地方巡業*2
「やっぱり、信仰の対象って、『すごい人』なわけよ」
ミオがそう言うのを聞いて、ナビスは首を傾げる。
「すごくかわいい、すごく綺麗。あとは、すごく強い、とか。すごく賢い、とか。そういう人が居たら、『あの人はすごい!』って特別に思うじゃん?」
「特別に……」
ナビスはミオの言葉に納得してしまった。確かに、ナビスはミオのことを『すごい人』だと思っているし、特別な人だとも思っている。だから……言ってしまえば、ナビスはミオを信仰している、ということになるのかもしれない。
「うーん、或いは、特別だから、すごい人だって思うのかも。そこは卵が先か鶏が先か、ってかんじ?」
「フェニックスの灰が先か成鳥が先か、といったところですね?」
「えっこの世界フェニックスとかまでいんの!?やば……」
ミオの言葉を聞きながら、『つまりミオ様の世界にはフェニックスは居ないのですね』とナビスはまた1つ、ミオの世界のことを知る。ミオの言葉の端々からは、ナビスの知らない世界の様子が垣間見えた。ナビスはそれが、少々楽しい。
「まあ、とにかく……手っ取り早く信者を集めて信仰してもらうんだったら、『可愛くて強くて最高な人』であるところを見せつけるのが手っ取り早いと思うんだ」
ミオはそう、楽し気に話す。新しいことを始める時、ミオは楽しそうなのだ。だからナビスもそれにつられて、わくわくしてきてしまう。未知への不安は、何故か、無い。……ミオにぐいぐいと引っ張っていかれる時に、不安など感じていられないのだ。
「衣装はその最たるところだよね。『見た目』っていうのは、数秒で判断が終わっちゃうものだから……そこはバッチリ決めていかなきゃいけない。印象の方向にも影響するし」
「ええ……ミオ様が王子様のような恰好をしてらっしゃるかどうか、といったところですね?」
「そうそう。私が……まあ、似合わないけどさ。似合わないけど、ナビスみたいなカッコしてたら、こう……イメージ違くない?あ、えーと、印象が変わっちゃう、っていうか」
恐らくミオの世界の言葉だったのであろう『いめーじ』なる単語を言い換えて、ミオはそう説明してくれた。ナビスは『きっとお似合いですけれど、印象は変わりますね』と頷く。同時に、『いめーじ、というのは、印象のこと』と覚えた。
「けれどやっぱり、見た目だけだとどーしても、ブレが大きい」
「ブレ……ですか?見た目が見る人によって変わってしまう、と?」
「うん。まあ、人によっても好みとかは違うから、そこはまず確実にブレる。けどそれ以上に……光の当たり具合とか、風の加減とかで変わっちゃうもの、あるじゃん。めっちゃ運動して汗かいた直後で髪とか乱れてる時だと、また見え方変わるしさ……」
「あ、ああ、なるほど……」
ナビスは少し想像してから、『でも、ミオ様なら思い切り運動なさった後でも、きっとお綺麗ですね』と思う。きっとミオなら、運動していても楽しそうなのだろうし、目が合えば満面の笑みで応えてくれるだろうから。
「それに、見た目って所詮は見た目だから。『あっ、この人いいな』って思うきっかけにはなっても、好きで居続けてくれる根拠には中々ならない」
「大切なのはやはり中身、ということですね?」
「その通り!……で、『中身』を分かりやすく示すために簡単なのが、多分、依頼の達成かなー、って。『強さ』を示せるいい機会じゃん?依頼をサラッとこなせる聖女様が居たら、そりゃ当然、信仰の対象になるじゃん?」
ナビスは、レッサードラゴンと戦ったあの時の、ミオの姿を思い出す。……確かにあれは、信仰の対象だった。
「しかし、私達が依頼を請けてしまうと、メルカッタの戦士の方々が困りませんか?」
「だから……まあ、皆が絶対に請けないようなのを選んで取りにいこ。前回の様子見てると、多分1個くらいあるっしょ、なんかこう、皆が引き受けないから焦げ付いてる、みたいな依頼が……」
「ああ……成程」
確かにそれは、ありそうだ。
メルカッタはメルカッタ独自の聖女を持たない。そんなものが無くとも、市場としてある程度の発展を遂げてきたメルカッタの町は、十分に大都市レギナや王都カステルミアの聖女に助けてもらえるのだ。その他にも、それなりに近い位置に、いくつか町がある。それらの町にも聖女が居たり居なかったりするので、まあ、メルカッタは聖女無しでも特に困らないのだ。
……そう。ある種、メルカッタは『色々な町の聖女が方々から手を出してくる町』とも言える。であるからして、より名声になるような……巨大ドラゴンの討伐であったり、ワイトキングの浄化であったり、という任務は、競い合うように、凄まじい速さで解決される。
だがその一方、ミオの言うような『焦げ付いた依頼』も存在している。
……要は、華やかな名声にならないような程度でしかなく、それでいて、褒賞が少なかったり、面倒なばかりの依頼については誰も解決せず、焦げ付いている場合が多いのだ。
概ね、メルカッタの聖女事情とギルドの関係を説明すると、ミオは『ふむふむ』と納得し……そして、拳を天へと突き上げつつ、元気に宣言した。
「……ということで!ナビスの当面の目標は、『メルカッタのギルドのアイドルになる!』ってことでいこう!」
ポルタナを興すには信仰心が要る。信仰心を得るには村の人口を増やすのが早い。しかし、村の人口を増やすにはポルタナが村興しされていないといけない。
この三すくみを解決するならば、地道に『村人ではない信者』を増やしていくしかないことになる。
幸い、ミオが来てくれたこともあり、ポルタナは既に活気づき始めている。ナビスがずっと村に居なければならないような緊迫した状況でもない。よって、メルカッタで信仰心を使って信仰心を集めるようなことをする余裕も、ある程度は生じているのだ。
「で、折角なら女の子の信者も欲しいよね」
「つまり、ミオ様の出番というわけですね!」
……メルカッタで信者集めするなら、当然、勇者であるミオの出番、ということになる。
焦げ付いた依頼を颯爽とこなす女勇者、ともなれば、当然、戦士達からは一目置かれるであろうし、ギルドの女性職員からすぐ人気になることが見えている。
ただ、唯一問題があるとすれば……。
「うー……女の子の立場から考える『女の子の理想の王子様』って考えるの結構はずいんだけどぉ……」
「ミオ様は素敵ですから大丈夫ですよ!」
ミオが恥ずかしがることである。
……ナビスには少し不思議に思えるのだが、どうも、ミオは自分の美しさを過小評価しているようなのだ。
少年のように短く切り揃えられた髪は艶やかでさらりとしていかにも涼し気で、睫毛の長い目元も、のびやかな長い手足も、すらりとした身長も……すべてが風変りで美しいのに、ミオはそうは思っていないらしい。
「……いや、もう開き直ろう。開き直って、私が恥ずかしいんじゃなくて、私が周りの女の子達を恥ずかしがらせるんだってことにしよう。そうだ、相手をときめかせれば多分恥ずかしくない」
だが、ぶつぶつぶつ、とミオは何やら言っていたかと思うと……にや、と笑って、ナビスの方へ近づいてくる。
「よーし、そういうことでまずはナビスを恥ずかしがらせるぞー」
「へ?」
ミオの短い髪が耳や首のあたりでさらりと揺れる。そして、悪戯っぽく輝く目が笑みの形に細められて……その目に見とれている間に、気づけばナビスは、ミオによって壁際へ追い詰められていた。
「ねえ、私の可愛い聖女様?もっとかわいい顔、見せてくれる?」
ミオの長身によって作られた影がナビスを覆い隠す。ミオの長い指がそっとナビスの顎に触れ、そして、ミオの目が、じっと、ナビスだけを見つめている。
……ナビスは、自分の顔が熱くなっていくのを感じた。何か言葉を、と思うのだが、熱に浮かされたように何も考えられない。
「なーんて……」
そして、ナビスが見つめる先で、ナビスを見つめていたミオは、そろり、と視線を外して……徐々に顔を赤くしていく。
「あああああああああ!恥ずかしいよー!これ、すっごく恥ずかしいよぉー!」
ミオは叫び声を上げると、頭を抱えて蹲ってしまった。先ほどナビスに衝撃を与えた姿から一転したこの姿を見て、ナビスはますます、訳が分からなくなる。
「す、すごい……すごいです、ミオ様。すごく、すごかった」
「な、ナビスの語彙が溶けちゃってる……!」
ナビスは雷に打たれたような感覚のまま、丸まるミオの背中をゆさゆさとやりつつ話す。
「女性が勇者である、というのは……その、凄まじい効果を生みそうです」
「と、いうと……?」
「女性の勇者であれば、近づかれても警戒心や嫌悪は生じない女性が多いでしょう。でも、いざ近寄られて見つめられてしまうと……その、とっても素敵なんです」
これは、非常に先進的である。
今まできっと、歴代全ての聖女と勇者が考えなかったことであろうが……女性の信者を得るために女性の勇者を生み出すことが、これほどまでに高い効果を持つとは!
「え、えーと……まあ、効果あった、ってことかなー?」
「はい。とても……」
ナビス自身も戸惑いつつ、おろおろとミオを見つめていると、ミオは蹲った姿勢のまま、ちら、とナビスを見上げて……。
「……うーん、ナビスはかわいい」
ひょい、と立ち上がって、そのままナビスをぎゅっとやり始めた。
ミオにきゅうきゅうと抱きしめられつつ、それが厭ではないナビスは、『やはり不思議なお方……』と、ミオへの信仰を強めてしまうのだった。
*
さて。翌日、澪とナビスはまたメルカッタに向けて旅立った。
鉱夫達の世話は他の村人達に任せて、ひとまず、ミオとナビスの今回の目的は、メルカッタで焦げ付いている依頼をこなして評価を上げ、メルカッタの信仰を得ることである。
「いずれ、この道もインフラ整備したいねえ」
澪がそう言うと、ナビスは『いんふらせいび……?』と首を傾げつつ、概ね、『道の整備のこと』として理解してくれた。
やはり、いずれはメルカッタとポルタナの行き来を活発にしていきたい。道が整備され、乗り物が行き交うようになれば、より人通りは増え、そしてポルタナに集まる人や物やお金は増えていくだろう。
「なんかこう、自転車とか開発できないかな……折角、鉄があるわけだし……うーん、道の整備が先かなあ。あ、それよりも馬車とかの方がいいのかな」
「じてんしゃ、というものが何かは分かりませんが、馬車でしたら、十分に実現可能かと。その場合、ポルタナとメルカッタとの間に宿場が必要になりますが……」
「あー、そっか。だよねえ、うん、成程……結局、人手が必要になっちゃうのか。うーん、堂々巡りだ」
やりたいことは色々とあるのだが、このあたりを解決するにも人手が必要で、人手を確保するためにはこのあたりの整備が必要で……と、堂々巡りである。
どのみち、やれることは限られる。できることから進めていくしか無いだろう。
「ポルタナには観光資源がいっぱいあるから、いつかそういうのもちゃんと活用したいけどね」
「そうですね、やはり、ポルタナはメルカッタから気軽に来るには、少々遠いのかと。どうせ観光するなら、王都や他の都市へ行く方が楽だし楽しい、と考える人は多いのではないでしょうか」
「あー……成程なあ」
そんな話をしつつ、澪とナビスはてくてくと、土の道の上を歩いていくのだった。
メルカッタに到着したら、前回より慣れた足取りでギルドへ向かう。
そこで早速、テスタ老が新たに作った牙細工を売ったり、ポルタナの鉱山で採れた水晶を売ったりしたら……依頼を見ることにする。依頼をこなす前に衣裳の調達をしたいが、依頼を先に見ておいてから服を選んだ方がいいだろう、という判断である。
「依頼、依頼、っと……できるだけありえない奴がいいよねえ」
「そうですね。相場から外れていたり、割に合わなかったり、稼ぎが少なかったりする依頼を選びましょう。他の聖女達が引き受けないような……」
ナビスが早速、依頼の貼り紙を眺め始めたのを見つつ、澪は特にやることが無い。……澪はこの世界の文字を読めないのだ。依頼の貼り紙も、読めないのである。
それ故に、澪は貼り紙よりもギルド内の様子を見ることになる。どんな人がいるのかなあ、などと思いつつ見回して、『割に合わない依頼はどれか、聞き込みしてみてもいいなあ』などと考え……。
そこへ、ばたん、と扉が開く。
扉の音に数名が振り返る中、忙しない様子で駆けこんできていたのは、1人の男だった。
そしてその男は、息を切らしながらも必死に叫んだのである。
「ど、どなたか助けてください!仲間が……俺の仲間達が、ゴーストの洞窟に閉じ込められちまったんです!」