前へ次へ
39/209

ポルタナ街道*8

 ポルタナへ戻った澪とナビスは、早速ブラウニーの欲しいものリストを解読し始める。

 何せ、文字は書いていない。全て、絵だ。

「……なんかかわいーんだけど」

「ブラウニーはこのような絵を描くのですねえ。ああ、一度会ってみたい……」

 ブラウニーが描く絵は、なんとなくちんまりとして可愛らしい。どんぐりを煮出して作ったらしい茶色のインクで描いてあって、色の説明が必要なのであろうものについては花の色水か何かで着色してあった。

「えーと、これはパンだよね?」

「そのようです。……干しブドウ入りのパンが気に入ったのかしら」

「そういうのが入ってる風のパンの絵だよねえ、これ」

 まず、真ん中に描かれているのはブドウパンだ。メルカッタで『ブドウ入ってたら嬉しいよねえ』『私もそう思います!』と2人で会話しながらブラウニーの為に選んだパンであったが、どうやらそれを気に入ってくれたらしい。リピート注文である。

「えーと、それからこれは……ミルク、かなあ」

「だと思います。牛から採るやつ、と注釈らしいものがありますね」

 次に描かれているのは、牛乳だ。牛の絵が注釈のように描かれた、白い液体が入った瓶の絵。どうやらブラウニー達は牛乳を飲みたいらしい。

「ブドウパンと牛乳の組み合わせって、いいよねえ……」

「その組み合わせで食べているブラウニーを想像すると、なんだか可愛らしくて……うふふ」

 澪とナビスはブラウニーの食生活を思ってにこにこしつつ、欲しいものリストを読み進めていく。


「ここらへんから分かんなくなってくるんだよね。えーと、これ、何?ドラゴンの鱗、ってことでいいのかな……?」

「そう、ですね……注釈はドラゴンのようですし、描かれている物は花びらにも見えますが、恐らく、鱗かと」

 次に描かれていたのは、恐らく、ドラゴンの鱗だ。……これについては、まあ、どのみちカルボに支払う代金の為にまたドラゴンを狩る必要がありそうなので、それのついでに採取してブラウニーにお供えすればよいだろう。

「それからこれは……えーと、赤い石?わざわざ着色してあるね」

「ううん……赤い宝石、ということでしょうか」

 次に描かれているのは、赤い宝石、のようである。茶色のインクで線を描いた後、赤い花の色水で着色してあるのだ。

「宝石かあ……鉱山地下1階で拾ったの、まだ余ってたっけ?」

「いえ、大半売ってしまいましたから……うーん、鉱山の地下2階では宝石が産出することがある、と聞いていますが……」

「採掘が先かあ。となると、鉱山地下2階をさっさと攻略しなきゃだねえ」

 物事を進めるにあたって、筋道が見えてきた。とりあえず、ドラゴンタイヤの量産をお願いする前に鉱山地下2階を解放した方がよさそうである。

 となると……今あるドラゴンタイヤをカルボ製の馬車に取り付けて、ポルタナ街道の乗合馬車が開通してからブラウニーの欲しいものリストを完遂していくことになるだろうか。

「で、これはどんぐり……でいいのかなあ」

「どんぐりですが、黄色、もしくは金色をしているようですね」

 続いて、こちらもわざわざ着彩された絵だ。どんぐりに見えるが、どんぐりではなさそうである。

 何か、こういった不思議などんぐりが存在しているのだろうか。はたまた、黄金細工のどんぐりなのだろうか……。

「それで、これが一番わかんないんだけど……えーと、これ、なんだろ」

「婚礼の衣装、のようにも見えますが……大きさはクヌギのどんぐり5つ分、といったところでしょうか……?」

 そして最後に描かれているのは、白いドレスのようなものである。『ウエディングドレスっぽいなあ』と思った澪であったが、ナビスから見てもウエディングドレスであるらしい。

「……これ、ブラウニーが着る用なのかなあ」

「かもしれません。ということは、近々ブラウニーの結婚式があるのかもしれませんね」

「えええー、考えるだけでもう可愛いんだけど……」

 小さな妖精が小さな服を着て結婚式を挙げる様子を想像すると、何とも可愛い。澪とナビスは『可愛いよねえ』『可愛いですねえ』とにこにこ笑い合う。

 いつか、ブラウニーの結婚式にお呼ばれしたらいいなあ、などと思う澪なのだった。


「えーと、じゃあ、ブラウニーの欲しいものリストは、ブドウパンとミルク、ドラゴンの鱗、赤い宝石、金色どんぐり、そしてちっちゃなウエディングドレス!……こういうことかな?」

「ええ。そういうことかと」

 ひとまず、ブラウニーの欲しいものリストは解読できた。未だに金色のどんぐりはいったい何なのか、といった細かな部分は分かっていないが、まあ、それは後々考えることにする。

「ブラウニー達のお願いを叶えるためにも、まずは鉱山地下2階の攻略が必要そうですね」

「うん。私もそう思う」

 そう。まずは、鉱山地下2階。

 ブラウニーのお願いを叶えるためにも、鉱山地下2階を攻略していく必要がありそうなのである。




 翌日。

 澪とナビスはポルタナ街道の整備状況を見に、ポルタナ街道へ向かった。

 電柱めいた柱は次々に立てられており、そこへ魔除けの紐が掛けられていく。こちらはそう遠くなく完成するだろう。澪とナビスは立ち並ぶ柱を見てなんとも明るい気持ちになった。

 作業員達に差し入れしてから、澪とナビスはまたポルタナへ戻る。

 そして話し合うことは……『鉱山地下2階をどうやって攻略するか』ということだ。


「とりあえず、カルボさんに支払う馬車の代金と、ブラウニー用のドラゴンの鱗、あとタイヤの材料として今後も使いそうなドラゴンの腸を採取するためにも、1匹2匹は仕留めないといけないよね」

「ええ。そして最終的には、赤い宝石を採掘できるように、鉱山地下2階にも鉱夫の皆さんが入れるようにしなければなりませんね」

 ポルタナ街道開通のためには、まず最初にカルボへの代金の支払いが必須である。まずは最小限、その代金稼ぎのためにドラゴンを狩る必要がある。

 そしていずれはナビスの言う通り、鉱山の地下2階も採掘場として解放しなければならない。ブラウニーのお願いは聞いてあげたいのだ。

「順番としては……うーん、迷いどころですね」

「ね。でもまあ、カルボさんへの支払いを急ぐんだったら、とりあえず早急にもう一回礼拝式を開いて、信仰心を集めて、それで鉱山地下2階のドラゴンを2匹くらいやっつける……ってかんじになるかな。それで、馬車と街道が完成したところで、ポルタナ街道の開通式やって、信者集めて……」

「そうですね。ポルタナ街道が完成すれば、人の行き来は以前よりずっとずっと増えるでしょう。そうなれば、信仰心もより多く集まるはずです」

 鉱山地下2階を攻略するのならば、どうしたって今のままの信仰心の集まり方では駄目だろう。もっと大規模に人を集めて、もっとたくさんの信仰心を貰わないと。

「ということはやはり、ポルタナ街道開通後が本格的な鉱山地下2階の攻略開始となるわけですね?」

「うん。どうだろ。ちょっとブラウニー達を待たせちゃうけれど、大丈夫かな」

「妖精たちは気が長い生き物であると聞きます。途中経過はお持ちするとして、完遂はしばらく待っていただきましょう」

「そっか。なら、ちょっと多めに色々持ってってあげようか。ブドウパンだけじゃなくて、くるみパンとかさ、そういうのも気に入るかもしれないし」

 澪とナビスは『ブラウニーに何を差し入れしたら喜ばれるだろうか』と話しつつ、簡単にリストアップしていく。……いつか、ブラウニー達が姿を見せてくれたら嬉しいなあ、と澪は思った。




「さて。ブラウニーの欲しいものリストはまあいいとして……次の礼拝式で、ドラゴン2匹は倒せるだけの信仰心を集める、かあ……。いけるかな」

 やるべきことが決まったら、いよいよ目の前の課題に直面することになる。

 そう。澪とナビスは、ポルタナ街道ができる前に3回目の礼拝式を行わなければならない。

「そろそろ、飽きられそうではあるんだよね。できれば、ポルタナ街道ができてから礼拝式やりたいなー、って思ってた」

「そうですね……。そうすれば街道の目新しさも手伝って、多くの人にお越しいただけそうですから」

 なんだかんだ、目新しさは大事な要素だ。ポルタナ街道の開通は、間違いなくメルカッタで話題になるだろう。そしてその話題に乗って、『折角だから行ってみようか』と来てくれた人をファンとして取り込んでいく。……それが理想なのだ。

「街道の整備完了前にもう一回礼拝式、ってのもなー……」

「そうですね……何か、目新しいものを用意した方がよさそうです」

 澪とナビスは、考える。

 1回目は、礼拝式そのものが目新しさだった。

 2回目は、1回目の話題に便乗して何とか乗り切った。ドラゴンの肉を聖餐に出したり、ポルタナ街道の発表があったりもしたが……結局は、1回目同様、『礼拝式自体の目新しさ』で乗り切ったに過ぎない。

 せめて、ポルタナ街道が完成して活動を安定させられるまでは、常にファンを引き寄せ続ける礼拝式を行っていきたい。全ての礼拝式で最高の盛り上がりと感動を与えたい。そうすることで、熱心な信者をしっかり掴み取っていきたいのだ。

 ……そう考えた時、3回目の礼拝式は、大きな関門になる。果たして、どのようにすれば『新しい』だろうか。


「……ミオ様。いっそのこと、ポルタナでの礼拝式を執り行わない、というのは、いかがでしょうか」

 そこへ、ナビスが真剣な顔をして、言った。

「信者の皆さんは、『ポルタナでの礼拝式』に大きな期待を寄せてくださっています。だからこそ、ポルタナで礼拝式を行う時には常に、その期待を超えていかなければならない。……けれど、何も、毎回そのようにしていかなくてもよいと思うのです。皆さんが期待を寄せているのは『ポルタナでの礼拝式』ですから」

 ……澪はナビスの言葉に、深く頷く。

 この小さなポルタナ出身の聖女が皆に推される為には、世界中で話題になるくらいの最高のエンターテイメントを提供し続ける必要がある。自分達で上げたハードルを、毎回飛び越えていく必要がある。

 言ってしまえば、修羅の道だ。あまりにも過酷で……だからこそ、ずっと続けていくのはきっと難しい。

「特別なのはあくまでポルタナでの礼拝式のみとするのは、いかがでしょう。メルカッタで出張礼拝式を行うのならば、小規模でも問題なく、かつ気軽に行えるのではないでしょうか」

 ナビスの提案は、言ってしまえば、『ポルタナでの礼拝式』だけを特別なものとするということ。

 ……『ポルタナ礼拝式』のブランド化なのである。




「いいね!やろう!」

 澪が乗れば、ナビスは安堵と喜びを笑顔に乗せて頷いた。

 さあ、やるとなったら、早速対策を考えなければならない。澪は早速、考えを口に出していく。

「メルカッタで小規模な礼拝式を何度かやってれば、『あの話題のポルタナの聖女の礼拝式』ってことで話題になるだろうし、人も十分、集まるんじゃないかな。アウェーでの戦いになるから、多少、向かい風は覚悟しなきゃだけど……それ以上に、ご新規様を獲得できるメリットが大きい!」

「あうぇー……?ええと、向かい風……そう、ですね。メルカッタは多くの聖女が活動する場所ですから、礼拝にいらっしゃる方々の視線は、自然と厳しいものとなるでしょう」

 対策を考えなければならないのは、『ポルタナでやった通りには行かないだろう』という部分についてだ。

 ポルタナで礼拝式をやる分には、完璧にナビスのファンと化しているポルタナの村民や鉱夫の面々しか、礼拝式に居ない。よって、礼拝式は非常に和やかで協力的なものとなる。

 だが……メルカッタで礼拝式を行った場合、冷やかし半分、偵察目的などでやってくる者がきっと、居る。『大して興味はないけれど一応見とくか』くらいのノリの人が大勢来たら、ポルタナでやったような盛り上がりを生むのはきっと、難しい。

「ま、最初はギルドでやらせてもらおう。そうしたら皆協力してくれるからさ。それから、物販の出張販売で塩と聖水だけは売ってみていいと思う」

「手ぬぐいと塩守りは売らないのですか?」

「うん。それはあくまで、ポルタナ限定品。『ポルタナ礼拝式』は特別だっていうふうにしていこう。それであくまでも、ポルタナ街道開通後の『ポルタナ礼拝式』に観客を誘導していくための出張ライブ、ってことで!」


 ……澪は、『ポルタナでの礼拝式をしくじる訳にはいかない』と、少々プレッシャーを感じていた。だが、メルカッタで気軽な出張ライブを行う分には、そのプレッシャーは大分軽くなる。

 毎回が成功でなくてもいい。その気持ちは、澪を、そしてナビスを前向きにしてくれた。

「頑張ろうね、ナビス!」

「はい、ミオ様!」

 メルカッタでのライブで、『ポルタナ礼拝式』の集客力……そしてブランド力を、高めるのだ。

 一歩ずつ、歩いた分だけ前に進むやり方で。

前へ次へ目次