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アイドルを讃えよ*2

「……そして、その時のナビスの姿ったら、綺麗だった!剣が光って、夜空に剣で線を描いているみたいで……」

 澪が語るのを、村人達は『ほうほう』と興味深そうに聞く。

 今や、澪の話は村人達の酒の肴としてすっかり楽しまれていた。

 澪が語るのは、ナビスの良さである。戦闘の様子や魔物の姿、鉱山の今の状態なども話して聞かせるが、結局のところ話の終着点は『ナビスっていいよね』である。

 普段、村の皆は、ナビスのことを『ナビス様』と呼ぶ。だが今は、畏れ多い聖女様の話を聞きつつも、皆が、娘や妹の活躍を聞くような笑顔で居るのである。

 それは、澪の視線を通したナビスの姿を聞いているからなのだろう。

 澪は最初から、ナビスのことを『ナビス』と呼んだ。基本的に澪は、同年代の女子は名前で呼ぶタイプである。呼び方を親しいものにしてしまえば、関係性も呼び方につられて付いてくる。案外、そういうものなのだ。そうやって澪は、自分に住みよい環境を整えていくのが得意なのである。

 さて、そんな澪の視点から見たナビスは、きっと、村人達が見るナビスの姿とは異なるものだったのだろう。

 何せ、澪はナビスのことを遠慮なく『可愛い!』と言う。『偉い聖女様』などとは言わない。……なので村人達は、澪につられて一緒に『ナビス可愛い!』の視点を持つようになってしまうのである。


 そしてもう1つ、澪の作戦があった。

「やっぱり、ナビスもちょっとは怖かったと思うよ。私も結構、びびったし。……あいつら、殺したら血が噴き出るしさ。そうじゃなくても、こっち見て襲い掛かってくるの、マジで怖いし。ナビスも、レッサードラゴンに一撃入れられそうになった時、『もうダメだ』って顔、してたし」

 澪は、ナビスの弱さも語った。

 ……ナビスのことを、『完全無欠な聖女』として語ることもできた。ナビスの美しさも戦果も、村人達が実際に今見ている部分だけを語っていけば、そのようにナビスを『完璧』に仕立て上げることだってできただろう。

 だが、澪はそうしない。

「でもナビスはやり遂げたんだ。私がナイフでレッサードラゴンを刺して怯ませてる間に、ナビスがもう一撃、金色に輝く剣でレッサードラゴンを、こう、ブスッ、と刺し貫いて……それでギリギリ、ドラゴン討伐に成功したってわけ!」

 少々脚色を加えて、レッサードラゴンにとどめを刺したのは澪ではなくナビスだったことにした。これは単に、『新入りが突然、ナビスから神の力を託されるなんて』と村人達が嫉妬に駆られなくて済むように、という配慮であったが、同時に、ナビスが成し遂げたことの大きさを強調するためでもある。

 はらはらした顔をしながら話に聞き入っていた村人達は、『ドラゴンが討伐された』というくだりを聞いてやんやの喝采を上げる。酔いも回って、なんともよい雰囲気だ。

「怖くても、相手が強くても、それでもナビスは勇敢に立ち向かった!みんなの思いに応えてくれた!……やっぱりナビスって最高の聖女様だよね?」

 澪の問いかけに、早速『その通り!』と声を上げる村人が居る。さらに負けじと、『ナビス様は最高の聖女だ!』と声が上がる。澪はそれらを煽って、話に聞き入っていた村人達から存分に声を引き出し……そして。


「じゃ、いくよー?ナビス様はー!?」

 澪が呼びかけると、『かわいーい!』と声が上がる。

「ナビス様はー!?」

 更に呼びかけると、『つよーい!』と声が上がる。

「ナビス様はー!?」

 そして最後に……『さいこーう!』と声が上がり、村人達が、わっと盛り上がった。

 更に、『ナビス!ナビス!』と澪が腕を振り上げつつ笑顔で声を上げれば、追従した村人達も『ナビス!ナビス!』と声を上げ始め……やがて、ポルタナの村全部を包むように、『ナビス!ナビス!』とナビスを称える楽し気な声が広がっていったのであった。


 ……こうして、澪は村人達にコールアンドレスポンスを叩き込んだのであった。

 尚、この間ナビスはずっと、隅の方で真っ赤になって『あわわわわ……』と混乱しながら、ふるふる震えていた。そして同時に、金色の光をほわほわと纏っていた。

 ……そう。

 信仰心が、集まっているのである!


「ねえ、ナビス」

 そこで澪は、ナビスに声をかけてみる。少々にやにやしてしまったのは性格が悪いかもしれない。でも仕方がない。恥ずかしがってふるふるしているナビスは、やっぱり可愛いのだ。

「は、はい、ミオ様。どうされましたか?」

「私、ナビスの歌が聞きたいなあ。駄目?」

 ナビスはきょとん、としていたが、今回のこの会が、信仰心を集めるためのものであることを思い出したらしい。

「……そういうことでしたら、その、僭越ながら」

 もじもじしながらも力強く頷いて、ナビスはそっと、隅の方から中央へと戻っていく。

 そこへ澪が『皆ー!世界一の歌が聞けるよー!』と声を掛ければ、村人達も大いに盛り上がってナビスを迎え入れる。

 ナビスは相変わらず恥ずかしがり、戸惑ってもいたが……同時に、村人達から好意的に『すごい!えらい!』と声を掛けられて、嬉しそうに微笑んでもいた。

 そんなナビスの歌が始まると、いよいよ皆は歌に聞き惚れ、そしてナビスへ声援を送り、大いに盛り上がったのである。




 澪は村人達を眺めながら、『めっちゃ覚え早いじゃん』といっそ感動すら覚えていた。

 今や、澪が呼びかけずとも、村人達の中から勝手に『いやあ、ナビス様は最高だ!』と声が上がるようになっている。すっかり酔いが回っていることも原因だろうが、やはり、彼らの心の根底にはナビスへの好意があるのだろう。ナビスは皆に好かれる聖女様なのである。

 ……だが、そんな中に、見覚えのある姿が混ざっていないことに気付いて、澪はきょろきょろ、と辺りを見回し……。

「あ、居た。シベッドさーん」

 篝火から離れた位置で1人佇んでいた長身の青年をようやく見つけて、澪は笑顔で近づいていく。

 澪が近づいていくにつれ、シベッドは『なんだよ』というような、いかにも警戒しているような顔をしてみせたのだが、澪は構わず近づいて、ナイフを差し出す。

「ありがとね。これ、役に立った」

 ナイフを差し出されたシベッドは、何やら拍子抜けた様子で、ああ、とかなんとか言いながらナイフを受け取った。

 彼もまた、さっきの澪の語りを聞いていた。ナビスがどのようにして戦い、勝利を収めてきたのか。それを聞いていた以上、ナイフが役に立った、ということもまた、分かってくれているはずだ。

 澪は尚もシベッドへ笑みを向ける。

「とりあえず、シベッドさんに託された分は頑張ってきたよ」

「……ああ、そうかよ」

 澪がナビスに付いていくことを、反対していたシベッドのことだ。今、複雑な気持ちになっているのだろうな、と澪は推測する。

 ……だが、シベッドは顔を顰めると、澪がまるで予想していなかったことを言った。

「……さん、とか要らねえよ」

「へ?」

 澪が『なんのことよ』と思い、きょとん、としていると……シベッドはぶっきらぼうに、続けた。

「シベッド、でいい。この村じゃ皆、俺のことをそう呼ぶ」


 ……澪は、自分が笑顔になったのが自分でも分かった。

 この、いかにも気難しそうな、ツンツンした人が、少しは心を開いてくれた。それが澪には、嬉しいのである。

 シベッドが澪を警戒しているのは、自分の立場を奪われたくないという思いがあったからだろう、と澪は推測していた。ナビスの他に唯一戦えて、ナビスを守ることができる戦士の立場。それを澪に脅かされることを、シベッドは警戒していたように見えたのだ。

 だが……今、こうして歩み寄ってくれているということは、澪を認めてくれたということだ。共にナビスを守る立場として、澪は、認められたのである!


「そっか。じゃあ『シベちん』って呼ぶね!」

 なので澪は、笑顔でそう言った。


「……は?」

「ねえ、シベちんってどうやって戦ってんの?いつかどっかで一回、参考までに見せてほしいなあ」

「お、おい、さっきから何言ってんだ?いや、戦うのを見てえならそれはいいが……お、おい、しべ、なんつった?おい」

「わー、シベちんは良い人だねえ。ありがとー。じゃあ都合のいい日教えてよ。私も戦う訓練、しといた方がよさそうかなーって今回ので思ったし」

「くそっ、話が通じねえ……!」

 シベッドは只々、混乱していた。だが、そんな混乱ぶりも楽しく嬉しく思いつつ、澪は遠慮なく、『シベちん』と呼ぶことにした。

 ……こうして距離をぐいぐい詰めていく。仲良くなれれば協力は強固になる。そして、よりよいものを作り上げていくことができる。

 澪はそれを、知っているのだ。



 +



 日付が変わる頃、村の皆が笑顔でそれぞれの家へと帰っていく。彼らの表情は、満足感に満たされていた。そう。久しくナビスが見ていなかった表情である。

「……すごい」

 小さく呟いて、ほう、とナビスは息を吐き出す。

 閉塞感の中で生きていたポルタナが、今、こんなにも明るい。先細る未来を憂うのではなく、切り開かれて行く未来に希望するようになってしまった。

 そして何より……今、ナビスの元には、今までにないほどの信仰心が集まっている。


「ナビスー!おつかれ!」

「へ?きゃあ!」

 そこへミオがやってくる。ミオは、がばっ、とナビスに抱きついてくるものだから、ナビスは驚くしかない。

 ……だが、ミオの柔らかくしなやかな躰に抱きしめられてしまうと、どきどきしつつも妙に落ち着く。人と人との触れ合いの心地よさを思い出して、ナビスは目を瞬かせた。

「で、どう?どう?信仰心、集まった?」

 やがて、体を離したミオがわくわくとした顔でそう聞いてくるので、ナビスはミオに負けないくらいの笑顔で頷く。

「はい!今までにないほどに、信仰心が集まってきています!」


 ナビスは自分を満たす温かな信仰心を味わいながらミオを見上げ、『ああ、やはりこの方は神の御使いなのではないかしら』と思う。

 ミオが扇動した祭では、村人達は今までになく楽しそうだった。大いに盛り上がり、皆がナビスを称えた。皆、笑顔だった。

 そしてそこから、こんなにも沢山の温かな信仰心が届いたのだ。にわかには信じがたく……しかし、これがミオの力だというのならば、すとんと納得できてしまう。

 やはりミオは、神がポルタナを憐れんで使わしてくださった神の御使いなのではないか、と。ナビスはそう、思うのだ。


「そっか。じゃあ……鉱山の地下1階、いけそう?」

 だがそこでミオが放った言葉に、ナビスは驚く。

「ほら、鉱山を取り戻したらきっと、人が戻ってくるんじゃないかな、って思って」

 ナビスは驚き、驚きながらも……強く強く、希望を感じる。

 それは、ミオがポルタナへやってきた時と同じくらいに、強く。或いは、ミオがレッサードラゴンを倒したあの瞬間のように、強く。

「ねえ、ナビス。ちょっと確認したいんだけど……今後のひとまずの目標、ポルタナの復興、ってことでいいかな」

 ……ポルタナの、復興。

 ナビス1人では決して成し得なかったことが、ミオと一緒ならば、できる気がする。




「ポルタナを村興しするためには、まず、産業が必要でしょ?人が居ないことには廃れていく一方ってことになりそうだし」

「ええ、その通りです」

 ナビスは頷き、ミオへ簡単に説明する。

「元々は、ポルタナは漁業と採掘の村でした。魚を獲って食料とし、鉱山で得られた鉱石を売ってお金にして……私が小さい頃にはまだ、鉱山が活気づいていました」

 ナビスの記憶にあるのは、活気のあるかつての鉱山だ。

 鉱山の地下1階では、質のいい鉄が採れる。また、水晶などの宝石が出ることもあった。

 また、地下2階では金が出る。これは鉄と併せて、ポルタナの重要な特産品であったのだ。

 そして……地下3階。そこでは、聖銀が採れるのである。

「ポルタナの鉱山は、質のいい鉱石が採れる場所です。そうした霊脈の上にあるらしく、自然と鉱石が湧き出てくる、とか」

「えっよく分かんないけどすごいね?」

「はい。そうなのです。……ですから、魔物が出なければ、鉱夫達がやってきて、鉄や金を採ることができるのです」

 鉱夫達がやってきては、採掘していく。鉱夫達はポルタナで宿や食事を摂り、お金を落としていく。また、鉱石はポルタナの重要な特産品となって、他の町とのやり取りに使われる。

 そう。鉱山は、このポルタナの心臓と言っても過言ではないのだ。


「鉱夫、かあ。……うん、そうだね。彼らを呼び戻すためにも、鉱山を取り戻すのは必須だよね。じゃあひとまず、鉱山の地下1階までは解放したい、ってかんじかな」

「はい。鉱山の地下1階だけでも、鉄や水晶が採れます。近頃は各地で魔物が増えているようですから、鉄の需要は大きいかと。となれば、鉱夫を募って来てもらうことも、できるはずです」

 未来が見えてきた。そんな気持ちでナビスが頬を紅潮させると、ミオは元気に頷いて……言った。

「だよね。それで鉱夫の人達が集まってきて……ライブを開ける!」


「ら、らいぶ……?」

「よし!まずは鉱山の解放!それから……あっ、折角だからグッズとか作る?最初は無料配布でさ、それから徐々に少額だけど有料のグッズとか作ってくの、どう?」

「ぐ、ぐっず……?」

 ナビスは、戸惑っていた。大いに、戸惑っていた。

 聞きなれぬ言葉が飛んできた気がする。意味が分からない。無料、有料、とミオは言っているが、何か配ったり売ったりするのだろうか。免罪符のようなもの、だろうか。

「いやー、考えてたら楽しみになってきたなあ!えへへ、頑張ろうね、ナビス!」

 ……だが、この感覚は、嫌ではない。

 ぐいぐいと引っ張っていかれる感覚。導かれ、希望の光が徐々に強まっていくこの感覚。

 久しく味わっていなかったこれらが、今のナビスには、とても嬉しい。

「はい!よろしくお願いします、ミオ様!」

「こちらこそよろしくね!」

 ナビスは差し出された手を握って、微笑んだ。

 ……明日からまた、新しいことが始まる。その気配に、心を躍らせて。

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