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ポルタナ街道*5

「馬車って結構揺れるじゃん?でも、私の世界には馬車の揺れを軽減する仕組みがあったんだよね」

「ええっ!?そ、そんなものが……?」

 澪は早速、紙とペンを出してきて、図解すべく頑張る。

「普通でしたら、道を石畳で舗装したり、しっかり踏み固めたり……ミオ様の仰る『いんふらせいび』が主なやり方ですが」

「うん。それもアリだと思うよ。でもせっかくなら、どんな道でもそれなりに快適に走れる馬車があったら便利じゃない?」

 ナビスが覗き込んでくるのを可愛く思いながら、澪はペンを動かして……。

「えーとね、バネを入れるんだ。そうするとバネが衝撃を吸収してくれるから、揺れが直に来なくなるってわけ!」

 紙の上に、ざっと、サスペンション付きの車の図を描き上げたのだった。……まあ、あくまでも、ざっと。

 つまり……。

「……この仕組みですと、馬車が動かないのでは」

「え?あ、マジだあ」

 ……澪のうろ覚えの知識など、そんなものなのである!




 問題は色々とある。

 何せ、澪はサスペンション付きの車の詳しい作り方など知らない。とりあえず、『バネが衝撃を緩和するように上手く設置すればよい』という程度の知識しか無いのだ。その知識さえあれば、後は少し考えることで概ね合理的な形状にできるだろうが……その後、それを形にする技術は、無い。

「バネ、というのが難しいですね。車を支えられる強度のものとなると、鋼鉄を使う必要があるでしょう。ならば鍛冶師が必要です」

「だよねえー……。うーん、できれば乗り心地のいい馬車、作りたいんだけどなあ」

 鍛冶師、というと、今のポルタナには居ないらしい。以前、鉱山が盛んに動いていた時には、鍛冶師も鉱山付近に居を構えていたらしいのだが。

「鍛冶師、どっかに落ちてないかなあ……」

「募集を掛けてみるのは手ですね。今や、ポルタナの鉱山も鉄を産出しています。鉄鉱石を精錬する炉などはまだ残っているはずですし、鍛冶師が来てくれれば、ポルタナの鉄を町に運んで売るだけでなく、ポルタナで鉄を加工してそれを売ることができますから」

 今後のポルタナの発展のことも考えると、どこかで鍛冶師は捕まえてきたい。鉱山があるのに鍛冶師が居ないのでは、あまりに勿体ないだろう。

「となると、メルカッタで募集、かけてみる?」

「そうですね……。或いは、戦士の皆さんに聞いてみてもいいかもしれません。彼らが仕事に使う剣や槍を打っている方が居るはずです。顔馴染みの鍛冶師を紹介して頂けたら、そこからの伝手でより早く鍛冶師が見つかるかもしれません!」

 ナビスの提案に、澪はすぐ賛成する。

 やっぱり、何でもかんでも自分達だけでやるのは無理がある。結局のところは、誰かの力を借りるのが手っ取り早く、そして効果的なのだ。


「後は、車輪かなあ。タイヤ、っていってさ、私の世界では、柔軟性のある素材に空気入れたやつを車輪にくっつけてたんだよね。こういうかんじに」

 鍛冶師を探すついでに、澪はもう1つ、馬車のアイデアを出しておく。

 流石に、タイヤくらいなら澪でも構造を描くことができる。チューブが中に入ったゴムタイヤがあって、それらを支えるスポークがあって……。

 ……澪が描いたのは、自転車のタイヤである。あれ、車のタイヤってどんなのだっけ、と思い出そうとしても、残念ながらそちらは『幅が広い』ぐらいしか思い出せなかった。

「空気を入れられる、柔軟性があって丈夫な素材……?ドラゴンの腸、でしょうか?それなら干して保存してありますから、試せますよ」

「あ、そういえばそっか。なら、それで作ってみてもいいかも」

 前回、ドラゴンを倒した際、ドラゴンの内臓の類は全て抜いて、メルカッタへ売りに行った。

 ドラゴンの皮や角や牙、そして比較的大きく切り出せる肉ならまだしも、内臓の類は非常に傷みやすいので、ポルタナで干してから売ることにしているのだ。腸もその中に含まれていたはずなので、ドラゴンの腸を試してみることはできるだろう。

 車輪が硬いと、振動が直に伝わってしまう。サスペンションを入れると同時に、ゴムタイヤを模倣したドラゴンタイヤの製作にも挑戦していきたい。特に、少し無理をすればドラゴン素材が沢山手に入るポルタナなのだ。この資源を活かさないのは勿体ない。

「ドラゴンの腸を加工して、車輪に付ける……となると、うーん、一体どんな人なら、それが可能でしょうか……?」

「車輪本体を鉄で作るとしたら、そっちは鍛冶師かなーって思う。で、そこにくっつけるドラゴンの腸のチューブを作る人が必要なわけで……えーと、それって何屋さん?」

「革細工師、でしょうか……?うーん、私も、一体だれを頼ればいいのか、まるで分かりません」

 馬車のサスペンションよりも、ドラゴンタイヤの方が難航しそうである。何せ、どこに駈け込めばいいのかすら分からない。

「細工物ってことで、テスタおじいちゃん、できないかな」

「テスタ老の専門は貝殻や骨や牙ですから……腸は、流石に難しいのでは」

 何でもかんでもポルタナの中で出来たらよかったのだが、流石にそうもいかない。

 こちらは当てもなく、メルカッタで募集を掛けることになりそうである。

 ……ドラゴンの腸を加工できる人など、果たして居るのだろうか。




 概ね、今後の予定を決めたところで、澪はナビスに考えを話しておく。

「ポルタナは地方都市だからさ、どうしても、『如何にして都会から人を動かして連れてくるか!』ってのが課題になっちゃうんだよね」

 こうした課題の共有は、大切だと思う。澪が何を、何のために悩んでいるのかが伝わっていた方が、ナビスのアイデアを貰いやすい。そして、課題が互いに分かっていれば、よりよい進み方をよりスムーズに決められるというものなのだ。

「人を集めるってなると、やっぱり乗り物が必要になるじゃん?」

「そうですね……どうしても、歩いてメルカッタから来るのが難しい方もいらっしゃいますから」

「うん。それに、乗り物があれば、メルカッタだけじゃなくて、もっと遠くからも人を集めることができるようになるかもしれないでしょ?ナビスが巡業するっていうのも、アリだとは思うんだ。地方公演ツアーとかやってもいいと思うし。……でも、それにしたって乗り物はあった方がいいよね」

 この世界は広い。広い世界で多くの人々を集めようとしたならば、効率的に彼らを移動させる手段が必要なのだ。

 ナビスが移動するにしても、ナビスが移動するのに効率的であった方がいいに決まっている。『乗っていて疲れない馬車』『揺れにくいのでスピードを出せる馬車』があれば、きっと、移動はもっと楽になる。

 移動が楽になっていけば世界はもっと強く密接につながるようになって……人を集めるのも、人々の所に行くのも、簡単になる。そして信仰を集めることができるだろう。

「……そうですね。やはり、乗り物の開発は必須かと」

「でしょ」

 ナビスにもこの重要性が伝わったようで、澪は安堵する。インフラ整備、というものはきっと、この世界の人々にはなじみのないものだ。だからこそ今、ポルタナからメルカッタへの道はああなのだろうから。

 だからこそ、ナビスに理解してもらえたことが、とてもうれしい。

「ならば早速、鍛冶師と革細工師……ええと、ドラゴンの腸で車輪を作れる方を探しに参りましょう!」

「うん!がんばろ!おー!」

 全く、見通しは立っていないが。鍛冶師はともかく、ドラゴンの腸を加工できる人になど、どう巡り合えばいいのか、まるで分からないが。

 だが、ひとまず動いてみることには価値があるだろう。澪とナビスは空に向かって拳を突き上げつつ、元気に声を上げるのだった。




 そうして澪とナビスは、メルカッタへ向かう。

「皆様、お疲れ様です」

 メルカッタまでの道では、既に雇った者達やポルタナの有志の者達が電柱を立てていた。既に電線のように紐が張られている箇所もあり、そこにナビスが祈りを捧げると、ぽう、と紐が光って紐から光の玉がぽやぽやふわふわ落ちてくる。順調である。

「ほんとにありがとね!はい、これ差し入れのお茶!皆で飲んで!」

「おお、ありがてえ!丁度喉が渇いてたんだ!」

 澪とナビスはそんな皆に差し入れを渡しつつ、順調に出来上がっていく電柱の列を眺めてみた。

「これは、思ってたより早く出来上がっちゃうかも……」

 どうも、雇用した戦士達は非常にやる気があるらしかったのだ。何せ、『仕事が全部終わったら終わり。だらだらやってもきびきびやっても給料は変わらない』という条件なのだから、当然と言えば当然である。

 ……だが、それ以上に、彼らはナビスの信者なのである。

「ナビス様とミオちゃんはメルカッタに用事かい?」

「うん。折角だから馬車の改良、したくてさー。それができそうな人に当たってみようかな、って思って……鍛冶師さんと、あと、ドラゴンの腸を加工できる人、探してるんだよね」

 もしかしたらここの戦士達が、何か知っているかもしれない。そんな期待を胸に、澪はそう、言ってみたのだが……。

「ど、ドラゴンの腸?そりゃあまたなんとも、難しそうなモンを……」

「ドラゴンの腸なんて、干して粉にして薬にするくらいしか使い道がねえだろ?」

「大体そうだよなあ」

「たまーに、開いて鞣して皮みたいに使ってるのは見るけどね。だが、馬車の部品にする、ってのはそれとは訳が違うだろうしなあ……」

 ……戦士達の反応は、芳しくない。どうやら、鍛冶師はともかく、ドラゴンの腸を加工できる人を探すのはとてつもなく難しそうである。


 それでも一応、鍛冶師の紹介だけはしてもらって、また澪とナビスは街道を歩いていく。

「やっぱ、馬車って結構揺れるよねえ」

「そうですね。乗っているとどうしても、体中が痛くなりますし……酔う方もいらっしゃいますね」

「ああ、うん、これは乗り物酔いしそうだわ」

 荷物を運ぶために使っている馬車は、ガタガタガタガタ、と騒がしい。これに人が乗って移動するのは、中々に大変だろう。『やっぱ改良したいけどなあ……』と澪は考えつつ、とりあえずサスペンションだけでもなんとかできるよう、メルカッタで鍛冶師探しをするモチベーションを上げていくのだった。




 そうして、夕方。澪とナビスは野営する。

「今日はこのあたりで野営してみましょう」

「うわー、綺麗!いい景色じゃん!こういうところでのキャンプ、いいよねえ!」

 今日、澪とナビスが野営するのは、街道から逸れたところにある森の中だ。

 木々に囲まれた中には小さいながら澄み渡って美しい泉があり、そして泉のほとりには花が咲き乱れている。そんな泉の傍、花の邪魔にならないであろう開けた場所に焚火を熾し、野営の準備をしていく。

「本来なら、森の中での野営は少々危険です。魔物が出る可能性が高いですから。……でも、これがありますものね」

「魔除けの紐!いいねえいいねえ、これだったら雰囲気も出るし光源にもなるし、それで魔除けにもなって最高じゃん!」

 澪とナビスが森の中で野営できるのは、魔除けの紐があるからだ。

 魔除けの紐に魔除けの祈りを込めると、それが一晩中持続する。ナビス曰く、『聖水の塩が祈りの媒介になり、更にドラゴンの膠が魔除けを上手く強化してくれているようです』とのことだった。偶然の産物ながら、塩の紐をドラゴンの膠でコーティングしたものは素晴らしい性能だったのである。

 おかげで、街道に渡していく予定のこの魔除けの紐を木々の枝に掛けて野営地をぐるりと一周させて魔除けの祈りを込めれば、それだけで一晩中、強力な魔除けの力を得ることができるのであった。


 焚火に小さな鍋を掛けてスープを煮たり、持ってきたパンを炙ったりしながら2人は夕食を摂る。

 ぱちぱちと爆ぜる薪の音にじんわりと癒されながら、澪とナビスの話は尽きることが無い。……澪の世界の話を、ナビスは楽しそうに聞くのだ。そして澪も、ナビスから聞くこの世界の話が好きだった。

 それに加えて、今回はドラゴンタイヤの話もある。澪とナビスは澪が書いたタイヤの図解を見ながら、持ってきたドラゴンの腸を伸ばして見てみたり、ああでもないこうでもないと意見を出し合ってみたり。

 ……話は弾むが、眠らないわけにはいかない。眠くなってきた頃合いで、2人は野営用の毛布にくるまって眠ることになる。

 森の中、ふかふかの腐葉土は案外寝心地がよかった。澪はナビスと並んで眠る。澪は、こうして野営する時の、どこか修学旅行の時のような感覚が好きだ。特に今日は、魔除けの紐からふわりふわりと漂う魔除けの光が何とも綺麗で、夢の中に居るような気分になってくる。

 枕元にタイヤの設計図とドラゴンの腸、それに明日の朝ごはんのパンとドライフルーツを置いておく。何かいい夢が見られたらいいなあ、と思いつつ、澪は眠りに落ちていった。




 ……そうして、翌朝。

「……あれっ……えっ?」

 目を覚ました澪は、困惑した。ナビスもまた、困惑していた。

「これは……これは一体、何が起きたのでしょうか……?」

 2人の枕元からは、ドラゴンの腸と朝食のパンが消えていた。

 そして……代わりに、タイヤが置いてあったのである。

当方が結構前に書いた『没落令嬢の悪党賛歌』が書籍化します。詳しくは活動報告をご覧ください。

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