キャンペーンガール*2
翌日の昼前、澪とナビスは町に到着した。
行き交う人々。並ぶ家屋や商店。石畳で整備された大通り。……ポルタナとは大分、雰囲気が違う。
「おお……異世界の町だ……」
「ここがポルタナに一番近い町、メルカッタです」
澪は、初めて見る異世界の町の姿に少々興奮していた。
初めに2人が向かった先は、ギルドと呼ばれる場所である。
石造りの立派な建物の中へと入っていけば、長年使いこまれて飴色になったのであろう木のカウンターが見えてくる。カウンターには何人か人が居て、それぞれ用途別の受付になっているようだった。天井から吊り下げられた看板にはおそらく、それぞれの受付の役割などが書いてあるのだろう。澪には読めないが。
ナビスは迷うことなく受付の内の1つへ向かっていく。前に2人、人が居たのでその後ろに並んで待つことになった。
「ここが買い取りやってくれるところ?」
「ええ。このギルドが魔物に関する業務の取りまとめをしているのです。討伐依頼を出したり受けたり、魔物の素材を売り買いしたり……そうした役割を担っています」
小さな声でひそひそと話しつつ、澪は周りの様子を見た。
討伐依頼、なるものが貼り出されているのであろう掲示板や、それを覗き込む人々。彼らのベルトには剣が吊るしてあったり、背に槍が背負われていたり。成程、彼らは戦うことを生業としているのだろう。
「討伐依頼……えーと、それって聖女の仕事、ってわけでもないんだね」
「うー……そう、ですね。ポルタナでもそうですが、どうしても、聖女だけでは討伐が追い付かなくなることがありますから。ポルタナではシベッドが魔物の討伐を手伝ってくれていますが……もっと大規模な町では、こうして討伐依頼が出されることが多いです。神の力を使わなければ魔物は倒せない、ということもありませんので」
成程なあ、と澪は納得する。つまり、概ねは『弱い魔物はギルドで』『どうしようもないほど強い魔物は聖女が』という風に分担している、のだろう。……ギルドが振り分けている仕事をナビスとシベッドがなんとかしていたポルタナは、事情が特殊なのだ。多分。
「そっかー。あ、今、ちょっとあの討伐依頼、見てきていい?」
「ええ、どうぞ」
ナビスの許可を得た澪は、討伐依頼が貼り出されている掲示板へと向かっていく。そして見上げて……文字が読めないことを思い出した。そうだった。ここは異世界だったのだ。
……だが、討伐依頼を覗き込む人々の話を盗み聞くことはできる。
彼らは、『おいおい、ゴブリンの討伐依頼が金貨1枚だって!?割に合わねえだろ、こんなの!』『こっちは中々いいんじゃないかい?ほら、ローパーの討伐で金貨3枚だ。悪くない!』『おっ、金貨10枚……あ、こりゃ駄目だ。レッサードラゴンだってよ。しかも皮と牙は納品のこと、って、誰が請けんだこんなん』……などと話している。
ひとまず、澪とナビスが倒したことのあるコボルドやレッサードラゴン、ゴブリンやゴブリンロードといった魔物の討伐依頼の相場は知っておきたかった。倒した魔物の相場が分かれば、ある程度、自分達の強さの基準となる。
また、『くそー、丁度いい依頼、ねえなあ……』『どうする?次の依頼が入るまで、どっかの農園ででも働き口、探すか?』といった声も、聞こえてきた。
……これに、澪は内心で『よっしゃ!』とガッツポーズした。
当然といえば当然だが、この『魔物討伐』の仕事には、重大な欠点がある、ということなのだ。
もう少し戦士達の話を聞いていたかったが、そろそろカウンターの方でナビスの順番が回ってきそうだったため、澪は一旦戻ることにした。
「いらっしゃいませ。本日のご用件は?」
「買い取りをお願いします」
澪が戻ると、丁度ナビスが鞄の中から諸々の素材を取り出すところだった。
コボルドの牙細工やゴブリンロードが持っていた宝飾品。そしてドラゴン皮一頭分。
……こうしたものをカウンターに積み上げていくと、少々、周囲がどよめいた。『ドラゴン皮?あの女の子2人がやったわけじゃないだろ?』などとささやく声も聞こえてきた。それを、澪は堂々と、ナビスは少々恥じらいながら受け止める。
「成程……確かに。では、合わせて金貨40枚でいかがでしょう」
「お願いします」
ナビスは何か手続きを済ませ、ドラゴン皮や宝飾品と引き換えに金貨が入っているのであろう袋を受け取る。
ずし、と如何にも重そうなそれは、澪から言わせれば『ロマンの塊……!』というようなものである。金貨が詰まった袋には、ロマンも一緒に詰まっているのだ。
「ではミオ様、参りましょうか」
「うん。どこから行く?」
「まずは、ミオ様のお召し物を買い揃えましょうか。このままの恰好では、あまりに申し訳ありませんから」
「私は別にいいけどなー」
2人は話しながらギルドを出て、市場へ向かっていく。ひとまず、澪の買い出しとポルタナで頼まれた買い出しを済ませてから、鉱夫の募集を考えることにした。
街を歩きながら、澪は町の女性の恰好を眺める。
女性達は大体、ロングスカート姿だ。中には時々、パンツルックの人も居るが、スカートの裾がふくらはぎより上に来ることはまず無いようである。
「この世界にはミニスカ文化は無いのかー」
「みにすか……?」
「あ、うん。短いスカートのこと。膝より上の丈の」
これくらい、と澪が自分の膝上あたりに手を置いてみると、ナビスは大層驚いた。
「えっ、えっ、そ、そんなに短いスカートを……!?」
「あー、やっぱりこの世界的にはミニスカは無しなんだね。オーケー」
「そ、そうですね。みにすか……それほど短いスカートですと、その、そういうご職業の女性の服になってしまうかと……」
澪は、わたわたと焦るナビスを見て『かわいいなあ!』と思いつつ、同時に『成程、逆にそういうご商売の方はミニスカかー』と学ぶ。
「……あれっ、ということは私、この世界に来た時の恰好はダメだったんじゃ!?」
「へ?ああ……そ、そう、ですね。よくよく考えてみれば……」
「私、よく痴女扱いされなかったね!?」
「ミオ様の纏われる気配が、あまりに神々しかったもので……」
澪は、ふにゃ、とした笑みを浮かべるナビスを見て『やっぱりかわいいなあ!』と思いつつ、同時に『この子だいじょぶかな……』と心配にもなった。神々しかったら、ミニスカでもいいのか。異世界の文化は中々難しい。
何はともあれ、澪の服選びが始まった。
既製服が売っているということは、それなりに文明レベルが高いということである。ファッションの流行などもあるのだろうから、店舗を巡ってしっかりと確認しておきたい。
……と意気込む澪であったが。
「ミオ様は背が高くて、すらりとしてらっしゃいますから、こうしたお召し物もお似合いになりますね!」
きゃいきゃい、とはしゃぐナビスに、少々、振り回されていた。
今、澪は白のドレスシャツに細身のスラックス、という格好をしている。少々派手な格好なのだが、ナビスの反応がいいので着てみた。
初めは、『動きやすい恰好の方がいいかなー』と思って適当なパンツスタイルを選んでみたのだが、それがどうも、ナビスのお気に召したらしい。『男装の麗人……』と目を輝かせるナビスを見てしまったミオは、『いっそそういう路線に突き抜けてくのもアリか?』などと思いつつ、そちら側に振り切れた服を遊びで試着してみたのだが……ナビスの反応は想像以上だった。
「ミオ様!ミオ様!素敵です!まるで王子様のようです!」
「そっかー、ありがとねえ」
目を輝かせて褒めてくれるナビスや店員さん達に少々照れくさく思いつつ……澪はひとまず、普段着を探すことにする。
今更ながら恥ずかしくなってきたので、無難なかんじに。無難なかんじに。
そうして数着、澪は普段着を購入することができた。
購入したものは主に、シャツとパンツ。ロングスカートは動きにくいのであまり好きではないのだが、一応、それも1枚。それから下着の類は替えを多めに。尚、異世界の下着はノンワイヤーか、はたまた胴にまでガッチリワイヤーが入ったビスチェかのどちらかなので、『極端……!』と澪は慄いた。
……また、礼服として一応、ナビスの反応が一番よかった『王子様スタイル』を購入した。ドレスシャツはスカートでも着回しができそうなので、これはこれでいいか、と澪は思っている。多少、無駄遣いじゃないかなあ、と心配にもなったのだが……ナビスがあまりに楽しそうだったので、心配するのはやめることにした。
「ナビス、楽しそうだねえ」
そう。ナビスはあまりに楽しそうだったのである。るんるん、と今もご機嫌で、澪との買い物を非常に楽しんでいる様子であった。
「へ!?あ、も、申し訳ありません……」
「いや、別に申し訳なくないよ。ただ、楽しそうでかわいいなあ、って思っただけで。ナビス、買い物好きなの?」
聞いてみると、ナビスはもじもじしながら、小さな声で答える。
「その、憧れだったのです」
「憧れ?」
「同じくらいの年の頃の女の子と、こうしてお買い物をするのが」
……恥じらいながら小声で発された答えに、澪は思わず、固まる。
そっかー、確かにポルタナには同年代女子、居ないもんねえ。でもそれで憧れになっちゃうのかー、そっかー……と慄き……。
「……えっナビス可愛すぎるんだけど」
「へっ?」
「ナビスが可愛すぎるから、ナビスの服も選びたくなっちゃったなー」
「えっ、あの、ミオ様?私の服は十分にございますので……」
「一着くらい新調しようよ。できるだけ可愛くて、信仰集められそうなやつ。うん、そうだ。信仰集めるにはやっぱ可愛さって大事だしさ。ね?ナビスの服も選ぼう。はい決まりー!」
澪はナビスの手を引いて、如何にも可愛らしい服を置いてありそうな服屋へ突撃していく。澪1人では絶対に入らないであろう服屋だが、ナビスと一緒ならば何も怖くないのである!
……そうして澪は、ナビスの服も選んだ。
ナビスに似合いそうなものを、ああでもない、こうでもない、と見立てていく作業は中々楽しかったし、ナビスもまた、『こんな風に服を選んでもらえるのも楽しいものですね』と、もじもじ笑っていた。
そうしてナビスの白銀の髪と勿忘草色の瞳にぴったりな、白と空色のワンピースを購入した。ウエストのリボンは薄布でできていて、空色をしていることも相まって、まるで空に溶けていくような風合いである。そして、繊細な純白のレースがナビスの儚げな美貌によく似合うのだ。澪も大満足の仕上がりである。
『アイドルの衣装』としても、中々悪くないだろう。今後、活用していくことが増える……と思われる。
『ひとまず村に戻ったらシベちんあたりに見せてみて反応を見るかな』などと考えつつ、澪は早速、次の買い物に向かってナビスの手を引いていくのだった。
村人達から頼まれていた買い物も終わらせて、昼過ぎ。澪とナビスは昼食のため、ギルドの食堂へやってきた。
……ここへ来たのは食事の為でもあるが、それ以上に鉱夫の募集のためである。
「結構、人、多いね」
「ええ。ギルドの食堂ですから」
ここに集まっているのは、ギルドを利用している者達……つまりその多くは、魔物の討伐依頼をこなしている戦士達であるらしい。それ以外にも、食堂だけ利用している人達も居そうだが、周りを見回す限り、大分、むさくるしい。
「魔物の討伐する人って、男の人ばっかりなんだね」
「たまに女性もいらっしゃいますが……まあ、力仕事になりますので。私達も神の力で力を底上げしてなんとか魔物と戦っているわけですし、神の力無くして戦うには、やはり男性の方が有利かと」
「それもそうか」
男子の方が筋力も肺活量もある。澪はそれをよく知っているのだ。澪と同じ吹奏楽部に居た男子部員達は、その筋力を見込まれて大抵、大型の打楽器の運搬係にされていたものである。
「ま、ナビスの可愛さは男女問わず届くもんだと思うけど……多分、男相手の方がより効くだろうし、丁度いいか」
よし、と気合を入れて、澪は早速、周囲を観察し始める。
「ってことで、食べ終わったら誰か1人か2人……できるだけ気のよさそうなグループ見つけて、引っかけようね」
「は、はい!」
それは、『引っかけやすい』人達を見極めるためだ。
……それから運ばれてきた食事をさっさと食べ終えた2人は、席を立ちついでに、そっと、目を付けていた卓へと向かう。
「そちらの方、少しよろしいでしょうか?」
ナビスがその卓に話しかけると、卓に居た男3人はナビスの方を向き、『おお』というような顔をする。美少女に話しかけられて悪い気がする男は居ない。特に、楽しく酒と食事を楽しんでいるような連中はそうだ。
「おにーさん達、戦ってきたとこ?それとも帰ってきたとこ?」
「うん?そりゃあな、討伐を済ませてきたところさ!まあ、数日後にはいい依頼を見つけて次の討伐に向かうだろうけどな」
「へー。じゃあお兄さん達、強いんだ」
澪がすかさず口をはさみつつ、男達の自尊心を少々くすぐってやれば、いよいよ『悪い気はしない』というような顔をする。元々が人のいいグループなのだろうが、何はともあれ、これはいけそうである。
「でもさ、強くっても万一ってこと、あるじゃん?ってことで……」
澪はナビスの肩に手を置いて、『どうです?』というようにナビスを見せた。
「うちの聖女様がお兄さん達のために祈っても、いいかな?」