縁起(真)
R15?
雨か。空気がじっとりと重い。この世界の正気は薄いが、『野分』に備えて川の土嚢積みをしている。
「あそこの畑の持ち主は?」
たしか前から何も植わって無かったはずだ。
「あそこは去年じいさんがおっ死んじまって、それからは荒れ放題だよ」
「そうか。その先は?」
「その先?村の外だよ!」
そんな話をしている内に土嚢はあらかた積み上がった。
「あんがとな。お前も危なくなったら嫁さん連れて逃げれ」
多少は聖女のことも気にかけているようだ。嫁ではないが。
その二日後、川は決壊。
魔王は目を着けていた荒れ地に穴を空けて、川の流れの一部をその大穴に誘引した。
残りの魔力はすっかり使い果たしてしまった。
◆
翌年。
いつも通り村に物々交換に行った魔王は、手ぶらで洞穴に帰った。
「どうしたの?」
「やっかいな流行病が広まっているそうだ。物だけ村の入り口に置いてきた。しばらくは村に近づくな」
まあ、彼女はあの日から一度も村に降りていないが。
と言ってるそばから、彼女は麻袋に薬を詰め出した。
「解毒の術は?多少は薬草も残っています」
「俺は解毒の術は使えない」
もう魔法自体使えないが。
聖女は解毒魔法と治療魔法、薬草で村人の病を治していった。
以降彼らの聖女に対する呼び方は『鬼』から『天女』に変わっていった。
「神の力はからっぽ。もうどうあってもあの世界には帰れない」
元の世界のことなどたまに配下のことを思い出すくらいですっかり忘れていた魔王に対して、聖女はまだ帰ることを諦めていなかったようだ。
◆
翌年。
「嫁さんと一緒に里さ下りて来ねえか?」
「嫁ではない。こちらでは呉越同舟と言ったか。そんな間柄だ」
「そうか。いいおなごを紹介しようか」
魔王は仮の嫁の姿を想像して、頭を振る。
「いや、いらない」
頭の中に浮かんだのはあの面白くて弱くてかわいい女だった。
「兄弟でもねえ二年も一緒に住んで、何もねえってことはねえだろう」
「そういうものか?」
◆
「という話が出てな。やるか?」
魔王が村での話を伝えると、一瞬ぽかんと口を開けた聖女は意味を悟るなり顔を真っ赤にして怒りだした。
「・・・、っさいてー!一緒に山を降りるか?ならまだしも、なんて事を言うの」
「食欲と睡眠欲は思い出したが、そういえばもう一つあったなと・・・」
「一生忘れてなさいよ!...。一応聞くけれど、求婚のつもりなの?」
「そうだが?」
聖女はため息を漏らした。
聖女が魔王の求婚に頷くのはもう少し先の話。
ーもう夫婦みたいなもんだろ。さっさと諦めろ。
ーそうね。諦めるわ。