勇者の条件*2
「ただいまー!ナビスー、何か仕事残ってたら手伝うよー!」
「お帰りなさいませ!ミオ様、お疲れさまでした」
「ナビスこそ、お疲れ!準備1人で大変だったでしょ?」
澪が教会に戻ると、ナビスがぱたぱたと忙しく動き回っていた。
いつの間にやら礼拝室の中には水晶のシャンデリアが飾られている。そして、台所の方からは何やら良い香りがしていた。
「何作ってるの?魚のスープ?」
「はい。さっき、シベッドが良いお魚を持ってきてくれたので」
「おおー、いいねいいね!あーなんかお腹空いてきちゃったな。おかしいな、まだお昼ご飯には早いのにな……」
澪とナビスは台所へ連れ立っていき、『後はアレを作ろう』『材料があまりそうなのでこれも』といった相談をしつつ、料理に勤しみ始めるのだった。
そうして礼拝式が始まる少し前。庭に出したガーデンテーブルの上は、大量の料理でいっぱいになっていた。
「鉱夫さん達も来るってなると、いよいよすごい量だねえ……」
「そうですね……これ以上人が増えたら、鍋を新調する必要がありますね……」
ナビスの得意料理である魚のスープが、大きな鍋3つ分できている。しかしこれも、すぐ無くなってしまうものと思われた。何せ、鉱夫はよく食べる。これより更に人数が増えていくとなると、聖餐の準備がますます大変になっていくことだろう。
「ところで、この、ふらいどぽてと、なるものは大変に美味しいですね」
「えへへ、でしょー。1つ食べたらもう1つ食べたくなっちゃう、ヤバい食べ物だよ!」
準備が大変な分、少しでも手軽に、かつボリューミーに、ついでに真新しく、美味しく、となると、メニューを考えるのも大変である。そこで澪は今回、フライドポテトを大量に揚げることにした。
幸い、芋は沢山ある。そして揚げ油は、燃料用にも用いている鯨油を利用した。『鯨って食べられるみたいだし、油もいけるっしょ!』とやってみたのだが、案外、鯨の油は癖が無く、それでいてコクのようなものを与えてくれるらしい。美味しいフライドポテトができた。……もしかしたら、この世界の鯨は澪の世界の鯨とは異なる何かなのかもしれないが、そのあたりは深く考えないことにした。
さて、そうして芋を揚げて、ポルタナの海から採れた塩で味付けして出来上がりだ。フライドポテトは材料費がそうかからず、それでいてボリュームはあり、美味しい。こうした場には最適だろう。
ついでに白身魚も塩を振って、小麦粉と卵で作った衣をつけて、揚げてしまう。一口サイズのお魚フライは、スナック感覚で楽しめるはずだ。油が胃もたれを引き起こしそうなご老体達には、優しい味わいのスープや素朴なパン、そしてシーザーサラダなどを用意してある。
澪は『いつかお魚フライにタルタルソース付けたいなあ』と思いつつ、ひとまず、最初と比べて大分豪勢になった聖餐のテーブルを眺めて満足するのだった。
「さて。今日、どれぐらい信仰心があつまるかなあ」
最後に、祭壇の香やランプを確認したら、澪とナビスはそのまま礼拝堂で話し始めた。
「人は増えたし。ナビス信者の信仰の深さは増してると思うし。ポルタナの皆も、鉱夫のおにーさん達も、希望を持って生活できてるかんじ、するし。そこそこ信仰が集まるとは思うんだけどね」
澪が気にしているのは、今回集まった信仰心で、鉱山の地下2階を攻略できるだろうか、という点である。
「しかし、レッサードラゴンを複数倒せるか、というと……」
「だよねえ……仕留められればまた、焼き肉パーティーできるんだけどねえ」
何せ、鉱山地下2階には、前回見て来たとおり、レッサードラゴンが大量にいる。だからこそ、魔物を倒して村人の安心を取り戻したいところであるし、金が産出するのであれば、それを活かして村興しを加速させていきたいのだが……。
「ま、今回1回で、っていうのは流石に無理だと思ってるよ。単純計算したって、最初に鉱山地上部を攻略した時の十倍以上の信仰心が必要になるわけじゃん?」
「そうですね……そしてきっと、レッサードラゴンは1体ずつ襲い掛かってきてくれるわけではありませんから。一度に複数体のレッサードラゴンを相手に取れるほどの身体能力を、神の力で手に入れなければなりませんね……」
澪は、『ドラゴン複数に囲まれても余裕で勝てるパワーってどんなんだろ』と想像してみるが、まるきり想像がつかない。どのみち、今の澪とナビスには想像できないくらいの力が必要になる、ということだけは確かなのだ。
「となると、今回の様子を見て……後は、メルカッタの町で興行、ってかんじかなあ」
今後を考えて、澪は計画を講じ始める。
今回、鉱夫を集めてこられたのは、メルカッタの町でナビスの評判が良かったからだ。ギルドの食堂での一幕だけでも、それなりに信仰心が集まったという。
となると、今後もあんな調子で、メルカッタの人々にもナビスを推させればよいのだろう。ポルタナの人口が増えずとも、メルカッタで何度か興行し、ナビスの路上ライブによって信仰心を集めれば、その内、レッサードラゴンをボコボコにできるほどの力になるはずだ。
「まあ、効率は、考えないといけないよなー、うーん……」
だがきっと、効率は悪い。
何せ、ナビスが今、ここで信仰心をガンガン稼げているのは、ここがポルタナだからだ。
ナビスのことを元々好きでいてくれた人達の中だからこそ、今、こうしてナビスは信仰心を稼げている。鉱夫達についても同じことだ。彼らはナビスに惹かれて、ここへ来てくれた。だから彼らからもまた、多くの信仰心が得られている、ということなのだろう。
……だが当然ながら、メルカッタの町の他の人達は、そうもいかないはずだ。
完全にアウェーな雰囲気の中でライブを行うのは、辛いものがあるだろう。ナビスとて、心が折れるかもしれない。
メルカッタの人々もポルタナの皆と同じくらいナビスを好きになってくれたらいいのだが。
或いは、グッズ販売をどんどん増やしていって……。
「ミオ様。その……」
考えに沈んでいた澪が顔を上げると、ナビスがじっと、澪を見つめていた。
決意を秘めた目だ。初めて鉱山を攻略しに行った時のような。或いは……澪とナビスが初めて会った時のような。
何かナビスが大切な決断をしようとしている、ということは、澪にも分かった。だからこそ澪はナビスを見つめ返して……。
「私の勇者様に、なってはいただけませんか!?」
「……へっ!?」
そして、予想外な言葉をぶつけられて、素っ頓狂な声を上げたのだった。
「ゆうしゃ」
「はい。勇者様です」
ナビスは緊張気味に頷いてくれるが、澪は思考が追い付いていない。
「えーと、勇者。勇者、勇者……って、つまり、聖女から神の力を分けてもらって戦う人、ってこと?」
まず、澪は『勇者』について確認することにした。
確か『勇者』というものは、戦うことが苦手な聖女に代わって、聖女から神の力を受け取り、それで魔物を倒す人……というようなものであったと、澪は記憶している。そしてナビスの反応を見る限り、概ね、その理解で間違いないだろう。要は、『聖女から戦闘を委託される人』だ。
となると、澪には少々、自信が無い。
澪は言ってしまえば、現代っ子だ。吹奏楽をやっていた分、体力は多少ある方だろうが、運動部で走り回っていた同級生達と比べれば大したことは無いだろうし、そもそも山と海に挟まれたポルタナで暮らすナビスと比べても、体力があるとは言えない。
戦闘技術についても、同じである。澪は現代っ子で、『戦う』など、やったことが無い。……小学生の頃、男子と喧嘩したことはあったが、その程度である。
となると、澪は果たして、戦闘を委託されるに相応しい人物なのか、澪自身としても疑問なのである。
「えーと、ちょっとそれは自信無いなあ。私、戦う技術があるわけじゃないし、体力もそんなに無いしさ」
ね?と首を傾げつつナビスに言ってみる。だが、ナビスは変わらず、決意と緊張と希望に満ちた目で澪を見つめているのだ。
「勿論、ミオ様だけに戦っていただくようなことは致しません。私も必ず、共に戦います」
「それだと、私じゃない人の方がいいんじゃないかな。シベちんとか。まあ、シベちんはもうちょっと療養してた方がいいと思うけど……」
誰でもいいなら本当に、澪以外の人を選んだ方がいいだろう。剣どころか刃物の扱いもそれほど慣れていない澪だ。戦うのには、本当に向いていないはずである。
……だが。
「ミオ様。ミオ様のお力は、人々を導くお力なのです」
ナビスはそう言って、澪の手をぎゅっと握った。
ぽかん、としているミオに、ナビスは訴えかけてくる。言葉を尽くして、なんとかナビスの中にあるものを伝えようと頑張っているらしかった。
「ポルタナも、私自身も、ミオ様に導かれてここまで来ました。鉱山の魔物を倒すことなど、少し前までは考えられなかったのに」
「い、いやー、私のおかげってわけでも、なくない?ポルタナの皆のおかげでしょ?」
「いいえ。ミオ様のお力によるものです。……ミオ様を見ていると、希望が芽生えてくるのです。あなたに付いていけば明るい未来が待っていると思える。あなたと共に歩むならどんな苦難も乗り越えられると思える。それが、ミオ様のお力なのだと思っています」
「おおう、熱烈……」
美少女からの熱烈な告白めいた言葉に、澪は少々赤面する。流石に、面と向かってここまで褒められると、照れる。照れるしかない。
「だからこそ、ミオ様に、勇者になっていただきたいのです。聖女と共に人々を導き、人々に希望を与える役職に、正式に就いていただけたら、と……」
「……まあ、うん。ちょっと、そういうの得意な自信は、あるなあ」
恥じ入りつつも困惑している澪は、どんな顔をしていいのか分からず、曖昧に苦笑を浮かべる。
……澪は盛り上げ役だ。リーダーではないが、皆を煽り、楽しませ、そしてリーダーの向く方へと連れていく。澪はそういう役回り、そういう性分なのである。その自覚は、ある。
そして澪は、そうした役回りが嫌いでもないのだ。そういう意味では、『勇者』は非常に向いている、のかもしれない。
「ミオ様。いかがでしょうか。勝手なお願いを申し上げていることは、分かっています。しかし……」
「あ、うん。えーとね、ナビス。もう1個確認なんだけど」
思いつめたような表情のナビスに『すとっぷすとっぷ』と両手を翳しつつ、澪は、尋ねた。
「あと、勇者って……こう、男性がやることが多いんじゃなかったっけ……?」
……そう。
『勇者』とは、戦うだけが仕事ではなかったはず、なのである。むしろ、それ以外の業務が大変に重要であるのだと、そう、澪は理解しているのだが……。
「……聖女だと獲りにくい女性人気を獲得するために、容姿端麗な男性が、『勇者』をやる、んじゃなかったっけ……?」
澪は、女子である。
つまり、その時点で『勇者』に不向きなのである!
「まあ……そう、なのですが……」
が、ナビスは何故か、『そうですね、ミオ様は勇者に不向きです』と言うでもなく、首を傾げているばかりである。……澪は少々、慌てた。
「ってことでさー、シベちんだと、やっぱ駄目なの?」
「うーん、シベッドは……その、戦いの技術は村一番、なのですが……共に戦っていると、どうにも、危なっかしくて」
「ああー……」
「それから、その、彼はあまり器用ではありませんから……都市部の若い女性の人気を得られるか、というと、どうも……」
……散々な言われようだが、澪にも何となく、想像は付く。『シベちん確かに、ナビスを守る!ってなったら慌てそうだし、愛想無いから人気獲得は苦手だろうし……』と考えて、考えてから心の中でシベッドに『ごめんよシベちん……』と謝っておいた。
「なので、シベッドを勇者にする、というのも、少し……」
「う、うーん、でも、『勇者』は欲しくない?いや、『女性人気が獲れる勇者』っていうか」
澪は考える。
これから先、男性人気は間違いなくナビスだけで獲れる。何せナビスは可愛い。可愛いは正義なのだ。
だが……女性人気を考えた時、ナビス1人では不安がある。それは確かだ。
効率を考えるならば、女性人気も獲れた方がいい。人間の大体半分は女なのだから、単純すぎる計算をしてみれば、女性人気も獲れたら効率は二倍になるのである。
と、考えるとやはり『勇者』は居た方がいい。だが、澪は不適格だ。
女性人気を獲得するために、『女勇者』は、果たして正解だろうか。
「で、ですが、ミオ様はとても素敵な方です!あの……メルカッタで男装のような恰好をされていた時など、本当に、物語の中の王子様のようで……」
ナビスが一生懸命に主張してくるので、澪は少々心配になってくる。そんなに澪の男装が気に入ったのだろうか。
「……その、ミオ様が本当に殿方だったら、間違いなく惹かれていました。けれど、ミオ様が女性だと分かっていても……いえ、ミオ様が女性だと分かっているからこそ、更に強く惹かれてしまうような気がします。男性のようでありながら女性である、ということが、その、何か躊躇いを取り払ってしまうような……」
ナビスの熱弁を聞きながら、澪は『宝塚の男役みたいなもんかなあ』と首を傾げる。確かにあれはあれで、いい。男性アイドルとは別物だが、あれはあれで……。
「……あ、それだ」
澪は、閃いてしまった。そしてナビスの思いをもまた、理解してしまったのである。
「確かに、シベちんに私が勝てる要素が……私が勇者をやるメリットが……ある!女勇者なら、『女の子の理想』が分かってる!あと、男勇者を推すのが恥ずかしい女子達も推しやすい!そして……!」
「女勇者は!皆の聖女を!盗まない!だから聖女に熱愛報道が出て炎上する心配が……聖女が男とくっつくリスクが、めっちゃ!少なくなる!」
そう。
この世界において、女勇者とは……リスク管理としても、十分に『アリ』な選択肢なのである!