第85話 憂鬱な行事
ゴールデンウィークが明けると、すぐに体育祭が近づいてくる。
谷塚高校の体育祭は、四チームに分かれるのことになっていて、一組二組が合同。三組四組が合同。と言うように、八クラスまである組を分けていく方式だった。
つまり、紗奈と悠も、仲良くなった友達も、みんな同じチームなのだった。
「種目決めをしていきます。各種目ずつ聞いていきますので、その種目に出たい方は手を挙げて下さい」
今日は、ロングホームルームの時間に体育館で、一、二組合同で種目決めを行う。
体育祭実行委員が前に出て、ホワイトボードに大きく印刷した種目決めの紙を貼った。
人気なのは玉入れと障害物競走。あまり運動神経を使わない競技達だ。紗奈もそこに手を挙げている。
「北川さんは二人三脚に出ない? 俺がエスコートしてあげるよ?」
「私、走るの得意じゃないから……玉入れがいいです」
紗奈がしゅんと肩を落として玉入れを希望するので、男子達がこぞって譲ろうとした。
「いや、普通にじゃんけんで」
と、体育祭実行委員である慎吾がスパッと真顔でそう言ったので、希望者でじゃんけんをする。
紗奈は見事に負けてしまって、二人三脚も嫌だったので、徒競走に出ることになった。徒競走には悠がいたので、それに妥協してしまったのだ。
しかし、悠がいるとしても、紗奈にとっては物凄く憂鬱だった。
。。。
「憂鬱だなあ……」
今日は料理部が休みで、紗奈は悠の家に遊びに来ている。
もう、何度かここに足を踏み入れているので慣れたものだが、未だに隣の寝室には入ったことがなかった。男の子とはいえ、寝室を見られるのは嫌なんだろうな。と紗奈は思っている。
「はい。オレンジジュース」
「ありがと……」
悠が持ってきたオレンジジュースを陰鬱とした表情で口に含むと、悠が優しく頭を撫でてくれる。
「なんで徒競走にしたの」
「二人三脚は嫌だったんだもん……。徒競走には悠くんもいたしさ」
今もしゅんと落ち込んでいて、悠の撫でてくれる手に、甘えるように擦り寄ってきた。
「俺も山寺桐斗と二人三脚なんてさせたくないから、もし選んでたら俺が立候補したけどね」
「そんな事したらバレちゃうよ」
「紗奈をアイツに渡すくらいなら、バラす」
悠はそう言うと、不貞腐れた顔をする。紗奈は一瞬嬉しさに頬を緩めたが、すぐにまた、しゅんと落ち込んだ。悠が犠牲になるのは嫌だったのだ。
「……無理するのは嫌。ちゃんと断ったもん」
ポスッと悠の肩に頭をのせて、そのままグリグリとする。
甘えていると分かる行動に、悠はくすくすと笑って、紗奈の頭からカチューシャを取った。紗奈は急に頭が軽くなったことに驚いている。
「あ……」
「つけたままじゃ、紗奈の頭が痛いでしょ?」
悠は紗奈から取ったカチューシャをそっと机に置くと、存分に甘えさせてやる。
「おいで。紗奈」
「うん……」
手を広げて紗奈を待ってくれているので、今度はその胸にポスッと顔を埋めた。
「一緒に頑張ろうね」
「うぅ……私、運動苦手なんだもん」
これが、紗奈が体育祭を憂鬱に思う理由だった。
小学生の頃も、中学生の頃も、紗奈はあまり運動神経を使わなくて済む競技に出ていた。今回もそうならまだ良かったのに……そう思って、また落ち込んでしまう。
「大丈夫だよ。他にもじゃんけんで負けた人、流れてきてるし。運動が苦手なのは紗奈だけじゃないだろ」
「お父さんとお母さんは運動出来るのになあ……」
父は高校時代はサッカー部で、一年生からレギュラーだった。もちろん、運動は得意。
母も高校時代は柔道部。柔軟に体を使う運動が得意だったし、体育の成績だって悪くはなかったはずだ。
「なんで私は運動苦手な子に産まれちゃったんだろーっ!」
やっぱり紗奈はグリグリと頭を押し付けてきた。悠はくすくす笑うと、優しく紗奈を抱きしめる。そして、ポンポンと子どもをあやす様に扱った。
「よしよし。紗奈が苦手でも、俺達がカバーするよ」
「悠くんは運動得意なの、いいなあ」
高校生になるまでは知らなかったのだが、体育の時にたまに見かける悠は普通に運動が出来ている。と言うより、むしろ得意な方だった。
悠の見た目に油断した何人もの男子生徒が犠牲になって、「詐欺だ」と文句を言っていたのも、何度か耳にしている。
「中学時代は苦手そうに見えてたんじゃないかな? 隠してたし」
悠は中学生の時は、あまり運動が出来ないフリをして、体育の成績は丁度真ん中辺りになるように調節していたのだと言う。
「それも隠してたの?」
「うん。でも、堂々と紗奈の隣を歩く練習。ちょっと目立つけど、隠すのは止めたよ」
拗ねていた紗奈がふと顔を上げる。急に顔を上げたので、悠は驚いた。思ったよりも間近に顔が来たので、ほんのりと頬を赤く染めてしまう。
「悠くんが私のために努力してるなら、私も頑張る! 運動苦手だけど…頑張るね!」
紗奈は力強い声で、真っ直ぐに悠を見すえながら宣言した。
「う、うん。やる気が出たなら何よりだけど」
「だから……頑張ったら、ご、ご褒美が欲しいなあ」
可愛らしく上目遣いをされて、悠はごくりと喉を鳴らす。紗奈が物凄く照れた顔をしていたからだ。