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地方巡業*3

 ざわめくギルドの中で、ナビスも声の主に気づいた。

「どうなさったのですか?」

「落ち着いて話してみ?ほら、とりあえず水、飲んで」

 澪は水筒の水をカップに移して、ほら、と渡してやる。すると戦士らしい男性は、カップを受け取って、水を飲んで……そうして少し、落ち着いたらしい。

 その頃には、ギルド中の人々が彼に注目していた。ざわざわとざわめく室内の雰囲気は、これが非常事態であることを澪にも教えてくれる。

「さあ、どうかお話しください」

 ナビスがそっと促すと、男性は焦燥に満ちた表情で話し始めた。

「俺の……俺の仲間達が、ここから北西にある洞窟に閉じ込められてます。落石があって、俺だけ入り口側の方に居たので、助かって……助けを呼びに来ました」

 男性が話すと、周囲の戦士達が『北西の洞窟だと!?』『ゴーストが出る場所だろう!?』とざわめきを強める。どうやら、『北西の洞窟』とやらは、危険な場所らしい。

「お前、なんでそんな場所に行っちまったんだ?」

「薬草目当てだろ。無茶なことを……」

 周囲の戦士達の言葉に、駈け込んで来た男性は項垂れてしまった。

「ええ……薬草目当てで潜ることにしたんです。いい依頼もねえから、稼ぐために、しょうがなく。でもゴーストが居る洞窟だって知ってたから、長居するつもりはありませんでした。でも、そこで落石が……」

 頭を抱える男性を囲んで、周りの者達も悲痛な表情を浮かべている。

「仲間達は、火を持って入りましたが……それだって長くは持たない。火が消えちまったら、ゴーストが襲い掛かってくる!」

「そりゃそうだ……あいつらは光が無けりゃ、容赦なく襲ってくる。強い奴らの中には、光を消す力を持ってるものも居るって話だろ?なら、もう……」

 戦士達が囁き合う声を聞きながら、澪はそっとナビスをつついて、ひそひそと尋ねる。

「ねえナビス。ゴーストって、どういうの?」

「ああ、ミオ様はゴーストをご存じないのですね。ええと……魂や精神を刈り取ってしまう、実体のない恐ろしい魔物です。聖水や、聖銀の武器でなら攻撃が通じます。しかし、ただの鉄や石などでは退治できないのです。そうでなくとも、壁をすり抜けて移動したり、姿を晦ましたりするので厄介な魔物ですね」

 成程、ナビスの説明を聞く限り、『幽霊』といった具合であるらしい。『死神とかそういうかんじなのかなー』と澪は頭の中でなんとなく、鎌を持った幽霊の姿を想像して……そして、にや、と笑う。

「つまり、私達の出番ってことね?」

「ええ。そういうことかと」

 ナビスも緊張気味ながらそう言って笑って応えてくれる。澪はそれにまた笑みを返して……ただ1つ、懸念されることを頭の中で整理していく。

「……ねえ、ナビス」

「はい、何でしょう」

 すぐにでも助けを求める男性の元へ向かっていきそうなナビスを引き留めて、澪は提案するのだ。

「ここに居る動ける人は全員、動かそう」




「お願いです!どうか助けてください!このままじゃ、俺の仲間達が死んでしまう!」

 助けを求める声にも、応じる者は居ない。

 戦士達は囁き合う者も、じっと黙る者も居る。だが一様に、皆が『もう駄目だ』と思っているのだろう。

 ……だが。

「ギルドの皆!ちゅうもーく!」

 そこへ澪が声を上げる。明るく、高らかに。号令をかけるような気持ちで発声すれば、ギルドの面々は『なんだなんだ』と言わんばかりに澪へ注目した。

 だが、澪が注目させたいのは澪ではなく、ナビスなのだ。

「こちらにおわすのは、聖女ナビス!既にレッサードラゴンやゴブリンロードを倒した実績もある、優秀なポルタナの聖女様だよ!」

 ナビスの肩に腕を回しつつ皆にナビスを見せびらかすようにすれば、戦士達は『おお!』というように少しばかり、希望を表情に覗かせる。

「癒しや浄化が得意だから、ゴーストと戦っても、絶対に勝てる!」

「それなら……!」

「もしかしたら、まだ助かるかもしれねえな!」

 戦士達は口々に、『よかったな』『丁度良く聖女様がいらっしゃるなんて!』と喜ぶ。一番喜んでいるのは助けを求めて飛び込んできた本人なのだろうが、それら全てを澪はしっかり見回して……一か八かの賭けに出る。

「そう。聖女ナビスが居れば、絶対に、ゴーストには勝てる。……けれど、洞窟の落石を動かすには人手が必要だし、その奥に居る人達を助け出すにも、私達2人じゃ手が足りない」

 澪の言葉に、戦士達は拍子抜けしたような顔をする。だがここで退くわけにはいかないのだ。

「だからお願い!皆、一緒に付いてきて!」

 澪は、自分の言葉がどのように受け止められるか心底不安に思いつつも、どうか、と室内の面々を見回すのだった。




 澪の提案について、ナビスは少々、反対していた。

『神の力を持たない戦士達をゴーストの居る洞窟へ連れていくのはあまりにも危険です』と。

 また……『勇者と聖女だけでは問題を解決できないとなれば、信用を失うかもしれません』とも。

 だが、澪はそれでもここに居る皆の協力を仰ぐべきだと考えた。

 前者については、澪が最前線を進めばある程度は回避できるだろうと考えた。魔除けについてはナビスだけでなく澪も得意分野だ。どうせ依頼を請けて魔物退治をすることになるだろうと思っていたので、聖銀のラッパはしっかり持ってきている。ラッパを吹き鳴らせば、洞窟の中のゴーストをある程度は退治することができるだろう。

 一方、後者については、澪も迷った。

 ナビスについては、いい。聖女というものは元々、魔物退治については勇者の力を借りる者なのだから。だから、誰かを頼るのは、聖女としては、いい。

 イメージも崩れないだろう。儚げで清らかな美少女が人を頼るのは、イメージ通りだ。皆の中で、皆と手を取り合って進んでいくのが聖女のイメージなのだから。

 だが、勇者はそうではない。

 勇者は、聖女に頼られる存在だ。その勇者である澪が居るのに、戦士達に助力を求める、というのは……イメージダウンに繋がりかねない。

 ここで澪が戦士達の力を借りてしまえば、『勇者としては頼りない』という印象を与えてしまうことになる。それは『勇者』としての澪のイメージを損なうものであるだろうし、下手をすれば信仰の妨げにもなりかねない。

 ……だが、人命が掛かっている。

 印象は後でなんとかなったとしても、人命は、そうはいかないのだ。

 それに、ナビスの印象は澪が盾になれば悪化を防げる。『全ては頼りない勇者が悪い』と言わせておけば、最悪の場合でもナビスへの信仰の妨げは、最小に留められるだろう。

 だからここで、戦士達を動かさなければならない。

 落石を退かしてもらい、その奥へ澪とナビスを進ませるために、彼らの力が必要なのだ。

 勇者らしくなくとも。頼りないと思われても。それでも……澪は、ここで蛮勇を振るうほどには愚かしくなれない。


 それに、これは『賭け』である。

 ベットするものは、『勇者』である澪の信用。だが、その見返りはきっと、人命だけではない。

 上手くいったなら……賭けた信用以上の信用、ないしは信仰を、得ることができる。


「大丈夫。どうか信じて。ナビスは絶対に成功する。それに……」

 澪は戦士達へ、明るく笑いかける。

 自信に満ちた、自らの強さを疑わない……『勇者』のように。

「それに、この私……勇者ミオが皆を導くから!」

 これは、澪が『勇者』になるための、試練なのかもしれない。


「さ、行こう!怖いものが待ってるかもしれないけど、それ以上に、助かる命があるなら皆だって助けたいでしょ?それに、ここで退いてちゃ戦士の名が泣くってもんじゃない?」

 澪が戦士達を煽ると、戦士達の内の数人が、『まあ、聖女様と勇者様が居るなら……』『岩を動かすだけなら、なんとかなるだろ』『あの聖女様かわいい!ついてく!』と、動き始める。

「ねえ、皆、お願い!できるだけ、人手は欲しいの!多ければ多いほどいい!いざ現地に着いて、人が足りなかったせいで助かるものが助からなかった、なんてことにならないように!」

 更に澪が呼びかければ、『皆が行くんなら……』『まあ、後ろの方で待っていればいいか……』『暇だし……』と、のろのろとした動きで更に戦士達が動く。

 ……そうして気づけば、澪の号令の下、ギルド内やギルドの隣の食堂から『なんだなんだ』と駆けつけてきた戦士達……実に、40名ほどの戦士達が、集まることとなったのである。


「ミオ様……!こんなにも、協力者が!ああ、神よ……そしてここに集まって下さった勇敢な皆様に、心より感謝いたします!」

 ナビスが感極まって瞳を潤ませる。その美しさと言ったら芸術品のようで、これは戦士達の士気を大いに盛り上げた。彼らの心に『この美しい聖女様に助力するために危険に挑むのだ』という誇りのようなものが生まれたのである。

「ありがたいことだね。……さあ、皆、行こう!勇敢な者達!勇者と聖女に続けー!」

 澪は号令をかけ、前を向いて歩き出す。


 ……失敗は許されない。

 自分で上げたハードルは、上手く飛び越えなくてはならない。

 だが、上げに上げたハードルを美しく飛び越えることができたなら……その時の見返りは、大きいはずだ。

「ねえ、ナビス。やっぱり私、勇者、向いてるかも」

 澪の隣を歩くナビスにそう言ってみたところ、ナビスはきょとん、として、それから、輝くような笑顔で頷いてくれた。

「はい!私もそのように思います!」




 そうして澪達は、メルカッタの町から然程離れていない場所までやってきた。

 この辺りは少々山のようになっており、岩が多い。ごろごろと岩が転がっている他、薄い土のすぐ下は岩石のようだった。

 ナビス曰く、『ポルタナの鉱山が見つかる少し前に、このあたりでも鉄が採れたらしいです。今は見ての通りすっかり荒れ地ですが』と説明してくれた。確かに、ところどころ人の手が入っていたような形跡を見ることができた。

「ここです!この奥に、俺の仲間達が……!」

 助けを求めてきた男性が案内してくれた先に、穴がある。洞窟と聞いていたが、その入り口は縦穴に近い。急な下り坂を下りていった先に、地下空間が広がっているようだ。

 そして、縦穴の奥では落石らしい岩がごろごろと、行く手を阻んでいるようだ。

「よーし、じゃ、いこっか」

 澪は聖銀のラッパを取り出し、聖水を振りかけて、にやりと笑う。戦士達は何事かと首を傾げながら澪の様子を見ていたが……澪はそれらの視線を全て跳ね返すように、息を吸い込み……ラッパへと注ぎ込んだ。

 ぱーっ、と派手に音が響く。それは、岩の隙間から洞窟の奥の方まで届いて、洞窟の中の魔を祓っていくのだ。

 ほわり、と地面から浮かんだ金色の光が辺りを照らす。岩の隙間からも光が漏れてくるところを見ると、魔除けは成功しているらしい。

 この様子を見ていた戦士達は、おお、とどよめく。それらのどよめきをさらに盛り上げるのは、ナビスの魔除けだ。

 ナビスは洞窟の入り口近辺にしっかりとした魔除けを施していった。香を焚き、聖水を撒いて、祈りの歌を歌い上げる。その歌の美しさにまたしても戦士達は息を呑み、そして、辺りに漂う金色の光の玉を見て驚嘆する。……そして彼らは、信仰する。ナビスと澪が確かに聖女と勇者であることを、実感するのだ。

「さあ、皆様!どうかお力をお貸しください!」

「まずはこの岩、退けちゃって!中に居る人達を助けてあげよう!」

 奇跡のような魔除けを目の当たりにした戦士達は、金色の光に鼓舞されるようにして雄叫びを上げ、落石を退けるべく皆が力を合わせ始めるのだった。


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