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キャンペーンガール*3

 それから30分。

 ギルドの食堂は、ナビスのライブ会場と化していた。

 初めは、1つの卓の為にナビスが祈りの歌を歌うだけだった。だが当然ながら、歌というものは、周囲にも聞こえる。ナビスの歌を聞いた者達が『何だ?』と注目し始め、そこへ澪がすかさずセールスを挟み、また別の卓でナビスが歌い……とやっていけば、自然と、食堂中の人達がナビスの歌を揃って聞いている状態になる。

 そうなったら後は早い。澪が『じゃあこの食堂に居る皆のためにうちの聖女様が祈ります!』とやりつつ全員の意識を集め、そしてナビスの歌に合わせて澪が先導して手拍子など始めてみれば、会場はそれなりに一体感を持って盛り上がったのである。

 音楽の力はすごいのだ。そしてナビスの力も、すごいのである。

 ナビスはここで少しばかり、神の力を行使した。即ち、ここに居る者達を、微弱ながら守ってくれるように、と。

 会場が金色の光に淡く包まれると、どよめきが起きた。『おお、神の力を分けてくださるとは!』と感激した者達も多い。それもそのはず、本来ならば信者でもない者へ神の力を分け与えることなど、しないからだ。

 ……だが、澪とナビスは知っている。別に信者でなくとも、信仰心を捧げてくれることはあるのだ、と。

 更に、その対象が『神』ではなく、『ナビス』本人であったとしても、信仰心は集まるのだ、と……。


 美少女の歌は食堂を大いに盛り上げた。もともと娯楽の少ない世界のことだ。日常にやってきた非日常……つまり『イベント』は多くの人を楽しませてくれたのである。

 そしていよいよ、昼間とは思えないほどの盛り上がりを見せる食堂の中、ナビスは歌い終えてお辞儀する。そこへ拍手や口笛が飛び、なんとも賑やかであった。

「はいはーい!皆さん、ちゅうもーく!」

 そこへ澪が出ていく。澪はすっかり、ナビスのプロデューサーでありMCであり、ついでに雑用係も汚れ役もやろうと決めている。

「うちの聖女様の祈りとは別件なんだけれど、もし興味あったら聞いて!」

 澪のノリの良い声には、なんだなんだ、と皆が注目してくれる。なんだかんだ、ナビスが歌っておいてくれたおかげで、澪に対する視線も好意的である。

「皆さん知ってるかなー、ここから南にあるポルタナっていう村の、鉱山についてなんだけど……」

 澪が呼びかけると、ざわざわと、『あー、あの魔物でダメになっちまったとこか』『金が無くて依頼もできねえっつう話だったが……』と囁きが聞こえてくる。やはり、そういう噂になっているらしい。

「おっ、お兄さん達、やっぱり情報通だね!……でも、これは知らなかったでしょ?」

 そこで澪は、少々勿体を付けて数拍分、沈黙し……それから、殊更に元気よく、発表する。

「なんと!この度、その鉱山が、地下1階までだけれど、復活しました!レッサードラゴンとゴブリンロードを倒し、見事鉱山を復活させたのは他ならぬ、この聖女ナビス様だーっ!」


 途端、また先ほどとは異なるざわめきが会場を包み込んだ。『レッサードラゴンを!?』『あの聖女様が!?』と慄く人々を見回して、澪は一層、笑みを深める。

「ナビス様は可愛くて強い、最高の聖女様!そんなナビス様なんだけど……ただ、どうも、ポルタナには人が少なくって、全然働き手が居なくってぇ……解放した鉱山がまるっきり、無駄になってるんだよね……」

 彼らの驚きが新鮮な内に、新しい情報を叩きこんでいく。求人はとにかく、興味を持ってもらうところがスタート地点だ。彼らの興味を引くように、こちらの弱みを見せて彼らの良心を引き出しつつ、話していく。

「そこで!もし、丁度いい魔物討伐の依頼が無くて仕事が無いなー、って人とか、安定した収入が欲しいなー、って人が居るなら……是非、ポルタナの鉱山に来てほしいな!鉱夫、絶賛募集中!一週間とか二週間とか、短期の労働も大歓迎!何なら、1日単位でもいいよ!皆さんの魔物討伐の隙間にでも、働きに来てほしいな!」

 ついでに澪は、この『魔物討伐』の仕事の弱みであろう部分にも言及していく。

 依頼があったら魔物を倒しに行く、という仕事のやり方では、間違いなく、安定した収入は見込めない。仕事が無い時だってあるだろうし、そして何より、危険が大きい。

 そんな彼らに、『安定して仕事がある』『安定して収入が得られる』という条件を提示すれば、数人は引っかかってくれるだろう、と澪は見込んだ。

 本業としてもらわなくてもいい。まずは、アルバイトで十分だ。さっき掲示板のところで立ち聞きした話では、『農園での短期雇用を探す』というような内容があった。つまり、短期長期問わず常に働き手を募集している、という場所は、それなりに需要があるのだ。

「食料と住居はこっちで用意するから、安心して着の身着のまま来て!そして……なんと!ポルタナの鉱夫になると、ナビス様の歌を毎週聞けます!福利厚生ばっちり!」

 更に、より気軽に働きに来てもらえるように、福利厚生もアピールしていく。……ただ、『ふくりこーせー?』と首を傾げる者達が居たので、この世界には『福利厚生』の概念は無いものと見える。

「鉱山には定期的に魔除けを施すから心配要らないよ。それから、また近々、ドラゴン肉パーティーする予定。ポルタナは景色も綺麗だし、お魚美味しいし、そして何より、麗しの聖女様が居る!……ってことで、まあ、遊びに来るだけでもいいからさ、是非、一度来てほしいな!」

 最後に観光地としてのアピールなどもして、『働く気は無いけれど遊びに行こうかな』という層にも訴求してみる。まあ、こちらはあまり期待できないだろうが……それでも、『働いてみてもいいな』という層をより強く引き付ける効果はあるだろう。

「詳しくは、この後ギルドに依頼を出させてもらうから、それ見て!」

「皆様、是非、よろしくお願いします。ポルタナへお越しいただけたら、精一杯歓迎させていただきます!」

 最後にナビスと共に一礼して、澪とナビスは食堂を出る。……食堂にあのまま居座って、個別対応していってもよかっただろうが……あまり時間も無い。ひとまず、今日のところはこれでよし、とすることにした。




 食堂を出た澪とナビスは、ギルドへ正式に求人広告を出す。

『鉱山での労働者募集。短期長期問わず、1日単位で募集中。住居食事完備。坑道内の魔除け完備。あなたも一緒に麗しのポルタナで過ごしてみませんか?』という求人は、他の『ローパー討伐依頼』や『ゴブリン討伐依頼』に埋もれることなく、大分目立った。

 ……そして。

「お。いい依頼だなあ。へへ、応募してみるかー」

「魔物と戦うのは一旦休みにしようぜ」

「海辺の村でゆっくり過ごすってのも悪くねえよな!」

 そんな声が聞こえたと思ったら、澪とナビスが最初に赴いた卓の戦士3人組が、澪とナビスの後ろからひょいと手を伸ばして、広告を一枚、持って行った。


「本当に!?来てくれるの!?うわー、お兄さん達、ありがとー!」

「ありがとうございます!ああ神よ、感謝いたします!」

 澪とナビスは心から喜んだ。2人手を取り合って『やった!やった!』とぴょこぴょこ跳ね、戦士達にも大いに礼を言って、そしてまた、喜び合う。

 ……この様子はギルド内の注目を集めた。澪もナビスもまるで意図していなかったのだが、美少女2人がきゃいきゃいと喜び合う様子は、その場に居た者達の興味をまた一段と強く引き……そして、澪とナビスがギルドを立ち去った後、ぞろぞろと、広告へ手を伸ばす者達が掲示板の前に並んだのだった。




 そうして澪とナビスはまた道中で野営を挟み、翌日の昼過ぎ、無事ポルタナへ帰還した。

 村の皆は2人を温かく出迎えてくれ、また、澪とナビスが買ってきた品物を渡すと大層喜んでくれた。ついでに、鉱夫の募集を掛けてきた旨を伝えると、早速、それらの準備を始めてくれる。

 古い住居の手入れは既に進められていたが、食料についてはまだまだこれからだ。一応、澪とナビスもメルカッタの町で麦やトウモロコシの粒や粉を購入してきたので、多少は余裕があるが……今後どうなるかは分からない。早速、とばかり、畑仕事に精を出し始める村人も居た。

「いよいよ、畑にも神の力を使う時が来たかなあ」

「そうかもしれません。まずは、鉱夫に応募してくださる方がどれくらいいるかですが……」

「ま、気楽にいこうよ」

 ナビスは少々緊張気味の顔をしている。『これで誰も来てくれなかったらどうしよう』という顔だ。澪はそんなナビスの肩に腕を回して、元気づけた。

「もし誰も来てくれなかったら、もう一回行ってもいいんだしさ。メルカッタでもある程度、信仰心を得られそうだし、出張聖女で信仰心を稼いでも、まあ、鉱山地下2階の攻略には足りるだろうし……あ、メルカッタで信仰心、増えたよね?」

 ところで、と思い出してナビスに尋ねてみると、ナビスは嬉しそうに頷いてくれた。

「ええ、そうですね。メルカッタでは予想以上に信仰心が得られました。びっくりです」

「そっかー。やっぱこの方法、悪くないよね」

「そうですね。多くの人の無事を祈ることができますし、信仰心も頂けて、更に鉱夫の募集にも興味を持っていただけて……非常に有意義な時間でした」

 ナビス、光ってたもんなあ、と澪は思い出す。やはり男ばかりいる場所を狙って行けば、ナビスの美少女ぶりだけでも信仰心が大分集まる。……より酒が入っている夜に行けばより稼げるのだろうが、まあ、安全面を考慮すると、昼間の活動に限った方がいいだろうな、と澪は考えた。

「じゃ、誰も来てくれなくてもなんとかできる算段はつけられそう、ってことじゃん。よしよし、そんな心配そうな顔しなくて大丈夫だよ」

「はい……ありがとうございます、ミオ様」

 大丈夫、と、澪は自分自身にも言い聞かせる。

 澪がナビスを引っ張っている以上、ナビスが座礁するようなことがあったら、それは澪の責任だ。だから、どっちに進んでも何とでもなるようにしておきたい。

 万一、鉱夫が来なかったら出張聖女業に力を入れていけばなんとかなる、と思う。ナビス自身の知名度を上げていけばいい。その分、ポルタナ以外の土地にも神の力を使う必要が出てくる分、ポルタナの村興しは遅れるだろうが、それは仕方がない。

 ……だが、澪はひとまず、『鉱夫が誰も来ないってことは、無いと思うなあ』と、内心で感じていた。

 手ごたえは、あったのだ。確実に。きっと、最初に声をかけた3人組は来てくれるだろうと思われる。となると、5人程度は、鉱夫が集まる、のではないだろうか。

『捕らぬ狸の皮算用ってやつかなあ』と少々心配になりつつも、澪は『どうか来てくれー!』と祈るのだった。




 3日後。

 澪とナビスは教会の裏の小さな畑を整備していた。いずれ人がたくさん来ることを期待して、今から小麦を蒔いているのである。今から小麦を育てれば、秋の終わりに小麦が収穫できるとのことだ。

 ……そうして畑仕事に勤しむ2人の元に、村人が駆けてきた。

「おおーい!ナビス様ー!ミオさーん!鉱夫の募集を見て来たって人が、来てるんだけども、どうすりゃいいかねー!?」

 村人の言葉に、澪もナビスも、顔を見合わせ……笑い合う。

「おおっ!来た!?来たって、ナビス!」

「まあ!すぐに向かいます!お待ちいただくようにお伝えください!」

 メルカッタでの宣伝は、大成功。ひとまず成果が得られたことに、澪とナビスは喜び合いつつ、大慌てで畑の道具を片付け、鉱夫希望者達の元へと急ぐのだった。




 そうして澪とナビスが村の入り口へ向かうと……。

「おー!聖女様も、お付きのお嬢ちゃんも。また会ったな」

「折角だし、鉱山を手伝いに来たぜ。何をすりゃあいい?採掘も運搬もやったことがある。任せてくれ!」

 ……そこには、メルカッタで見た顔や、初めて見る顔の人々が、ぞろぞろと……なんと、30人余りも、来ていたのだった。

「これは……」

「予想以上に、集まってくれたね……」

 まさか、ここまで集まるとは思っていなかった。たった3日で、ここまでの人が集まるとは。

 ……そう。完全に、予想を上回ってきた。それは嬉しい誤算でもあったが、同時に、『食料と住居、どうしよう』という切実な悩みにも直面することになる。

「よし!ナビス!もう、借金覚悟で神の力、バンバン使っちゃおう!」

「え、ええ!そうしましょう!」

 ということで、澪とナビスは、もう、割り切ってしまうことにした。

 今までに貯めた神の力は全て、ここで使ってしまってもいいだろう。人が増えてくれたなら、彼らからまた、信仰心は得られる。ならば今は、彼らがここに居てくれるように、神の力を最大限活用していく時だ。

「折角だから楽しんでやってこ!どんな家、建てる?」

「あ、あまり複雑なものは作れません。流石に神の力が不足しますので……山の一部を掘り抜いて住居にするのが現実的かと」

「よし。じゃあそれでいこう!あとは、寝具とか足りなくない?えーと、誰かに買い出し、行ってもらおう。……あっ、丁度いいとこにシベちん居る。シベちーん!シベちーん!ちょっと買い出し行ってきてー!」


 ということで、ポルタナは一気に賑やかになった。途中からは鉱夫希望者達自身が諸々を手伝ってくれたり、『寝具は野営道具があるから当面それでいい』と苦笑交じりに妥協してくれたり。

 ……そんなこんなで、ポルタナの鉱山からツルハシの音が聞こえるようになるまで、そう時間はかからなかったのである。


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