前へ次へ
41/209

ポルタナ街道*10

 ポルタナ街道のことは、あっという間に噂となってメルカッタ中に広まった。

 何せ、このような街道、前例が無い。ただ魔除けを施した例なら、王都とレギナを結ぶ街道などで見ることができる。だが、このように聖女の力が伝わって光が零れる街道など、世界中どこを探しても見つからない。

 そもそも、ポルタナという『注目されてこなかった村如き』の為に整備された街道としては、異例のことなのだ。

 ごく小さな、いずれ滅びていく運命にあったはずの漁村如きの為に、これだけの設備と聖女の力が使われている。……それは人々を大いに驚かせ、同時に、『小さな村如きの為にこれだけのことができる聖女様とは、さぞかし力のある聖女様なのだろう』と人々に囁かせた。

 それから、様々な説が流布していった。

『ポルタナという村は、実はあの街道を作るほどの価値のある場所なのだ』『最近鉱山がまた稼働し始めたらしい』『これからもっと人を増やす計画なのだろう』といった囁きや、『これからポルタナが中心都市になっていく前触れでは?』『あれだけの急発展、まさに神の御業!』といった囁きなど。

 ……そう。

 ポルタナ街道が整備されたことによって、今までまるで気にされていなかったポルタナという村自体が注目を集めることになったのだ。




「うわー、ほんとに乗り心地、いいねえ」

「座面のクッションにはもう少し改良の余地があるかもしれませんね」

 さて。

 澪とナビスは、ポルタナ礼拝式の宣伝を終えてメルカッタから帰るところである。……乗合馬車に乗って。

 乗合馬車の御者は、ポルタナの住民が買って出てくれたので彼らに任せている。『ポルタナ乗合馬車』はポルタナとメルカッタの間を行ったり来たりしているが、それだけでも驚くほどの収益になっているらしい。

 何せ、徒歩で移動すると休憩や野営を挟んで2日の旅程になるところを、たった3時間で移動できるのだ。ポルタナへ向かう人だけでなく、ポルタナ方面……ポルタナの近くの森に自生する薬草や、その近辺に居る魔物を目当てに移動する人達にも、大変喜ばれている。

 また、『今話題のポルタナ乗合馬車に乗ってみたい!』という理由だけで馬車に乗る人も居るようで、余計に馬車は賑わっていた。そんな人達は、ポルタナで観光をしていってくれるので、余計にポルタナが潤う要因となっている。

「おおー……また人とすれ違った」

「この街道にも、大分人が増えましたね」

 ……そして馬車だけでなく、単なる徒歩の旅客も、増えた。

「やはり、魔除けの力が通っている街道となると、この道を選んで使って下さる方が増えるものなのですね」

 今、この街道は一日2回、夕方と朝にナビスが祈りを込めることによって、常時魔除けの光を放っている状態にある。おかげで、この道を歩いていれば魔物に襲われることが無い、と、多くの人に使われるようになったのだ。

 そして、多くの人が使えば、そこに需要が発生する。人が多くなったらポルタナで商売することを考える人も増えるのだ。そうしてポルタナは、より一層の活気を手に入れていた。

「皆様に感謝、ですね」

「ね。カルボさんにも、ブラウニーにも、ここの電柱立ててくれたおにーさん達にも……色んな人にお世話になったもんね」

 今回、この街道づくりのために雇われてくれた戦士達は、今やすっかりナビスのファンである。

 やはり、ちょくちょく差し入れに来てくれた優しい聖女のことは好きになってしまうものらしい。それに、自分で作った街道だという思いが籠るからこそ、彼らはポルタナ街道そのものを気に入ってくれたようなのだ。

「ふふ……礼拝式が楽しみです」

「ね。さーて、今回もしっかり準備していかなきゃね」

 今回は、絶対に人が増える。だからこそ、絶対に成功させたい。

 ……『失敗したくない』のではなく、『成功させたい』。そんな気持ちで、澪とナビスは笑い合うのだ。




「グッズを増やそうと思うんだ」

「そうですね。物販3回目ともなれば、熱心な方ほど飽きが来てしまいますから」

 3回目のポルタナ礼拝式に向けて澪とナビスが真っ先に考えるのは、グッズのことだ。

 今、ポルタナの塩が熱い。メルカッタでは今やすっかり人気となったポルタナの塩は、ポルタナ街道の整備に伴ってこれからより一層、流通量が増えていくだろう。既に『塩を運んで売りに行く!』とやっているポルタナの住民も居るのだ。確実に、ポルタナの塩には経済効果が有る。

 そしてそんなポルタナの塩の中でも一際特別なのが、聖水の塩で作った塩守りである。

『何か特殊な力を込めてある塩』として噂を呼んでいるこの塩守りだが、これを求める者は少なくない。魔物の住処へ突入してもある程度塩守りが守ってくれるとなれば……しかもその効果が1回きりの使いきりでもないところが、大きな話題を呼んだのである。

 よって、今回も塩関係は物販に出す。むしろ、聖水と塩と塩守りは、今後もずっと出し続けていいだろう。これはレギュラー物販にしたい。

 だが、常にそればかりという訳にはいかない。変化は必要だ。特に、これからメルカッタの信者がどんどん増えていくなら、尚更。だって彼らは、他の聖女達の礼拝式も沢山つまみ食いできる立場にある。その中でもずっとナビスを信じてもらうためには、飽きを来させないための工夫が必要だろう。

「ポルタナ名物って言ったら、鉄?」

「そうですねえ……しかし、鉄で何か細工を作るとなると、気軽に、とはいきません。また、今すぐに、ともいきませんね」

 やはり、ポルタナ礼拝式の物販についてはポルタナの特産品を生かしたい。ポルタナの特産といえば、海から採れる塩や魚、海藻や貝殻の類、そして鉱山で採れるようになった鉄だろう。

 だが、鉄の加工は時間がかかる。そして何より、外部発注になる。澪もナビスも、鉄の加工などほとんどできないのだから。

「うん。いずれ来る日を見越して早めに発注しとかなきゃいけないよねえ、カルボさんに」

「ええ、カルボ様に是非お願いしましょう」

 まあ、いずれは鉄で作ったグッズも考えていきたい。そのときはカルボに頼むことをすっかり決め込んでいる澪とナビスであった。


「手ぬぐいは柄を新しくして、ポルタナ街道開通記念手ぬぐいを作ってもいいかなあ、って思うんだ」

「成程……新しいものを作ることで、すでに手ぬぐいを買っていらっしゃる方にも訴求するわけですね!」

 次に考えるのは手ぬぐいである。

 こちらは量産にコストが然程かからず、かつ購入者も生活で使うので無駄にならない、という観点で用意したグッズだが、新しい柄を出してみてもいい。

 新しい柄の手ぬぐいを作るにあたって、コストは小さな木版を作る最初のひと手間だけだ。それくらいなら澪とナビスが頑張って半日で終わる。そして、購入するにしても、手ぬぐいは3本4本あっても困らないものだ。消耗品でもあるので、定期的に購入してくれる人が居るかもしれない。

 ……そして何より、『全ての柄をコンプリートするぞ!』と意気込む人が居たなら、その人達は今後出す全ての手ぬぐいを購入してくれるだろう。この世界でどのくらいコレクターがいるものか、澪にはよく分かっていないが。


「じゃあ、手ぬぐいは新しいのを頑張って用意するとして……後は、何だろ。水晶とかも採掘されてるけど、あれ、グッズにできるかなあ」

「紐を掛けて根付にする程度のことはできますが、それくらいですね……。実用品ではありませんから、どの程度需要があるものか……」

「塩守りには勝てないかー……」

「うーん、聖水に漬け込んで魔除けの力を与えることもできるのですが……ならば余計に塩守りで良いのでは、と思ってしまいますね……」

 ポルタナ鉱山で採掘される水晶は非常に透明度が高く美しいのだが、言ってしまえばそこまでである。塩も透明で美しい上、塩はそれそのものが魔除けの力を帯びているのだ。安価には売れないことも鑑みると、塩に水晶が勝てる部分が、ほぼ無い。

「塩が優秀すぎるんだよなあー……魔除けとしても使えるし食べても美味しいし、人体には必要なものだし……」

 考えてみると、つくづく塩は強い。塩は強いのだ。それ故に、他にグッズを出しても塩に勝てる未来が見えない!

「いっそ、ブラウニーに倣ってブドウパンとかくるみパンとか出す?」

「ふふ、それもいいかもしれませんが、聖餐がありますから……」

「あ、そうだった……くそ、そう考えると食品なのにその場でもしゃもしゃ食べることにならない塩、ホントに強いなあ!」

 改めて塩の強さを思い知った澪であったが、同時に、もう1つ考えが浮かんでいた。

「……ブラウニーってことで思い出したんだけどさ」

 ブラウニーは色々なものを欲しがっていたが、こんなのもあった。

「ドラゴンの素材って、どう?」

 ドラゴンも、今やポルタナの名産品である。


「成程、ドラゴンの素材をメルカッタで売るのではなく、加工までポルタナ内で行って売るのですね……!」

「そうそう。そうすればポルタナ内での雇用が増えるし、ポルタナにお金を落とせるようになるわけだしさ。悪くないでしょ?」

 澪が考えたのは、言ってみればポルタナをより活性化させる産業の開発である。

 今、ドラゴンの素材を加工できる人はそう多くない。テスタ老が牙や爪、骨などを加工できるくらいで、革細工師はポルタナに居ないのが現状である。

 ナビス曰く、ドラゴン革は非常に優れた性質であるが故に高価であるらしいので、それをポルタナ内で生産販売できるようになれば、グッズのことを抜きにしても相当、ポルタナの役に立つはずなのだ。

「まあ、テスタおじいちゃんを過労死させるわけにはいかないから、あんまり数は用意できないけどね……」

「そうですね……彼にはポルタナの貝殻細工をお願いしていますし……」

 今、テスタ老にはポルタナの海で拾えた貝殻を加工してもらって、小さなストラップにしてもらっている。実用品ではないが、原料はポルタナの海から採れる産物でコストが低く、かつ加工賃をテスタ老に支払うことができるという点で、これは導入したかったのだ。そしてそれ故に、テスタ老は多忙である。これ以上、ドラゴンの爪だ牙だと加工を頼むわけにはいかない。

「加工に技術が然程必要ない物といえば……鱗、ですね」

 だが、そんな中でもドラゴン素材は親切なのだ。なんと、加工しやすい鱗がある。

「ドラゴンの鱗は、戦士の力を向上させる効果があります。お守りとしても人気ですし、穴を開けて紐を通すだけで良いので、加工も簡単です」

「おおー!いいじゃんそれ!えっ、どうしてそれ、そんなに出回ってないの!?」

「ミオ様。お忘れかもしれませんが、ドラゴン殺しは英雄譚の華、と言われるほどの所業ですよ?」

「あっ、成程……」

 くすくす笑うナビス相手に、澪は『そりゃそうだよね。万人がホイホイ狩れるようなものだったら、あんな高値で素材が売れるわけないよね』と納得する。同時に、聖女と勇者というものが如何に常人離れした存在かも、じんわりと思い知るのだった。




 ……そうして、グッズがまた今回も出揃うこととなった。

 聖水と塩、そして塩守りは前回同様。手ぬぐいは、いつものナビスのマークと一緒にポルタナ街道を象徴する魔除けの紐……言ってしまえば電線の図柄を染めてある。

 それから、ドラゴンの鱗に穴を開け、紐を通したものも売る。『竜守り』は戦士達憧れのドラゴン素材を使うことで彼らの需要を満たそうという試みでもあり、同時に、『ポルタナの聖女と勇者はドラゴンを易々と狩れる実力の持ち主である』というアピールでもある。

 そして聖餐には、定番の魚のスープやパンの他、ドラゴン肉のから揚げを出す予定である。事前に切って下味をつけておいた肉を、澪とナビスとおばちゃんズで揚げていくのだ。そのための大鍋と油は、メルカッタで買ってきた。

「よし……準備バッチリ!」

「宣伝が届いていれば良いのですが……」

 そして何より、宣伝もバッチリである。澪とナビスはメルカッタへ行く度に『ポルタナ街道開通記念礼拝式』の宣伝をしてきたし、そもそも、澪とナビスが頑張って出歩かずとも、ポルタナ街道を使う者達は多い。彼らの耳には既に、礼拝式の情報が届いているはずだ。

 ナビスは心配そうにしているが、澪はそんなナビスに笑いかける。

「へへへ……楽しみだね、ナビス!」

 心配そうな相手に、『楽しみだね!』と声を掛ける。ある種、無神経なふるまいなのかもしれないが……ナビスには、丁度良かったようだ。

「楽しみ……そう、ですね……私、心配で、不安で……でも、楽しみでも、あるんです」

 ナビスは自分で自分の気持ちに気づいたように、そう言って、ほやり、と笑う。

「……ええ。楽しみ、です!楽しみですね、ミオ様!」

「うん!折角だからさ!もう、思いっきり楽しんでいこうね!」

 楽しみだ。観客を楽しませることができるのが。会場の一体感が。そして集まった信仰がポルタナを潤し……そしてもうじき、鉱山地下2階が解放されることになる。

 その時のポルタナは……間違いなく、また大きく羽ばたくことになるだろう。

 それが楽しみなのだ。澪もナビスも、希望に瞳を輝かせて礼拝式の準備を進めていくのだった。

前へ次へ目次