ポルタナ街道*2
澪はざっと図に描いて説明する。街道沿いに、魔除けの塩を吊るしていくのだ。すると、街灯のような具合になる。
塩を吊るすだけなので明かりにはならないが、魔除けにはなる。魔物を恐れずに済むのなら、多くの人の助けになるだろう。
「塩を吊るす……のですか?埋めたり撒いたりするのではなく?」
「うん。埋めちゃうと流石に、街道沿いが塩害になっちゃうでしょ?その点、防水性のある入れ物に入れた塩を吊るしておく形なら、塩害にはならないんじゃないかな、と思って」
街道沿いが全部塩害、となったら、流石にまずい。塩害は長く抜けないと聞く。ポルタナ街道をそんな状態にするわけにはいかないのである。
「成程……しかし、塩の塊を吊るす、ということになりますと、塩の塊が見えることになりますよね?となると、その……」
だが、澪の案に、ナビスは少々躊躇いがちに、反論した。
「……盗難に遭うのでは」
「……あー、やっぱり?」
そして澪もこれには、頷くばかりである。
そう。下手に塩の塊などを吊るしておいたら、盗難の憂き目に遭うことは間違いないのだ。
「……えーと、塩の塊が見えないように、柱の中に隠しちゃう、っていうのは」
「聖女が祈りを捧げた柱、というだけで盗まれる可能性があるかと……」
「うわ、マジか。えーと、だとすると、逆に、盗難されてもいいやって思えるやつにするしかないか。塩の塊じゃなくて、粉の塩を容器に入れて吊るしておく、とか……あ、盗まれたらそれが盗品だって分かるようにしておけると最高なんだけど。街道用の塩には着色しておくとか、粉にして砂とかと混ぜちゃっておくとか……」
盗難について、澪も色々と考えた。
確かに地中に埋めてしまえば、そうそう盗まれることはないだろう。だが、塩が塩であるが故に塩害の原因となりかねない。如何に気密性の高い容器を造ろうとしても、流石に地中に埋めれば劣化も激しくなるだろう。地面に塩分が溶け出していくことは間違いない。
ならばいっそ盗まれることを覚悟の上で運用するか、となると……盗難防止が中々難しい。
塩に着色するのは難しいだろうが、粉にした塩に砂を混ぜておく、というのは悪くない策のように思える。そうすれば少なくとも、その塩は食用としては使えない。砂を取り除くために一度水で塩を溶かして再精製することは可能だろうが、そうすれば間違いなく質が落ちる。
だがそれでも、魔除けとしての価値は残ってしまう。それはそうだ。魔除けの為に塩を吊るそう、としているのだから。となると盗難のリスクはどうしてもあることになり……。
「……でしたら、塩の量をとても少なくするというのはいかがでしょうか」
悩む澪に、ナビスがそっと、声を掛けてくる。
「聖水から作った塩ももしかしたら、聖銀と似たような性質を兼ね備えているかもしれません。ならば、もしかしたら……」
「……ん?」
澪が首を傾げていると、ナビスはくすくすと笑って、倉庫から例のものを取り出してきた。
「こんな具合に」
……ナビスの手にあるのは、塩守りの候補として作っていた、あの麻紐である。
「街灯、と最初に伺った時、光が灯る様子を想像したんです」
ナビスは実験の準備を進めながら、うきうきとした様子で話す。
「それから、魔除けを施した洞窟の中を、魔除けの光がふわふわと浮かんで照らす様子を思い出しました。街道がああなったらきっと美しく、便利なことだろう、とも」
ナビスが準備しているものは、澪には電線のように見える。実験用なので然程大きな装置ではないが、礼拝堂の柱から柱まで、先ほどの麻紐を渡していけばなんとなくそれらしくなってきた。
「塩自体が魔除けの力を持つのは嬉しいことです。しかし、塩の力だけで魔除けを行おうとするのではなく……あくまでも、塩は補助として活用すればよいのではないかと。そうすれば、費用も安く抑えられますし、設備だけを盗んでも無駄だと多くの人に理解してもらえます」
電線のように張られた麻紐の端に立って、ナビスはその紐の端をそっと握る。……そして。
「こんなふうに」
ナビスが祈りを捧げ始めると……ふわり、と紐自体が光り始めた。
それは、澪とナビスが定期的に洞窟に施している魔除けの光とおなじものだ。
紐に染み渡っていった魔除けの光は、やがてじわりと紐から滲み、ぽたり、と雫が垂れるように宙へ落ち、そして、ふわりふわりと光の玉となって宙を漂うようになる。
「……わーお」
「これなら、魔除けの力が塩によって増幅され、伝達されていますが、それだけです。塩の紐自体を盗んだとしても、魔除けとしては然程強く機能しないでしょう。ならば、盗む意味もほとんどありません。街灯としての効果もあります。夜闇に紛れて盗みを働く者は多かれど、光の下で盗み働ける者はそうは多くないはずです」
澪はしばらく、ほやほやと光の玉を生み出す電線を見つめていた。どこか澪の世界の風景を思わせる姿でありながら、決定的にファンタジーな光景。
成程。完璧な街灯である。
道を照らし、人々の心をも照らすであろう『街灯』……ないしは『電線』を見つめて、澪は、『ああ、やっぱりこの世界って綺麗だよなあ』と思う。
この世界には綺麗なものがいっぱいだ。ままならないことも不便なことも沢山あるが、それらを忘れてしまえるくらいに美しい物でいっぱいなのだ。
ポルタナの青く澄み渡る海も、どこまでも広々とした空も。風にそよぐ草原も、洞窟を照らす光も……そして今、生まれようとしている街灯も。
「すっごく、いいと思う!」
澪は美しいこの世界に感謝しつつ、まずはナビスに飛びつくのだった。
「さて。となると、後は技術的な問題がちょこっと……えーと、防水、どうしよ。流石に野ざらし雨ざらしだとまずいよね?」
先が見えてきた会議は、明るい。残る問題はあと1つ。それも、力業で如何様にもできるであろうもの……『防水』である。
「塩が雨に溶けちゃったら電線の下が塩害待ったなしだし、そもそもの電線も機能しなくなっちゃうし……」
「でんせん、というのですか?」
「あ、うん。私の世界でもね、こういう風に線を渡して、そこに電気……えーと、雷を人間が制御した奴、みたいなのが流れてて、生活にそれを使ってたんだけど……」
「す、すごい世界ですね、ミオ様の世界は……」
『でんせん』の説明をしているとナビスの反応が新鮮だ。澪からしてみれば、この世界こそ『すごい世界』なのだが。まあ、隣の芝は青いし、見慣れないものは何時だって新鮮なのだ。
「まあ、その電線、っていう奴はね?銅の線を被膜で覆ってたんだ。雷が漏れたり流れ出ちゃったりしないように、雷が通らない素材で銅線を覆ってたの。だからこの塩の線も、水を通さない素材で覆っちゃえればいいのかなー、って思うんだけど……」
そういう素材はあるだろうか。ゴムだのビニールだのがある世界ではないだろうが、この世界の住人であるナビスには何か思いつくかもしれない。澪は期待を込めてナビスを見つめると……。
「はい。ドラゴンの膠を用いればよいかと」
「おおー!やっぱりそういうの、あるんだ!」
あっさりと、解決案が出てくるのである。これぞ、世界同士の共存関係。知識と知識のコラボレーションである。澪はなんだか嬉しくなってくる。互いが持っているものを組み合わせて素晴らしいものを創れたなら、それはとても嬉しいことなのだ。
「にかわ……っていうと、えーと、骨とか皮とか煮出して作る奴?」
「その通りです。ドラゴンの膠はとても頑丈です。乾けば刃を弾くほどに硬くなります。あれを塗布すれば、耐水性を得られましょう!」
膠、というと、澪の知識にも一応は、ある。『なんか、ゼラチンのめっちゃ硬いの』ぐらいの認識だが。
だがそれだけでも知識があれば十分だ。熱い膠液を塩の線に塗布してやれば、電線のようなものができるだろう、と澪にも想像がつく。
……そう。想像は、つくのだ。
「そっか、ドラゴンの……」
「ええ、ドラゴンの……」
……2人は顔を見合わせて、何とも言えない顔をすることになった。
「……地下2階、行く?」
「どうにかレッサードラゴン1頭を、先に仕留めなければならないようですね……」
レッサードラゴンを倒すための力を得るために街道を整備しようとしたら、レッサードラゴンを倒す必要が出てきた。
ままならないものなのである!
「レッサードラゴンを1匹だけおびき出す、っていうのも結構難しいよねえ……」
「そう、ですね……うーん、どうにか分断する方法があれば……」
2人は唸りながら、聖水を作るべく海へ向かった。
考えが行き詰まったら、とりあえず手を動かすのがいい。教会から海までの道を散歩していくようなものだから、そこでもアイデアが出るかもしれない。
そして聖水づくりは、とりあえず必要だ。とりあえず聖水を作っておけば、武器にもなるしグッズにもなるし、街道の整備にもどうせ使うことだし……。
「……何唸ってんだよ」
「あっシベちん」
と、2人で唸りながら歩いていたところ、シベッドと行き会った。肩は魚がたくさん入った網を担いでいるところを見ると、丁度、海の漁から戻ってきたところらしい。
「いやー、なんかさー、ポルタナとメルカッタを結ぶ街道を整備しようとしてたら、レッサードラゴン倒す必要が出てきちゃってぇ……それで、どーやって、レッサードラゴンがウヨウヨしてる鉱山地下2階から1匹だけドラゴン連れてきて倒すか、考えてるんだけど、いい案が出なくってぇ……」
ということで、早速澪は、話し始める。こういう時にはだれかれ構わず話してみるに限る。全く関係ないだろうと思われた人に相談してみた結果、突然解決策がもたらされることだってあるのだから。
「は、はあ?なんだって、んなこと……」
「ドラゴンの膠が必要なのです。しかし、そのためにはドラゴンを倒さねばなりませんから……」
案の定、シベッドは困惑していたが、ナビスが続けて説明すると、顰め面で首を傾げて……そして、言った。
「……ドラゴンの膠っくらい、買ってくりゃいいだろうが。そのくらいの金なら、村の金掻き集めればなんとかなるだろ。それじゃ駄目なのかよ」
「……えっ」
「あっ」
澪とナビスは顔を見合わせて、それから……気の抜けた笑みを浮かべた。
「買うって選択肢をすっかり忘れてた……」
「そうですね……自給自足の生活が続いていましたから、すっかり……」
……この通り、関係ないような人でも、相談してみると案外簡単に解決策が見つかってしまうものなのである。
翌日から澪とナビスはメルカッタへ行き、ドラゴンの膠を購入してきた。
ドラゴンの膠は、分量が必要だったこともあるが、金貨10枚ほどの出費となった。戦士達の一般的な月収2か月分である。だが、物販で稼いでいた分でなんとかなったため、ポルタナへの負担は最小限に留められた。
「よく考えたらこれ、戦士の月収2か月分もの私財を投じて街道を整備する聖女様、ってことになるのかー……」
「物販の売り上げは私財ということにしてよいのでしょうか……?寄付金のような扱いでしたら、公共への還元はむしろ当然のことですが……」
「いや、その物販の経費は鉱山の魔物狩りとかメルカッタの焦げ付き依頼とかで稼いだお金だったわけだし、そう考えると、これは私財!私財を擲って街道整備する聖女ナビス!心の清らかさ世界一!」
宣伝文句は多いに越したことは無い。ナビスの聖女っぷりを証明するものが増えるのなら、遠慮せずガンガン増やしていくべきだ。なんだかんだ、声と主張の大きいものが目立ち、目立った者しか信仰を集められないのだろうから。
……だが。
「心が清いから、というよりは……その、なんだか楽しくなってきてしまって……」
もにょもにょ、とナビスがそう言うものだから……ポルタナへの帰り道、日の当たる草原の道に、『ナビスの可愛さ!文句なしの!世界一!』と澪の叫び声が響き渡ることになったのである。