だからこそ、会場は大いに盛り上がる。

 途中で澪のトランペットの演奏が入り、会場が一体となってサビを歌う場面もあり……数度目の参加の信者達は『これだよこれ!』というような顔でノリにノって楽しみ、初参加の信者達は戸惑いながらも周りの信者達の勢いに押されるようにして共に声を上げ、拳を天に突き上げ、そうしている内にこの新しい礼拝式を楽しむようになる。

 ……そして今回は、澪も1つ、新しいことを取り入れるのだ。

「さて、皆!ここで我らが聖女ナビスを讃える聖句を唱えようじゃあないかーっ!」

 曲の合間、MCとして澪が壇上に躍り出てそう声を上げれば、皆が『なんだなんだ』とざわめき、新たな楽しさへ期待を寄せる。

「聖句は簡単!『ナビスは可愛い!ナビスは強い!ナビスは最高!』これだけ!覚えたねー!?じゃ、声出す準備はいいかなー!?」

 会場は大いにざわついたが、澪の勢いに押し切られて『おー!』と返事をくれる。澪はそれを良しとして、早速、コールアンドレスポンスを始めるのだ。

 澪が「ナビスはー!?」と呼びかければ、『かわいーい!』と返ってきて、また「ナビスはー!?」と続ければ『つよーい!』と返ってくる。そして最後に『ナビスはー!?』と唱えれば、会場全体が割れんばかりの大声が、『さいこーう!』と返してくれる。

 そして澪が『ナビス!ナビス!』と声を上げつつ拳を突き上げ、ぴょこぴょこ、と飛び跳ねてみせれば、会場中がそれに倣って飛び跳ねつつ、『ナビス!ナビス!』と手を振ってくれるのである。

 これに、ナビスは赤面していた。それもまた可愛いので、可愛さの永久機関である。そしてナビスは集まった祈りとレスポンスによって光り輝き始める。それがまたナビスには恥ずかしいらしいのだが、それもまた可愛いのである。やはり永久機関である。最早誰にも止められない。

 ……だが。

「み、皆さん!静粛に!」

 ナビスがそう、大きな声を上げた。

 会場に水を差すような所業に、澪も少々、面食らう。……打ち合わせには、こんな展開は、無かったが。

 もしや、ナビスの恥ずかしさが限界点を超えてしまっただろうか。『やりすぎたかな』と澪と観客達は一瞬、冷水を浴びせられたような心地になったのだが……。

「……その、わ、私も……私も!やられっぱなしでは、いられません!」

 ナビスは頬を赤らめたまま、勇ましく言い放ったのである。


「どうか、お力をお貸し下さい!皆様、『ミオ様は凛々しい!ミオ様は賢い!ミオ様は最高!』こちらでよろしくお願いします!」

「えっ」

 澪も信者も困惑する中、ナビスはぽふぽふと上気した頬のままに勢いに満ちて、拳を天に突き上げる。

「で、では参りますーっ!み、ミオ様はーっ!」

 そうなれば、会場中は困惑から一転、会場中は満面の笑みとなって、『りりしーい!』と返してきた。

 ……これに澪は、『えっ、えっ』と戸惑いつつ、成り行きを見守るしかない。

「ミオ様はーっ!」

 会場の一体感に受け止められて安心した様子のナビスが続ければ、信者達はナビスに『大丈夫だよ』と言うかのように『かしこーい!』とレスポンスする。

 そして最後にナビスが「ミオ様はーっ!」とやれば、会場中が満面の笑みで『さいこーう!』と盛り上がり……。

 ……そしてナビスの呼び方に合わせて、会場からは『ミオ様!ミオ様!』と、声が上がってくる。

「こ、これは……えええええ……」

 澪はぽかんとしながら会場を眺め……しかし、それと同時、嬉しそうにぴょこぴょこと飛び跳ねながら『ミオ様!ミオ様!』と声を上げるナビスが、またぽやぽやと輝いているのを見つけてしまった。

 ……勇者が集めた信仰も、聖女にちゃんと届くようである。


 ならば話は早い。澪もナビスも、どちらも信仰してもらえばいいのだ。

「ええーい!それで勝ったつもりかーっ!」

 澪はぴょこぴょこしていたナビスにぎゅっと抱き着いて動きを封じてしまってから、『ナビス!ナビス!』と声を上げて観客を煽る。

 すると観客達は、『ミオ様!ミオ様!』と呼ぶばかりではなく、『ナビス!ナビス!』の方にも参加し始める。それにナビスがおろおろし始めると、それが余計に可愛いので澪はもう、満面の笑みになってしまう。

 ……そして。

 会場から、『どっちもさいこーう!』と声が上がり始める。

 おや、と思って見守っていると、観客達の中から次々に、『二人はさいこーう!』『どっちもかわいーい!』といった声が上がってくる。

 ……すると、ナビスが光り輝くのだ。それはそれはもう、神々しく。眩いほどに。それを見て観客はより一層喜び……。


「……すごいねえ」

「ええ、本当に……」

 澪とナビスが壇上で驚いている間にも、観客達は、打ち合わせも仕込みも無く、勝手に声を上げていた。

 即ち、『ふたりはー!?』『かわいーい!』『ふたりはー!?』『りりしーい!』『ふたりはー!?』『さいこーう!』というように。

 アイドル文化は、会場で生まれる。作られずとも、勝手に。自然に。

 それを目の当たりにして、澪もナビスも、只々驚き……そして、喜んだ。

「これだけ喜んでもらってるんだから、嬉しいよねえ」

「ええ、本当に!」

 観客が自発的に動いてしまうほどの興奮と一体感。それを提供できたらしいということを確認して、澪とナビスはぎゅう、と抱き合うのであった。




 ……そうして、礼拝式もといライブは興奮の内にお開きとなった。

 ポルタナの舟歌を覚えてくれた信者が前回よりも更に増え、皆が舟歌を歌ってくれていたのが非常に印象的だった。

 そして何より、あの自発的なコール。

 あれが生まれるだけの土壌を作れていたことも、それだけの高揚感を提供できていたことも、誇らしい。澪はナビスと共に会場の片隅で余韻に浸っていた。

「よかったねえ……」

「ええ、とても……」

 2人揃って会場の片隅に座っていると、信者同士で『あの歌が良かった』『あれも良かった』『何より、ミオ様コールを始めたナビス様がかわいーい!』といったように話しているのがそこかしこから聞こえてくる。それでまたナビスが光るものだから、澪もナビスも、顔を見合わせて笑ってしまった。


 ……だが、そんな2人へ、ずかずかと近づいてくる者がある。

 ナビスがきょとんとしている間にも澪は咄嗟に警戒して、半分飾りのような気持ちで装備していたドラゴン牙のナイフの柄に手を掛ける。

 すると。

「ポルタナの聖女ナビスですね?これは一体、何ですか?」

「これ、とは……?」

「この会です!礼拝式が行われると聞いていたのに……こんなの、礼拝式とは言えませんね!」

 ……いかにも気難しそうなその男性は、そう、言い放ってきたのである。




 会場がざわつく。それはそうだ。この会場には今、澪とナビスのファンしかいない。そんな中で喧嘩を吹っかけるような真似が、よくもまあできたものである。澪は内心で『めっちゃ度胸あるじゃん……えっもしかして勇者ってこういうこと?』などと思っていたのだが、目の前の男性はどうも、『勇者』らしくはない。

 神経質そうで、線は細く、身長は澪よりも低いくらいに見える。齢は40かそこらだろうか。……つまり、若々しくは見えない。

 そして、容姿端麗という訳でもないので、聖女に代わって信仰を集める係とするには、少々不適格に見えた。

「それで、あなたは誰?」

 大方、他所の教会関係者の誰かだろうな、と見当を付けつつ、澪はナビスを庇うように一歩進み出る。

 立ち上がって、すらりと高い身長を活かすように男性を見下ろしてみれば、澪の手がドラゴン牙のナイフにかかっていることが良く目立つ。この様子を見守っていた会場からはひそひそと、『ミオ様はー……』『りりしーい……』『つよーい……』と囁きが上がった。

 澪に見下ろされ、会場の囁きを聞いて、ようやく目の前の男性は、自分が大分アウェーな所に来てしまっていることに気づいたらしい。だが、引くに引けないのだろうし、ここまで来た度胸は本物であったようだ。

「わ、私はレギナ大聖堂の神官、イデモ・イード!この度はポルタナの間違った礼拝式を正しに来たのです!」

 そう言い放った男性……イデモは、間違いなく周りのファン達から『イデモ……覚えたぞ』『レギナの大聖堂か……よし』と不穏な囁きが上がっていることには気づいていないのか、気づいていて尚押し通そうとしているのか、言葉を続けた。

「こんなものは礼拝とは言えません!あなたは聖女として、恥ずかしくないのですか!」

 そして向けられた矛先を払いのけるべく、澪が反論しようと身構えたその時。


「これは、確かに礼拝です。皆の、祈りの集うところです。皆の心が1つになり、明日の、未来の希望を願うこと……それ以上の祈りなど、ありますか?」

 澪の隣に、ナビスが進み出ていた。

 静かに立って、静かに言葉を発し、静かに相手を見つめているだけなのに、圧倒的な力を滲ませている。

 ナビスは正に、『聖女』であった。


 ……会場からは、『ナビス様もー……』『りりしーい……』『つよーい……』と囁きが上がっていた。

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