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地方巡業*1

 そうして翌日。

「シベちーん!今日はよろしくねー!」

 桟橋へ向かった澪とナビスは、そこで待っていたシベッドの下へ駆け寄った。

「これ貸してやる」

 そして早速、シベッドは澪に、ずい、と何かを差し出してきた。

「海の魔物相手にナイフじゃどうにもならねえ」

「あーリーチ足りないのか。そっかー」

 銛、と言うべきなのだろう武器は、澪の手には少々重い。だが、澪に貸し出されたものはまだ細く短い銛であるらしい。シベッドが持っているものを見ると、澪の手にあるものより大分長く、大ぶりである。

「私も銛を持ってくるべきだったでしょうか……」

 そしてナビスが持っている物は、網である。

 ……要は、ナビスは魚を捕ろうとしている。魔物狩りそっちのけで。

「いや、ナビスはそのままで居てよ。うん。なんか落ち着くし」

「そ、そうですか?」

「まあ……勇者が魔物狩りする訓練なんだろ。ならナビス様は戦わなくていい」

 だが今日はあくまで、澪の訓練が目的だ。ナビスには魚を捕ってもらって、訓練後のご飯を確保してもらった方がいい。

 そして何より、『お魚を捕ります!』と意気込むナビスは、かわいい。かわいいのだ。




 海へは、小さな舟で行く。軽トラ程度の大きさだろうか。まあ、つまり、そこまで大きくない。『船舶』というような印象ではない。

「意外とちっちゃい」

「近海へ出るならこれくらいで十分だ。デカい船になんざ乗ったら、魔物に届かなくなるだろうが」

「あー、それもそうだ」

 澪のイメージでは、『船』は帆船である。だが、そんな大きさの船に乗っていたら、確かに、銛では魔物に届かないだろう。帆船で戦うなら、武器は銛ではなく大砲だのなんだのになる。

「ということは、小舟の動力は……」

「櫂だ。漕げ」

「おおーう……りょうかーい」

 ついでにオールも持たされた澪は、『これ、明日は筋肉痛じゃないかな』とぼんやり思いつつ小舟へ乗り込むのだった。




 それから小舟は、海へ出た。

「おおー、海だ……」

「海ですよ、ミオ様」

 小舟のすぐ外はもう、海だ。ちゃぷん、ちゃぷん、と波が跳ね、時折、小舟の縁を超えて飛び込んでくる。その波の透き通った様子に目を奪われ、視界いっぱいに広がる海の美しさに目を奪われ……そうしつつも澪はきちんと、オールを動かして舟を進めていた。

「ところでシベちん、漕ぐのめっちゃ早くない?」

 その一方、シベッドは澪の数倍の速度で舟を漕ぐ。澪としてはオールを動かすだけで精一杯なので、この速度には目を瞠るものがあった。

「そりゃ……何年やってると思ってんだ」

「え、実際何年ぐらいやってんの?」

「そうですね、12の時にはもう、1人で海に出始めていましたよね?となると、もう7年になりますか……?」

「7年かー、流石にそれは負けるわ」

 やはり、この土地でずっと暮らしてきた者には、こうした技能では敵わない。そしてそれは別に、悔しがることでも恥じることでもないので、澪は素直に『すごいなー、すごいなー』と感嘆するのだ。

「……ほら、そろそろ周辺の警戒しろ」

 褒められて気まずかったのか、そっぽを向いたシベッドは、小舟の周囲……海をぐるりと見回し始めた。

「了解。えーと、魔物が居たらどうすればいい?」

「突き殺せ」

「シンプル……」

 シベッドは『見て覚えろ』と言わんばかりに小舟の上に立ち、銛を構えた。そして、波の間で不自然に上がる水飛沫が、次第にこちらへ近づいてくるのをじっと睨み……。

「ふんっ!」

 ばしゃん、と小舟の傍で大きく水が跳ねた瞬間、銛を突き出した。

 どすっ、と重い音がして、続いて、ばしゃばしゃと水が跳ねる。だが、それもじきに大人しくなって、海はまた、静かになった。

「……こんなもんだ」

「お、おおー……すっご……」

 シベッドが持ち上げた銛の先には、蛇のような生き物が突き刺さっていた。『シーサーペントですよ』とナビスが教えてくれたそれは、そっと小舟の上に下ろされて、銛から外される。

「船の底を食って沈めようとしてくる奴だ。見ろ」

「うわ、すっごい顎してるじゃんこれ」

「魚も食うからな、こいつを野放しにしておくと、近海の魚が消えちまう」

 シーサーペント、なる魔物は、胴体の割に大きな顎をしており、その内側には鋭い歯がぎらりと並んでいた。こんなのが小舟を沈めにかかってきたら、非常に嫌である。

「……ちなみに、シーサーペント自体は、食べられないの?」

「美味しくないのです」

「そっかー、美味しくないなら仕方がない」

「だからブツ切りにして海に撒く。弱い魔物は、魔物の死体がある所には寄り付かねえからな」

 言う間にも、シベッドはナイフでざくざくとシーサーペントの身を切り刻んで、ぽいぽいと海へ投げ込んでいく。『水質汚染とかはいいの……?』と澪は心配になったが、まあ、大丈夫というなら大丈夫なのだろう。多分。

「それから、ナビス様が用意してくださってる聖水を撒く」

「お役に立っていれば、嬉しいのですが……」

「ああ、役に立ってる。聖水を撒くようになってから、魔物の数は減ったよ」

 続いて、シーサーペントのブツ切りを撒いたあたりに聖水を流していく。聖水は瓶から零れ落ちて海に混ざる時、ほや、と光を放った。そしてその光は海全体へと混ざりあい、やがて、見えなくなっていく。こうして海が次第に『魔物にとって不都合な海』になっていくのだろう。


「……次、来てるな」

 やがて、シベッドは少し遠くを見て、指さした。澪もそちらを見てみると、確かに、白く不自然に水飛沫が上がっている個所がある。その水飛沫は、次第にこちらへ近づいてきているようだ。

「やってみるか」

「おっす!やってみます!」

 澪は早速、気合を入れて銛を握りしめるのだった。




「うわ、意外と小舟の上に立つの、難しいんだけど!」

 まず、澪は小舟の上に立とうとして、苦戦している。

 何せ、小舟は波で揺れる。幸い、乗り物酔いにはそれなりに強い澪なので船酔いなどはしていないのだが、それでも、その上に立つとなると話はまた別だ。

「頑張ってください、ミオ様!」

「うん頑張る!」

 だが、ナビスに応援されては、頑張らないわけにはいかない。澪は気合を入れて立ち上がると、膝を軽く曲げてサスペンション代わりにする。電車通学で身に着けた揺れへの対処法だが、それは幸い、小舟の上でも有効だった。膝で揺れを吸収しながら立っていれば、やがて少しは慣れてくる。

 となったら、次はいよいよ、戦闘である。

 舟を食おうとしてくる魔物相手に、澪は、銛を繰り出して……。

「げっ!刺さってない!つついただけになっちゃった!」

「急いでもう一発入れろ!」

「うわっ今度は避けられた!あっくそっ、意外とこれ、難しいんだけど!」

 澪がわたわたしている間に、ごつ、と舟底への衝撃が走る。するとシベッドが舌打ちしながら銛を繰り出して、どす、と見事にシーサーペントを仕留めてくれた。

「お、おおー……ありがと、シベちん……」

「……水の中に居るモンに銛を刺すのは、力も速度も要るぞ」

「うい!次は頑張る!」

 案外、やってみなければ分からないことも、やってみなければ身に付かないこともある。澪はそれを楽しく思いながら、また銛を構えるのだった。




 そうして1時間ほど舟の上で戦ったミオは、多少、海上での戦闘に慣れた。

 それと同時に、魔物を捌くやり方も学んだ。血や肉や骨を扱うことにも慣れたので、この経験は鉱山攻略にも活かせるだろう。

「いやー、今日はありがとね、シベちん」

 礼を言いつつ、澪はナビスを手伝って魚を捕る。『お魚、お魚』と楽し気に網を手繰るナビスが可愛らしいものだから、網を引く手に力が入るというものである。

「……まあ、海で戦うのは特殊だがな」

「そうだねー。シベちん多分、波の動きに合わせて体重乗せて銛ぶち込んだりしてたでしょ?ああいうのは海ならではってかんじだよねえ」

 うんうん、と頷きつつ、澪は『でも鉱山で活かせるものだっていっぱいあったもんなあ』とほくほくする。新しいことができるようになるのは、それが何であれ多かれ少なかれ嬉しいことだ。

「とりあえず、銛に触れたのはすごくよかったと思う。今まで、ナイフしか使ったことなかったからさ」

「ある程度長い武器も持った方がいい」

「そうだよねえ、長けりゃ長いほど、相手を遠くから狙えるから、攻撃されにくいわけだし……」

 ドラゴン牙のナイフは大ぶりなので、然程、リーチが気になったことは無い。だが、今日、銛を使ってみてリーチの長さが如何に有利不利に関係するかがよく分かった。

 鉱山に行くのに銛、というのも何かおかしな気がするが、何か、ある程度リーチの長い武器を持ってもいいのかもしれない。

 ……と、思っていたら。

「大体、ナイフしか武器が無い勇者ってのも、見栄えが悪いだろうが」

 シベッドがそんなことを言ったので、澪は愕然とした。




「……そ、そう!?そういうもん!?」

「ま、まあ……そう、ですね。大抵、勇者様といえば、白銀の鎧を纏い、剣を佩いておられるか、槍を携えておられることが多い、のではないかと……」

 どうでしょう、とナビスがシベッドを見上げると、シベッドも黙って頷いた。

「……服はあのシャツとパンツで良いかって思ってたんだけど、ええと……ええと……」

 言われて澪も思う。服装というものは、とても大切だ。

 ファッションというものは自己表現でもあるのだ。『こういう風に見られたい』というものを服装に反映させることで、そう見てもらえる。つまり、澪は女でありながら勇者であるものとして、しっかり勇者『らしい』格好をしていた方がいいのである。

 そう。衣装は大切だ。アイドルだって、そうではないか。


 そう気づいた澪は、網を握っていたナビスの手を取って、目を輝かせる。

「なら!ナビスも一緒に、衣装の準備、しようか!」

「へ!?」

 中身も大切だが、見た目も大事。『らしく』あることは時に中身より大切だったりもするのだ。

 ナビスの信者を増やし、澪の信者を増やすためには衣装が大切なのである。

「衣装揃えて、グッズも生産して……それで改めて、メルカッタに突撃だーっ!」

 ……そして逆に言ってしまえば、衣装が揃って『らしく』なれば、少し働いただけでも十分に信者を獲得できる。澪はそう、考えている。

「で、依頼、適当な奴、片付けてこよ?」

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