ポルタナ街道*1
ポルタナでの礼拝式は大成功に終わった。
ナビスが得た信仰心は今までのいつよりも多く、今回、いかに多くの人が参加し、そして多くの信仰を捧げてくれたかがよく分かる。
メルカッタの戦士達は最早、澪とナビスを妹のように可愛がってくれており、また、澪とナビスを可愛がることを『娯楽』として楽しむようになっているらしかった。……アイドルに貢ぐことを楽しむファンの心境なのかもしれない。
また、礼拝式の後もポルタナは賑わっていた。
というのも、ポルタナで雇用されて安定した稼ぎを得たいと考える戦士達がそれなりに多かったのである。
彼らは鉱夫として雇われることにした他にも、最近拡大を始めた塩田でも雇用が増加したため、そこで働くことにした者もいる。元々、メルカッタの戦士業は少々供給過多だったらしいので、彼らの中には『いっそ永住しようかな!』と言う者もいるほどである。
ポルタナの美しい海と豊かな山、そして温かな人々と麗しの聖女……ささやかな暮らしを送るには、ポルタナは最高の場所なのだ。それこそ、刺激的な娯楽を求める時にだけメルカッタの町へ出ればいい。案外、ポルタナへの永住は悪くない選択なのである。
……更に、特にポルタナで雇用されようとしているわけでも、住みつこうとしているわけでもない者達も、しばらくポルタナに滞在することがあった。
『折角来たんだし、観光がてらちょっと2泊くらいしてから帰る』とのことである。その間、ポルタナにはお金が落ちることになるので村人達もこれを喜んで受け入れた。
その分、諸々が忙しくなったり食料が足りなくなったりしたが、それはシベッド率いる漁師隊が繰り返し漁に出たり、ナビスが畑に神の力を使ったりしてなんとか事足らせた。
さて、そうして1週間ほどすれば、ポルタナの様子は大分落ち着いた。少なくとも、てんやわんやの状態ではなくなり、ここでようやく、澪とナビスは礼拝式の振り返りを行うことができるようになったのである。
「いやー……すごかったね、礼拝式」
「ええ。驚きました。皆様があれほどまでに来てくださるなんて!」
澪とナビスは教会の小さな台所、小さなテーブルを挟んで、久しぶりにゆっくりと夕食を摂りつつ、話す。
時間は置いたが、2人の中で礼拝式後の興奮は未だ冷めやらない。特に、ナビスにとってはこのような礼拝式……言ってしまえばライブは初めて見るものであった。そう。人生初ライブが主催側であったこともあり、異世界でのライブを知る澪よりも、その衝撃は大分大きかったらしい。
「ポルタナでの物珍しい礼拝式、ということで参加してくださった方が多いのでしょうから、2回目以降もこのようになる訳ではないでしょうが……ポルタナの為にも、今後とも礼拝式は大規模に開催していくべきなのかもしれませんね」
「そうだねー、これだけ経済効果があるわけだから」
礼拝式の大きな目的は信仰集めだ。信仰が集まればナビスと澪の力になり、それが鉱山の魔物を祓う力になる。
だが……それと同じくらい、礼拝式による経済効果が、大きい。
人が集まり、宿泊や飲食でお金を落としていく。お土産に、と魚の干物や貝殻細工を買っていく。ついでに、『ここで働く!』と鉱山や塩田に人が増えていく。
……とんでもない効果である。村興しとしては、大成功もいいところなのではないだろうか。澪もこれには驚いている。まさかこうなるとは……。
「今後も礼拝式の強化は必要でしょうね」
そんな折、芋と魚のスープをスプーンでかき混ぜながら、ナビスがそう、言った。
「2回目、3回目はより大きな期待が寄せられるでしょう。1回目と同じようにやっていては、飽きられてしまう」
「そうだね。結構厳しいようなことだけど、これって人気商売だし、話題になってこその商売だから……常に手を変え品を変え、ってかんじで、当分は行くことになると思う」
澪が思っていたことをナビスも思っていたようなので、澪としてはなんとなく嬉しい。
澪自身も、今回のような大成功をいつまでも収め続けられるとは思っていない。今は、真新しいから飛びつかれているだけ。ポルタナの塩や塩守りの物珍しさも手伝って、これだけの人が集まってくれたと考えていいだろう。
時が経つにつれ、礼拝式は『安定』していくだろうが、『安定』は『低迷』と紙一重なのだ。
……だが。
「でも、ある程度アイドル文化が根付いたら、そこまで頑張らなくてもよくなると思うんだよね」
「……というと?」
「これはこういう娯楽だ、って皆が分かった上で参加してくれるようになったら、皆が求めるものは目新しさとか新しい刺激とかじゃなくて、ライブの一体感とか興奮とか、そういうものになる。そこまでこの世界の文化が変わっていけば、そこから先は安定した礼拝式ができるようになると思うよ」
澪はそちらの期待もしている。
安定して、本当に文化として、今回の礼拝式のような礼拝式が根付いたら……それは、低迷ではない、本当の意味での安定になる。より高く発展していけるような、そんな安定に。
「……できるでしょうか、そのようなこと」
「まあ、私達だけの力じゃ無理だろうけどさ。でも、早速レギナの聖女様が何かやってくれるんじゃないかって私は期待してるし」
「レギナの?」
「うん。来てたよ。金髪に空色の瞳の、ちょっとツンツンした可愛い子」
ナビスは聖女マルガリートの視察に気づいていなかったようなので、澪から説明する。『こういうかんじの子で、こういうこと言ってたよ』というように。
「ああ……マルガリート様ですね?成程、あの方が……」
するとどうやら、ナビスもマルガリートのことは知っていたようで、納得したように頷いていた。
「聖女達の中では抜きん出てよい成績を収めておいでのお方です。大都市レギナには聖女が数名いるようですが、その中でも一二を争う信者を抱えてらっしゃるはずですね。そんな彼女だからこそ、今回、噂をいち早く聞きつけて視察にいらっしゃったのでしょう」
「あー、やっぱ実力派なんだ、あの子」
つんけんしていたのは、プライドの高さ故。そしてプライドの高さは実力と努力に裏付けられたもの……なのかもしれない。
「まあ、今回視察に来てたみたいだからさ。あの子がライブ文化をもっと広めてくれるかも?ってちょっと思ってるよ」
「な、成程……レギナでしたら、確かに娯楽を求める人は多いはず。ポルタナの寛容さが無くとも、新しい形の礼拝式は受け入れやすい土壌でしょう」
「そう考えると、ポルタナで今の礼拝式が受け入れられたのは偏にナビスの人気のおかげだねー……」
大都市の方が、新しいものに敏感で、新しいものに好意的だ。その理屈は澪にも何となく、分かる。
それ故に、この小さなポルタナで今の形の礼拝式が受け入れられたのは……村の皆がナビスを愛しているからなのだろう。言ってしまえば、ナビス人気でごり押しした形である。恐るべし、ナビス人気。
「……できればレギナの信者もこっちで獲得しちゃいたいけどねー」
ついでに澪は、少々欲深いことも考えてみる。
信者は必ずしも、1人の聖女しか信仰できないわけではない。その理屈は分かる。だが、それでもファンの財力には限りがある。……そう考えると、奪えるものは奪ってしまいたい、のだが。
「さ、流石にそれは……聖女同士の争いになりますので」
「それ言い始めると、レギナのマルちゃんはこっちに喧嘩吹っかけてるようなモンじゃない?」
先に始めたのはマルガリートである。澪もナビスも彼女の行為を好意的にとらえているが、聖水配布の真似などは、他の聖女同士でやっていたら大喧嘩に発展しかねないものなのではないだろうか。
レギナには聖女が複数いるということだったが、ということは彼女もまた、レギナで他の聖女とパイの奪い合いをしているはずなのである。
「ま、マルちゃん……!?」
……が、ナビスは全く別の所に衝撃を受けたらしい。
「……あの、ミオ様」
やがて、ナビスは、しゅんとした顔で澪を見つめてきた。
「シベッドのことをシベちんとお呼びになったり、マルガリート様をマルちゃんとお呼びになったりするのは、何故でしょうか……?あ、あの、あの、その割に、私のことは、ナビス、とだけお呼びになるので……」
「……えっ、あ、そっか、確かに。え、なんでだろ……」
まさか、そこを気にされるとは。
澪はびっくりしつつ、考えてみる。
「なんでだろーな。ナビスはナビスだな。シベちんは……あー、うん、分かった。ちょっと怖かったからシベちんって呼んだ。マルちゃんもそうかな。敵対しようとしてるの見えたから、マルちゃんってことに」
「えっ!?逆では!?」
考えながら喋るので、今一つまとまっていないような気もするが、澪は引き続き、ナビスへの説明と弁明を兼ねて話し続ける。
「多分これが私の処世術なんだなー。こう、こっちに対して敵対してくる相手にほど、懐っこい態度を取っちゃう、っていうのが……そうすれば相手は敵対してくるのが馬鹿らしくなるわけだし……あー、うん、ちょっと性格悪い処世術なのは、自覚してるんだけどね」
懐っこくされて尚、こちらを嫌悪し続けるのは難しい。相手の懐に無理矢理潜り込んで、『こういう奴だ』と思われてしまうというのは、それなりにやりやすい。最初に飛び込む勇気さえあれば。
……そしてそれでも尚、相手がこちらを拒絶するのであれば、『こちらは友好的に接したのに向こうはそれでも敵対してきた』という罪を相手に着せることができる。相手が敵対してきたらしてきたで、多少周囲をこちらの有利につけることができる。澪がこれを意図して使うことはほぼ無いが、一応、そういう側面もある技だと、理解してはいる。それ故に、『性格悪い処世術』と。
「な、成程……つまり、私は敵対していなかったから、『ナビス』なのですね?」
「そ、そういうことかもしれない……」
まあひとまず、そういうことなのだろう。
小細工が必要ない相手には、小細工など使わない。だから、ナビスはナビス、なのだ。ナビちんでもナビちゃんでもなく。
「その、少し安心してしまいました」
澪が説明すると、ナビスはほっとした顔でにこにこと微笑んだ。……その様子を見て、澪はなんとも言えないむずむずした嬉しさを味わう。
「えー、何々?ナビスったら、ちょっぴりやきもち焼いちゃった?」
「へっ!?」
揶揄うつもりで聞いてみたところ、ナビスは案の定びっくりして……それから。
「はい……そのようです」
もじもじ、と。赤くなりながら、消えそうな声でそう言ったのだった。
「可愛い!ナビスは可愛い!可愛い!」
「きゃー!」
かわいい!かわいい!と澪がナビスを称えるにつれ、ナビスが光り輝いていく。それにまたナビスが照れるものだから、可愛いの永久機関の完成である。
……澪はナビスを称えつつ、少々安心してもいた。
友情とは、片方が感じていてももう片方が感じている保証など全く無いものである。そんな場面を数多く見て来た澪であり、その上で、人との接し方を特に変えてこなかった澪なのだが……少なくとも、ナビスに関しては、互いに友情を感じているのだと、信じられるようである。
ありがたいことだなあ、と思いつつ、澪はナビスを光り輝かせ続けるのだった。
「さーて……私達の次の目標は大きく分けて2つだと思う」
ひとしきりナビスが光り、澪もナビスも笑い疲れた後。食後の茶を飲みつつ、2人は早速、次に向けて話し合う。
「1つは、ポルタナ自体の強化。鉱山地下2階の攻略かな。で、もう1つは礼拝式の強化。……ナビスもさっき言ってた通り、このまま同じことを続けてたんじゃ、飽きられちゃうからね」
「ええ。となると、より早急に対処が必要なのは後者……礼拝式の強化、でしょうか」
澪とナビスは頷き合って、今後の大まかな方針を固める。
まずは、礼拝式の強化。このままの調子で安定して信仰を得られるように注力したい。信仰心が無ければ、レッサードラゴンの群れに突っ込んでいくのは無茶なのだから。
「そのためには……いくつか案が考えられるな。まず、メルカッタ以外の町にも粉掛けてみる、っていうのはアリかな。メルカッタの町でもうちょい粘ってもいいけど、どうしよ」
ここはナビスの意見を聞いておきたい。澪はなんだかんだ、異世界の知識こそあれども、この世界の事情はよく分かっていないのだから。
「それでしたら、メルカッタでもう少し粘った方が良いかと。……メルカッタはあちこちの聖女が助けている町ですから、私達が介入しても特に問題は無いでしょう。しかし、他の聖女が居る町や他の聖女の影響が大きい町へ手を伸ばすとなると、本格的に信者争いになりかねません」
「成程ねー、そうなるのか。ならやっぱり地盤を固めていった方がよさそうだね」
やはり、ナビスに事情を聞いてみて良かった。澪は頷きつつ、この世界の聖女事情をまた1つ、インプットする。即ち『聖女は縄張り争いが結構苛烈』と……。
「もしメルカッタの人をさらに動員するには、インフラ整備が必要だと思うんだよね」
「いんふら……道の整備のことでしたね」
「うん、それそれ」
さて。もし、メルカッタでもう少し粘るのなら、メルカッタとポルタナの間をより強固に結んでいく必要がある。即ち、インフラ整備だ。
「今、気楽に町と町を移動できるのって、戦士達くらいじゃない?或いは、そういう護衛の人を簡単に雇えるくらい裕福な人?」
「そうですね。或いは、戦士と仲のよい人、というくらいでしょうか。……魔物が増えて以来、町と町との間を気軽に行き来できなくなりましたから」
「あ、これ最近のことなの?」
また1つ新たにこの世界の事情を知って、澪はもう少しばかり、そのあたりを詳しく聞く。
「ええ。まあ、最近とはいえ、もう1年以上にはなりますが……鉱山の地下2階が魔物に埋め尽くされたあたりで、地上の魔物も増えたと聞いています。元々、ポルタナとメルカッタの行き来は護衛付きの行商の方かシベッドが担当していましたので、魔物が出ても大きな問題にはなっていませんが……」
「魔物が増えたのって、このあたりだけ?それとも、大体どこも一緒?」
「恐らく、どこも概ね同様かと。以前でしたら、街道に魔物が出るようなことはほとんどありませんでしたから」
成程。どうやらこのインフラ整備、成功すれば他に大きくアドバンテージを取ることができそうである。
「街道の整備ができれば、もっと大勢の人がポルタナに来てくれると思うんだよね。護衛を雇えないし戦えない人だって来られるようになるし、護衛を雇っていた行商人は護衛を雇う分のお金が浮くから、ポルタナとの交易をより盛んにやってくれるかもしれないし」
澪は早速、インフラ整備の重要性を説く。ナビスもある程度は分かっているだろうが、こうして話すことによって澪の考えをまとめることにもなるので、とりあえず口に出してみるのは重要なのだ。
「そして何より、街道沿いに宿屋ができて、その宿が採算採れるくらいに人が通るようになったら、最高じゃない?」
「ええ、最高です!私達も行き来しやすくなりますよね。ポルタナの皆も、メルカッタへ気軽に出かけられるようになります。今まででしたら、シベッドか私が護衛に付く必要がありましたから……皆遠慮して、出かけなかったのです」
「わーお。じゃあ、街道を整備して、皆が気兼ねなくお出かけできるようにしてあげたいね」
どうやら、街道の整備はポルタナの人達の幸福度を上げることにも繋がりそうである。澪はにま、と笑って……前から考えていたことを1つ、提案してみるのだ。
「じゃあ……街道沿いに魔除けの塩を吊るしとくの、どーかな。こう、街灯みたいに」