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鉱山奪還作戦*1

 翌朝。澪は起きてすぐ、卵を取りに行く。

 教会の裏手では、小さな鶏小屋で鶏っぽい生き物を飼っているのだ。昨日の食事の準備の際、ナビスに案内してもらったので勝手は分かる。

「おはよー、かわいい白ニワ達ー。卵ちょーだいね」

 澪が鶏小屋に入っていくと、まるで雲か雪かのような羽毛を持つ鶏のような鳥、推定『鶏』が、ふわふわと集まってくる。この真白い鶏は、非常に懐っこい性格であるらしい。

 白い鶏の羽毛と同じように真白い卵を拾い集め、それから鶏達の餌を補充しておく。小屋の中を簡単に掃除すると、鶏達がふわふわと集まってきて、一緒に尾羽で掃除を手伝ってくれた。

「おーおー、白ニワ達は賢いねえ」

 器用に掃除する鶏。どう見ても不思議な光景なのだが、異世界の鶏なのだから掃除くらいするのである。『ふしぎー』と笑いつつも然程気にしない澪は、鶏達と一緒にさっさと掃除を終えた。


「ああ、ミオ様。おはようございます」

「おはよ、ナビス。今日もいい天気だね」

「ええ。おかげで畑の野菜が元気ですよ。ほら」

 小屋を出るとナビスが畑の世話を終えたところだった。手にした籠の中には、色艶の良い野菜がころころと入っている。如何にも美味しそうだ。

「じゃ、朝ごはん食べたら早速、作戦会議、しよっか」

「はい。……ふふ、少し、楽しみです」

 2人は仲良く教会へと戻りながら、『朝ごはん何にしよっか』『昨日の残りのお肉はお昼に回した方がいいでしょうか』と楽しく会話する。

 ……出会ってまだ4日目の2人だが、随分と仲良くなったものであった。




 2人は教会の台所の小さなテーブルで朝食を摂る。狭いテーブルだが、澪はここの雰囲気が気に入っていた。

 台所の手前の方にテーブルは設置されており、すぐ横は壁だ。壁は漆喰が削れて薄くなって、その下の積まれた石の壁が薄く見えている。この風合いが何となく洒落ているなあ、と澪は思うのだ。

 今日の朝食は、澪が作ったオムレツとナビスが昨日焼いたパン、そして茹でた野菜、といった具合である。凝ってはいないが、十分に美味しい。ただ塩茹でしただけの人参やじゃがいもがこんなにも美味しい。澪は満足しながら食事を食べ進め、ある程度空腹が満たされたところで、ナビスに問いかける。

「私達が次にやるべきことは鉱山地下1階の奪還なわけだけど……同時に、その後のことも考えておかなきゃなー、って思ってて」

「その後、と言いますと……?」

「えーと、できれば、食料とか宿とかの準備。ほら、鉱夫の人達に来てもらうにしても、その人達の生活の場が無いとさ、キツいじゃん」

「成程……そうですね。外部からの持ち込みに頼るよりは、自給自足できた方がいいですよね」

 人が増えるということは、その分、消費するものも多くなるということだ。今、ポルタナは魚を獲って畑を育てて、村人達の食い扶持を維持している。だが、それ以上に人が増えた時、少々苦しくなるのは目に見えていた。

 食料が無ければ、外から買うこともできるだろう、と澪は考えている。だがそれも最終手段だ。ドラゴンの皮や牙を売れば、当面の分を買い付けることはできるだろうが……それをずっと維持し続けるのは難しい。お金になるようなものをある程度、準備しておかなければいけなくなる。

 勿論、鉱山が軌道に乗ればその心配も消えるのだろうが、それまでの『繋ぎ』は確実に必要になる。

「ということで、地下1階を攻略した後はまたお祭り開いて……そこで得られた信仰心を、畑とか漁場とかの整備に使えないかなー、って思ったんだけど……神の力って、そういう使い方、できる?っていうか、神の力って何ができるのか、私、よく分かってないんだけれど……」

 そこで澪はまず、『神の力』についての理解を深めることにした。




「ええと……神の力、というものは、基本的には『願いを叶える力』なのです」

「願いを?」

「ええ。集めた信仰で皆の願いを叶える。これが聖女の仕事なのです。ですから、究極には、『何でもできる』ということになる、でしょうか」

 ナビスの説明を聞いて、澪は『おお、それっぽい!』と真剣に頷く。信仰を集めて、願いを叶える。それならば、祈る側の気持ちも籠もりやすいことだろう。

「とはいえ、現実的には全ての願いを叶えられる訳ではありません。ミオ様も既にご存じの通り、信仰心が少なければ、それ相応のことしかできませんし、他にも聖女の性質や環境などによっても、できることが変わってきます」

「あー、ナビスは癒しの術が得意なんだっけ?」

「はい。幸いなことに。しかしその一方、戦いのために力を使うのは、あまり上手くありません」

 聖女の得意不得意が出る、ということなら、他の聖女はどうなのだろうか。少々気になりつつ、そこは置いておくとして……。

「それで、畑の整備、と言いますと……土を耕したり、作物を育てたり、といったこと、でしょうか?」

「うん。それそれ。そういうのもできるの?」

「はい。今までは、限りある神の力を畑で消費する訳にはいかないと思い、控えていましたが……豊作を祈ることもまた、聖女の役目ではあるので。神の力を使えば、畑の実りを倍にすることもできます」

「おおー」

 どうやら、食糧問題は然程心配しなくても大丈夫なようである。とにかく、信仰心さえ集められればなんとかなる。そういうことなのだろう。


「しかし、ミオ様。鉱山の魔物を倒した後、神の力を畑に使ってしまっても、よいのでしょうか……?そうすると、地下2階の魔物と戦うための信仰心を使い切ってしまうのでは……?」

 一方でナビスは心配そうである。今まで信仰心がカツカツの状態でやってきたナビスならではの心配なのだろうが……これについて、澪は然程心配していない。

「うん。人が来ればその分、信仰心は得られる。確かに鉱山を解放していって、目に見える成果を挙げた方が、村の人達もナビスを誉めやすいとは思うけどさ。でも、成果が特に増えていなくても信仰心が集められればいいってことでしょ?」

 今はとにかく、人を増やすこと。そして増えた人を維持し続けることだ。

 人が多ければ、信者が増える。信者が増えれば信仰心も増える。結局のところ、村の規模を大きくしていくことは、間違いなくナビスの力を底上げすることに直結するのだ。

「だから問題は、鉱夫の人達をどういう風に取り込んでいくか、ってことなんだよね。まあ、ある程度は村のノリに追従してくれると期待するけど……ある程度時間がかかることも考えて、やっぱり、食料と住居は真っ先に何とかしておきたいかな」

「そうですね……住居については、かつて鉱夫達が使っていたものがまだ残っているはずです。村の皆の力も借りて補修すれば、十分に使えるようになるかと」

「よし。じゃあ、鉱山地下1階を攻略したら、まずは鉱夫の募集。それから村の皆で家屋の補修をして、あと、畑!……そんなかんじかな?」

「はい。ふふ……忙しくなりそうですね」

 澪とナビスは笑い合いつつ朝食を食べ進める。

 やることは山積みだが、それはある種の楽しさを生む。澪は今、文化祭の前の準備のような楽しさを感じていた。


「じゃ、どうする?もう今晩にでも鉱山地下1階、行っちゃう?今回も私、お供するよ!」

 じゃあ早速!と澪が身を乗り出すと、ナビスは笑顔で頷き……頷きかけたところで、ふと、考え込んでしまった。

「……そう、ですね。ミオ様。鉱山地下1階へ向かう前に、ミオ様の装備を整えませんか?」

「へ?」

 そして、そう、ナビスは提案してきたのである。



 +



 ナビスはミオを伴って、村の一角へやってきた。

「ごめんください。テスタは居ますか?」

「はい、はい、儂はここに居りますよ、ナビス様」

 テスタは細工物の老職人である。魔物の牙や骨を加工する業に長けており、ナビスも何度か世話になっている。

 尤も、最近は質の良い魔物の牙や骨が手に入らず、専ら、貝殻などばかり加工していたようだが……。

「細工を数件、お願いしたいのですが」

「となると、ドラゴンの牙や爪、ですかな?腕が鳴りますなあ!実は、ナビス様がドラゴンを狩っておいでになったと聞いて、牙や爪を加工できるのを楽しみにしておりましてなあ」

 うきうきと道具を取り出し始めるテスタを見て、ナビスは内心、ほっとする。どうやら、仕事は請けてもらえそうだ。

「では、コボルドの牙が36本と、レッサードラゴンの爪を8本、そしてレッサードラゴンの牙を2本、お預けします」

「はい、はい、畏まりました。お代は売値の2割で結構」

 テスタは良心的な加工賃を提示してくれた。テスタほどの腕があるなら、3割か4割、加工賃として持っていってもいいほどであるのに、テスタはそれを良しとしない。『老いぼれに余計な金は不要!』と、テスタは笑って言ってくれるのだ。

「いえ、売値の5割、お支払いします」

 だが、今回はそうもいかない。ナビスは、きょとんとしたテスタを前に、条件を提示しなければならないのだ。

「その代わり、ドラゴンの牙は、ナイフに仕立てて頂きたいのです。そしてそのナイフは、売り物にはできません」

「ナイフに?」

「ええ。……ミオ様の武具が、欲しいのです」


 テスタは、『ほほう』と唸ると、まじまじとミオを見つめた。ミオは少々緊張した面持ちで立っていたが、テスタはそんなミオに微笑みかけて、『手を見せていただけますかな』と申し出る。

 ミオがそっと手を差し出すと、テスタはミオの手を取って、じっと、手を観察し始めた。

 ミオの手は、傷の無い、美しい手だ。のびやかで長い指と、女性の手にしては大きめの掌。ナビスの手よりは大きいが、男性であるテスタや、戦士であるシベッドと比べてしまえば、ずっとほっそりとしていて頼りなげに見える。

「……ナビス様、ミオ様。儂がお見立てする限り、ミオ様は戦い慣れたお方ではないご様子ですな」

「あ、うん。そうなの。正直、戦うの、別に得意じゃないっていうか……うん」

 テスタはミオの手から視線を外して、じっと、ミオの目を見つめた。

 その目は、優しくも厳しい職人の目である。

「だがあなたは、突然いらして、村の為に戦ってくださるという。慣れている訳でもない戦いに身を投じてくださるその理由は、何なのでしょうな……一体あなたは、何者ですかな?」


「あー、ええとねー……うーん」

 返答に淀むミオを見て、ナビスは助け船を出そうとする。『実は秘密裏に隣の町の神殿の見習いをお預かりしている』とでも言えば、テスタも納得するだろう、と。

 だが、ミオはナビスの前に手を出して、ナビスの助けをそっと、断った。

「私、迷子。ポルタナにたまたま流れついちゃった迷子で……それで、ここで当面、生きていかなきゃならなくなったの。そうとしか、説明できないんだ」

 ミオの説明を聞いて、テスタは、少々眉を動かす。その表情は、不信か、興味か。

「それでね……ナビスやこのポルタナを見てて、助けになりたい、って思うようになった。それは、本当。ナビスを助けることが私のためになるってのもあるけど、でも、それだけじゃない。ナビスを助けたい、って思ってる」

 テスタの視線に負けじと、ミオはテスタを見つめ返した。真剣で、熱意があって、眩しいほどの目だ。ナビスを引き付けてやまない、希望に満ちた目である。

「まあ、余所者だからさ、すぐに信じてもらうの、難しいと思うけど。でも、信じてもらえるように頑張るよ」

 ミオは笑って、そう言う。

『余所者』として突然ポルタナへやってきてしまったというのに、ミオは前向きで、明るかった。その明るさに、ナビスはどれほど救われたか。

「ミオ様については、私が全責任を負います」

 自分が口を出す場面ではないだろう、とも思いつつ、ナビスは前に進み出ていた。

「それに、テスタ。あなたもきっと、感じてくれているでしょう?ミオ様が灯してくださった、希望の光を」

 ナビスの言葉を聞いたテスタは、じっとナビスを見つめ……そして、1つ頷くと、再びミオへと視線を戻す。

「……ふむ。では、ミオ様。1つ、お伺いしたい」

「うん。何でも聞いて!」

 ミオが『かかってこい!』というように、テスタの信用を勝ち取ろうと身構える。テスタはそんなミオをじっと見つめていたかと思うと……ふと、にぱ、と笑って、言った。

「……ナビス様はー?」


 ミオもナビスも、ぽかん、としていた。

 だが、やがてミオの表情がぱっと明るくなり、そして。

「さいこーう!」

 ミオが腕を天へ突き上げて笑えば、テスタも、『ほっほっほ』と笑う。

 笑うテスタと安堵の笑みを浮かべて喜ぶミオを見て、ナビスはきっと、ミオよりも安堵していた。

 ……ミオが何者なのかは、分からない。だが、これほどまでに明るく希望の灯を燃やしてくれる人を、信じてみたい、と思う。

 ポルタナの皆も同じように思ってくれたら嬉しい、とも。




 それからテスタは、ミオの手の大きさを測ったり、様々な太さの棒を握らせてみたりして、ミオのナイフを作る準備を始めた。

 テスタ曰く、『質のいい牙ですからね。これなら柄を作って研ぎ上げるだけですから、明日の朝にはできあがりますよ』とのことなので、明日の夜には鉱山へ潜ることができるだろう。

「じゃ、明日、鉱山行っちゃう?」

「はい。これだけの信仰心が集まっている状態ならば、満月を待たずとも、十分に戦えるかと!」

「なら今日は聖水とかの準備の日にしよっか。前回、聖水ほとんど使い切っちゃったし」

 ナビスはミオに続いて、海辺の祭壇へと向かう。聖水は、あそこの海水を汲んで祈りを捧げて作るのだ。前回の戦いにおいて、ミオが器用に聖水を使いこなしていたことは記憶に新しい。今回も、多めに聖水を持って行った方がいいだろう。

 聖水は魔物に振りかけて攻撃としても使えるし、場の魔除けをするのにも使える。武器に振りかければ魔物に対してより強い効果を生む。ナビスも、聖銀の剣に祭壇で祈りを捧げて強化しているが……。


 ……そこまで考えたナビスは、ふと、足を止めた。

「あの、ミオ様」

「ん?」

「聖銀のラッパ、お持ちですか?」

「部屋に置いてあるけど……どした?」

 きょとん、とするミオに対し、ナビスは笑いかける。

「試してみたいことがあるのです」

 ……どうも、ナビスはミオにつられて、随分と積極的な性分になってしまった気がする。

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