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ポルタナ街道*4

 そうしてポルタナではまた礼拝式が開かれた。

 今回もメルカッタのギルドが大いに協力してくれたため、信者達の集まりは上々である。

 そして……礼拝式とポルタナ街道の整備は、互いに互いが良い影響を与えて上手く回っているのだ。


 最初に澪とナビスが行ったことは、レッサードラゴンの素材をメルカッタへ売りに行くことだった。当然ながら、街道の整備には時間がかかる。人員の確保は早めに済ませたかったのである。

 案の定、ギルドでレッサードラゴン4匹分の素材を売った澪とナビスは、ギルド中から大いに注目されることになった。『あのポルタナの2人組がまたやってくれたらしい!』と話題になれば、ギルドに集まる者達が次に囁くのは前回の礼拝式の様子である。

 ポルタナの礼拝式は面白い。そこで販売されている塩が美味い。お守りは効果があった。魔物と戦う戦士ならば、あれは1つ持っておくべきだ。……そんな話が次々に飛び出していく中、澪は堂々と、ナビスは少々恥じらいながらギルドの中を歩き……そして、依頼の掲示板に依頼の広告を貼ったのである。

『ポルタナ街道の整備。街道沿いに柱を立てていく仕事。一か月以内に終わる見込み。給金は1人金貨5枚。食事と住居は別途、ポルタナにて支給・貸与。』

 そんな内容の広告を出せば、戦士達は『あの噂のポルタナでの仕事か!』『街道だって!?大規模なことをやるじゃねえか!』『ごはんくれるなら行こうかな!』と騒ぎ出す。

 更には、『ポルタナで働いて、ついでにポルタナの礼拝式に参加してみようかな!』と言い出す者が出てきて、皆がそれに惹かれ始める。『いいねいいね』とその場に居た者達は頷き合い……そして、瞬く間に応募用紙は掲示板から無くなったのであった。


 そうしてポルタナ街道を整備する人員が揃い、同時に、ポルタナの礼拝式の宣伝もできた。宣伝を怠る澪ではない。先着順の応募に漏れてしまった者達が残念がるところへ、澪はすかさず『またポルタナで礼拝式やるから来てね!』と言って回ったのである。

 こうして一石二鳥の人員募集が終わり、澪とナビスはポルタナ街道の工員達と共にポルタナへ戻り……そうしてポルタナ街道の電柱設置と並行して、礼拝式が開かれることになったのだ。




「2回目だけど、1回目の話題性だけでもなんとか人を呼び込めたってかんじかな」

「ええ……前回の話題を耳にしてきてくださった方も多いようです」

 礼拝式当日。澪とナビスは教会の庭に集まった多くの人々を見て、にっこり笑い合っていた。

 ……まだ、礼拝式で新しいことをやるような算段は付いていない。だが、ひとまず今のところはまだ飽きられてはいないようだったし、前回の話題を耳にしてやってきた者も大勢居るようであった。ひとまず、成功である。無論、このままの調子で3回、4回とやっていくのは難しいのだろうが……。

「やはり、堅苦しさの無い礼拝式、というものは人々を引き付けるものなのでしょうね」

 ひとまず今のところは、ナビスの言う通りだ。

『ポルタナの礼拝式は堅苦しくない』。これだけでも、人が十分に集まる。

 ……魔物が増え、街道も安全ではなくなって、人々が不安を覚えていないわけはない。そして不安を覚えた人間達は、神に祈るのだ。

 この世界では神頼みこそ、本当の救いを齎す。祈りは聖女に力を与え、聖女が問題を解決してくれるのだから。だからこそ、人々は解決したい問題を漠然とでも感じ取ったなら、祈るのだ。

 だがやはり、堅苦しさを嫌う気持ちは、誰にでもあるらしい。

『できれば気軽に、楽しくやりたい』。そう思う者はどこにでも居て……そんな彼らにぴったりくるのが、ポルタナの新しい礼拝式なのである。

「大切なのは形式ではなく、祈りです。多くの人が心を1つにできるということに意味がある。そしてその心を受け取った私が、神の力を皆の為に使う……聖女と信者とは、そのようにあるべきなのだと、思うのです」

「そうだよねえ。そのためにも、堅苦しさなんて、無ければ無い方がいいのかも」

 ナビスの言葉に賛同しつつ、澪は思う。

 祈りの本当の目的はきっと、人々の心を1つにすること。きっとそのために、『神』は居る。

 だから、祈りが堅苦しいから高尚なわけではないし、親しみやすいから価値が低いということもないのだろう。形式にこだわって本質を見失うのは愚かしい。

「それさあ、礼拝式中に、信者の皆に伝えてみたらいいかも。皆きっと、賛同してくれるよ」

「ええ。そうしてみます!」

 澪とナビスは笑い合って、2度目の礼拝式に臨む。今回も物販の準備は万端だ。前回購入できなかった人達を優先してグッズを販売していく予定だが、前回のようにはならないよう、今回は相当に余裕を持ってグッズを準備している。

「よーし!じゃあ、物販始めてこよっか!」

「お供します!」

 ということで、澪とナビスは教会の外へ、物販ブースを設営しに行くのであった。




 ……そうして礼拝式が始まる。

 尚、今回の物販も、売り切れに近いところまで行った。相当な数を準備していたにもかかわらず、である。

 売れ残ったのは僅か、塩が3袋と手ぬぐいが12本、聖水が8本だ。手ぬぐいは前回購入者が買い控えるだろうと思って多少少な目に用意したが、塩と聖水は前回以上の数を用意して、これである。塩守りについても、前回の倍の数を用意したものがあっという間に完売してしまった。

 塩守りの評判は今やメルカッタ中に届いているらしく、戦士達は『これが噂の!』と囁き合いながら、購入した塩守りを早速身に着けていた。

 塩や聖水についても同様らしく、噂になって広まった評判が今回も人を集めてくれたらしい。これだけグッズがはけるのだから、まったく大したものである。

 ……物販の様子にすっかりほくほくした澪とナビスは、早速壇上に上がって礼拝を執り行う。

 澪がトランペットを奏でて開式の宣言とし、ナビスが歌い、皆が歌う。

 これが、澪とナビスの祈りの形だ。他の礼拝式と比べると随分と形が柔らかで、人々が楽しそうで、騒がしくて、盛り上がって……だが、確かに心が1つになる。


「本日、初めてお越しになった方はどのくらいいらっしゃいますか?」

 礼拝式の途中、いよいよ最後の曲を残すばかりとなった時、ナビスはそう、会場へ呼びかけた。すると、あちこちから手が挙がる。どうやら、今回もご新規様の動員に成功しているらしかった。

「ありがとうございます。初めてお越しいただいた方はさぞ、この礼拝式の様子に驚かれたことでしょう」

 ナビスが呼びかけると、頷く者も、『予め聞いてたから驚かなかった!』と胸を張る者もいる。そして、今日初めて来た者でなくとも、ポルタナの礼拝式の形を珍しく思っていた者は多いらしく、会場中がいっそうナビスの話に聞き入った。

「私は、祈りの本質とは人々の心を1つにすることであると、そう考えています」

 ナビスが語る。その声、その言葉は大地へしみ込む水のように、会場の人々に浸透していった。

「皆が1つのことを一緒に楽しむこと。そして、よりよい明日を願うこと。それは立派な祈りなのだと、私はそう思います」

 真摯な言葉だ、と澪は思う。

 ナビスの本心であって、偽るものが何もない。おおらかで、温かくて、皆を包み込んでくれる。そうあるように、ナビス自身が願って言葉を発している。だからナビスの言葉は快い。

「共に祈りましょう。皆の幸福な明日を、よりよい未来を……希望を、忘れないで。そして折角なら、楽しんでください。楽しむことは大きな活力を生みます。楽しさに神も祈りも関係無くとも、皆が少しずつ『明日もがんばろう』と思えたなら……それ自体に大きな意味があるのではないでしょうか」

 大切なことだ。楽しいことを楽しみ、それを日々の糧にして頑張っていくのは。

 皆がそうして生きていけたら、きっと世界はもっと良くなっていく。世界中がそうでなくたって、ごく一部でも、たった1人でもこのライブで元気になってくれたなら、それだけで、このライブには意味がある。

「では最後に、皆でポルタナの歌を歌いましょう。皆様ご自身の明日が、よりよいものであることを祈って。……私達の航路が、穏やかに幸多からんことを祈って!」


 そうして始まった最後の曲は、前回以上の盛り上がりを見せた。前回参加者はポルタナの歌を覚えていたし、今回から参加した者はリフレインする旋律を覚えた者から順に皆の歌声の中に加わっていく。

 そうしてポルタナの夜空に響き渡る皆の歌は、確かに、皆の祈りであった。

 明日も楽しく、幸せに。

 ささやかでありながら、とても大切な祈りはきっと、皆の心に共通する祈りであった。




 そうして最後の曲が終わり、皆が余韻に浸る中、閉会宣言を任されている澪は壇上の真ん中へと進んでいく。

 そして、閉会のトランペットを吹く前に……皆の気持ちをより盛り上げるための発表を、行うのだ。

「えーと、閉会の前に、1点連絡があります!特にメルカッタから来てくれてる人達、よろしく!」

 澪が呼びかけると、なんだなんだ、と皆が澪に注目する。歌の余韻を壊すようで申し訳ないような気もするのだが、これでより一層盛り上がってくれ、と祈りながら澪は笑って、言う。

「なんと!この度私達は、ポルタナとメルカッタとを繋ぐ街道の整備を始めました!整備が終わったら、夜でも明るくて魔物が寄り付かない、聖なる魔除けの道が完成するから皆、よろしくね!」


 澪の発表は、信者達を大いにざわめかせた。『確かに街道の整備の仕事の募集が来てたなあ』『あれはそういうことだったのか!』というような囁きが聞こえたり、『街道だって!?そんな大規模なことまでなさるのか!』『聖なる道って、どんな道なんだろう?』といった囁きが聞こえたり。

 澪はそれらの囁きに少々耳を傾けてから、にっこり笑って続ける。

「えーとね、塩で清めた紐をちょっと加工した奴に、ナビスの祈りを伝わらせるの。ナビスの力が強ければ強いほどちゃんと祈りが届いていって、魔除けの光を生み出してくれるはず。こんなふうにね。……はい、ナビス。これヨロシク」

 ポケットに突っ込んでおいた塩の紐の片端をナビスに渡すと、ナビスはそれを握って、祈り始めた。……すると、澪が握るもう片端の方にまで祈りの力が塩を伝わって通っていき、すぐに魔除けの光が紐から滴り始める。

 これを見た会場の人々は、皆が歓声を上げる。魔除けの光がほわほわと浮かぶ美しさは人々の心を動かし、『街道の整備』という大事業の発表は皆を大いに興奮させたのだ。

「……このように、この魔除けの紐は魔除けの術を伝達して、魔除けの光を滲ませます。この紐を街道に沿わせて張り巡らせていけば……街道は夜でも明るく、そして魔物に襲われない安全な道となります」

 ナビスがそう説明すれば、人々はすぐさまポルタナ街道を思い描く。聖なる紐が渡された長い長い道。その道が光に照らされ、安全に歩けるようになるなら……それは多くの人にとって、とてつもなく重大な変化をもたらすだろう。

「ポルタナとメルカッタの間を行き来するのが自由にできるようになったら、皆礼拝式に来やすくなるかな、って思うんだよね。それから、交易とかに使ってもらってもいいし……いずれにせよ、そうやってポルタナを盛り上げていきたいな、って考えてるんだ」

「これも、皆様の心が1つになったからこそできたことです。皆様の祈りに感謝致します」

 今、ここにきている人達はほとんどがメルカッタから来ている人達だ。ポルタナ在住の者以外は皆、ポルタナ街道ができたらその恩恵を直に受けることとなる。それだけに、人々の興奮ぶりはすさまじかった。

「まあ、こういう風に、皆の祈りと物販で買い物してもらった分はちゃーんと還元していくから!これからもポルタナとナビスをよろしく!」

「明日からもまた、良き日でありますように。楽しんで参りましょう」

「じゃ、以上をもちましてポルタナ礼拝式は閉会とします!」

 澪がトランペットを吹く中、会場中から拍手が湧き起こる。澪はトランペットを吹きながらナビスと目配せして、ウインクした。ナビスもそれにほわり、と笑って応えてくれる。

 拍手と人々の笑顔、そして希望に満たされた会場の中、澪とナビスは互いに思うのだ。

 ……今回のライブも、大成功だった、と。




 ……さて。

 翌日からはまた、ポルタナ街道の整備が始まる。

 ポルタナ街道には電信柱のようなものを街道沿いに立てていくことになるが、その柱の数は100を超える。到底、1日や2日で何とかなる数ではない。

 これらについては、雇い入れた戦士達に頼ることになる。……戦士達は案外、魔物退治以外の仕事もやっていて、土木建設に詳しい者も何人か居るのだ。餅は餅屋、ということで、澪もナビスも、柱の建設については彼らに任せてしまうことにする。

 そしてその間、澪とナビスは街道の『もう1つの要素』を改善すべく、作業を開始するのであった。


「じゃ、電柱ができるまでの間に馬車作ろう!馬車!」

「ば、馬車……ですか!?」

 街道に必要なもう1つのもの。それは、交通機関、である。

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