前へ次へ
34/209

ポルタナ街道*3

 さて。ドラゴンの膠が手に入ったので、早速、ポルタナ街道の整備が始まった。

 最初にやることは、麻紐を濃い塩水に漬けて結晶を付着させることである。ポルタナからメルカッタまでの長い道に電線として渡していくことになるものなので、長さも相当なものだ。だが、麻紐はドラゴンの膠と比べると大分安価なので、購入しても何とかなった。

 澪とナビスは製塩を行う者達の力も借りて、次々に塩の紐を作っていく。

 濃い塩水を作るのは、最近整備された製塩施設だ。澪の助言通り、束ねた枯れ枝を沢山吊るしたところにナビスが祈った海水を掛けて、風と太陽光とで蒸発させては海水の濃度を上げていく。最終的にはそれを煮詰めていくわけだが、濃縮海水の表面に塩の花が浮かんできたあたりで火を止めて、そこに麻紐を漬け込んでいく。

 そのまま一晩置けば、麻紐の回りにはきらきらした塩の結晶がたっぷり付着するようになる。そうなったら今度は、それを天日で良く乾かすのだ。

 塩の中に水気が残っていては、その後に掛ける膠も水を吸って駄目になりかねない。ここできっちり乾燥させておかなければならないのだ。

 幸い、ポルタナは晴れ続きで海水の濃縮も、塩の紐の乾燥も、順調であった。……なので、1週間もすれば、膠液を塩の紐に塗っていく作業が始まる。


「おおー、これが膠液……初めて見た」

「私も、濃い膠液をこんなに大量に煮出すのは初めてです」

 大鍋いっぱいに膠液を煮出してみると、なんとも不思議な臭いが台所に漂った。膠、というのは、皮や腱から抽出するものなので、なんとなく臭いもそんなかんじである。

 湯気と膠の臭いに満ちた台所の中、2人はせっせと働いて、液がまだ熱い内に塩の紐を鍋へくぐらせていく。

 鍋に放り込んだ塩の紐は、すぐに外に出して、干していく。できるだけまっすぐになるように、長い長い距離に渡って。

「うわー、数本分だけでも相当な見た目だ」

「不思議なものですね。これが道を繋いでいく、というわけですか……」

 青空を横切るように干された電線もどきは、なんとも不思議な見た目である。少なくとも、この世界には他にない物なのだ。ナビスは新鮮な気持ちで、そして澪はどこか懐かしいような気持ちで電線もどきを見つめる。

「……さて、じゃあ続き、頑張っていかないとね!」

「はい!」

 少しばかり休憩したら、すぐにまた、次の電線もどきを作りに台所へ戻る。どうか上手くいきますように、と祈りながら。




 ……そうして電線もどきが出来上がった。この世界からしてみると少々不思議な見た目のよく分からない紐だが、それの端に魔除けの力を注ぎ込むと紐全体に力が染み渡っていくのである。非常に便利だ。

「巻いてもこれだけあるとは」

「ううーん、すごいですね、これは……」

 電線もどき自体は、然程太い紐ではない。だが、それを巻き取った大きな木の車輪のようなものは、実に40個分となった。

「さて、ここからが大変だね。間隔をあけて柱を立てて、そこに紐を渡していかなきゃいけないんだから」

「そうですね……ううーん、どうしましょう。ある程度なら神の力で何とかなりそうですが、流石にすべての柱を神の力で立てるわけには……」

 柱の材料にできる木材は、ある。ポルタナの木を切って1年ほど放置してあるものの使用許可が村民から得られたので、それを使わせてもらう予定である。

 だが、その木材を柱に加工し、加工した柱を立てるための労働力は、流石に澪とナビス2人分では賄いきれない。

 ……そう。2人では、駄目なのだ。ならば答えは簡単である。

「そりゃもう、事業としてやっちゃえばよくない?」

 雇用を発生させ、よりポルタナの発展へと繋げていく。これが正解だろう。




「そしてこうなる、と」

「まあ……先立つものがありませんと、人を雇うことができませんので……」

 そうして澪とナビスは、鉱山の地下2階へ踏み込むことになってしまった。

 理由は簡単である。お金の為だ。

「10人の人を1か月雇うのに、金貨50枚は必要なわけでしょ?となると、レッサードラゴンを4匹くらいは仕留めていく必要が……ああああ」

「駄目そうでしたらすぐに引き返しましょうね!ね、ミオ様!」

 今回の目標は、レッサードラゴン4匹。……1匹で大苦戦したあの日のことを思い出すと、4匹、というのはあまりにも高い壁に思える。しかも、レッサードラゴンを1匹ずつ相手にするのではなく、うじゃうじゃいる中から、4匹だ。普通にやっていたら、混戦になることは間違いないのだが……。

「ま、こっちには聖なる紐がありますから?このくらい余裕ですけど?」

 だが、こちらには技術がある。

 そう。今回生み出した塩の紐である。これに魔除けの力を流してある程度場所を囲ってしまえば、上手くドラゴンを分断できるだろう、という目算だ。

「ミオ様ぁ、足が震えておいでです……」

「うわーん!流石にドラゴンうじゃうじゃの所に踏み込むのに勇敢でばかりはいられないってぇ!」

 ……だがやはり、一度苦戦した相手がうじゃうじゃ居る所に戦いに行く、というのは、なかなか堪えるものなのであった。




 泣き言ばかりも言っていられない。何かあった時の為に、今日の採掘作業は中止してもらって、多くの鉱夫達が見守る中、澪とナビスは出陣式を執り行う。

「それでは皆様、どうかお祈りください。私達の無事と勝利を!」

「戦ってくるからね!で、ドラゴンの皮とか牙とか持って帰ってくるから楽しみにしてて!」

 一周回ってやけっぱちになった澪とナビスは鉱夫達からの応援ならびに信仰を受け取って、鉱山の中へと踏み込んでいく。地下1階はさっさと通り抜け、いざ、地下2階へ。

 澪がラッパを吹き鳴らし、ナビスが塩の紐を振り回しつつ突入した地下2階は、即座に魔除けの光に満たされていく。

 そして、魔除けが済んだら、先手必勝。

「ミオ様!お願いします!」

「よっしゃー!貰ったーっ!」

 ナビスが振り回した紐に絡めとられたレッサードラゴンに向かって、澪が突進していく。ナビスから貰った神の力が澪にとてつもない力を与えてくれるので、澪はただ何も疑わず、ナビスを信じて突進していくだけだ。

 ……そうしてドラゴン牙のナイフは、易々と、レッサードラゴンの腹部に潜り込んでいったのである。


「あれっ、意外と手応え、無い!」

 するり、とドラゴンの皮と肉とを切り裂いたナイフに驚いている間にも、刺されたドラゴンが暴れ始める。

「ミオ様!退避を!」

「あ、うん!」

 暴れ始めたドラゴンにやられる前に、澪はさっさと退避する。幸い、ナビスが振り回した塩の紐によってドラゴンの動きは大分抑制されているようだ。魔除けの塩が直接触れていると、どうも魔物は力を発揮できなくなるらしい。

「よーし、まずはこれで、1匹!」

 ……恐らく弱弱しいのであろう一暴れを見せつけて、レッサードラゴンは1匹、地に倒れることとなった。


 それから、レッサードラゴンの2匹目と3匹目を仕留めにかかる。

 澪は1匹目で幾分慣れたので、今度こそ本当に躊躇いなく、ナイフでドラゴンを刺しに行く。

 ……ナビスがくれる神の力の効果は、絶大であった。一度地面を蹴っただけで、凄まじい速度で凄まじい距離を進める。そして、ナイフを繰り出せばその刃は易々と、レッサードラゴンを刺し貫いてくれるのだ。

 なので、澪は2匹目、3匹目、と立て続けにレッサードラゴンを2匹仕留めた。あくまでも1対1にできるように立ちまわりつつ動き、2匹目が参戦する前に1匹目を仕留めてしまえば、レッサードラゴンがうじゃうじゃ居る洞窟の中でも、それなりになんとか戦える。

「よーし!じゃあ4匹目、行っちゃうよー!」

 澪は肩で息をつきながら、奥の方に見えた4匹目目掛けて突進していく。

「ミオ様ー!これで信仰心が底をつきます!」

「分かった!これで決める!」

 丁度、神の力も打ち止めらしい。澪は絶対に外してはならない一撃を携えて突進し、レッサードラゴンの爪が繰り出されたのを身を低くして避け、尚も突進していきその勢いのまま、レッサードラゴンの腹部にナイフを突き立てたのだった。


「……意外と何とかなったね」

「え、ええ……」

 ……そうして4匹のレッサードラゴンを倒すことに成功した。

 だが、問題はここからである。

「頑張ってこれ運ばないと、他のドラゴンに追いつかれてやられちゃうね!」

「え、ええ。まずは魔除けの術を張り直しましょう。多少は持つはずですから」

 澪とナビスの体躯より遥かに大きいレッサードラゴンの死体を持ち帰り、それを捌いて素材に分けねばならない。これは、大変な作業である。

「流石に、ドラゴンうじゃうじゃの地下2階に鉱夫の人達連れてくるわけにはいかないもんね」

「最低でも、階段のすぐ下までは運ばなければ。……うう、比較的入り口近くで倒していただけたのは幸いでした」

 ということで、澪とナビスは必死になってレッサードラゴンの死体を運ぶ。広げた麻袋の上に転がして乗せて、それを引きずったり押したりして運び……そして階段下まで運べたら、後は鉱夫達に手伝ってもらう。報酬はドラゴン肉の焼き肉パーティー、となれば、鉱夫達も勇んで働いてくれた。

 わっせ、わっせ、とドラゴンの死体が運ばれて行くのを見送って、澪とナビスはそのまま、鉱山地下2階の様子を見渡す。

「……4匹倒しても、まだまだ居そうだねえ」

「ええ……まさかここまで多いとは」

 もう魔除けが切れかかっているらしく、魔除けの術を施したすぐ向こうから、レッサードラゴン達がこちらの様子を窺っている。仲間が殺されて気が立っているらしい。

「流石にこれ、続きは無理だね」

「ええ……信仰心は全て使い切ってしまいましたので」

「……本格的な攻略は、ポルタナ街道の整備後にしましょう」

「賛成……」

 この状態のレッサードラゴンと更に連戦を続けるのは流石に無理だ。澪とナビスはさっさと鉱山地下2階から出ることにしたのだった。

「うう、また信仰心を集めなければ……」

「うん、私も多分これ、明日は筋肉痛だわ……」

 今回、澪は神の力をはっきりと自覚しながら使った。ナビスから貰った神の力は、驚くほどの身体能力を澪に齎したのである。本当ならば、神の力で強化された状態で動く練習もしてみたいのだが、練習に使える信仰心など碌に無いのでぶっつけ本番は今後も仕方ないだろう。

「えーと、レッサードラゴンのお肉でパーティーしよう。そうすれば多分、信仰心はある程度、貰える」

「そうですね……。しかし、前回あれだけの規模の礼拝式を開いて大量の信仰を頂いたというのに、地下2階を攻略するには到底足りないなんて……」

「まあ、先がちょっと遠そうだっていうことは分かっちゃったね……」

 2人は疲れ果てつつ、鉱山を出て、早速レッサードラゴンの解体を始めていた鉱夫達に合流していく。

 道のりは長そうだが、それでも一歩ずつ進むのだ。

前へ次へ目次