前へ次へ
93/307

第83話 素朴な疑問

「てか、山寺よりかっこよくね?」


 まじまじと悠の顔を見つめていた千恵美が、ふとそんな事を言った。


 悠本人は驚いてしまうが、春馬も美桜も、彼女だから当然とも言えるが、紗奈もそれに同意している。

 

「イケメンすぎてビビったもん」

「と言うか、山寺くんは性格に難アリだからねえ……。紗奈ちゃんにこんなに素敵な彼がいるなら安心だね」


 千恵美達三人は和んだ様子で「うんうん」と頷きあっている。


 悠にはその様子が疑問だったようで、首を傾げた。


「あの人、空気感を操るの得意みたいなのに、そうやって言う人もいるんだな……」


 それを聞いた美桜が苦い顔をする。


「私は春馬と遊ぶうちに、性格も男の子っぽく成長しちゃって。かっこいい子にキャーキャー言う性格でもないのよね。と言うか、あの人の嫌な性格も結構目につくのよ」

「うちも、美桜の嫌な奴はうちにとっても嫌な奴だし」


 と、千恵美も肯定した。


「そっか。だから紗奈も信頼してるんだな」

「え? 信頼してくれてるの!? 紗奈ちゃん!」


 千恵美は嬉しそうに紗奈を見ている。また抱きついてしまいたくてうずうずしているようだった。そわそわと手をさ迷わせている。


「えっと、うん……」

「紗奈が信頼してるって言うから、全部隠さずに会いに来たんだよ」


「ふふっ」と悠が笑うと、紗奈が照れくさそうに俯いた。

 

 そして、紗奈の可愛い仕草にやられてしまった千恵美が、我慢できなくなってまたもやハグを仕掛けてくるのだった。


。。。


 場所を移動して、自然公園の中の、春の花が沢山並んでいる花壇のそばまで来る。そこでレジャーシートを広げ、持ってきたお弁当を広げた。


「うわあ。紗奈ちゃんのお弁当すっごーい!」

「うちのお母さん、お料理が得意なの」


 嬉しそうにはにかんで、紗奈はお弁当を全部広げきる。


 悠の好きな玉子焼きもあるし、お弁当らしく、タコさんウインナーや飾り切りされた茹で人参もあった。唐揚げも、時間が経っている今でもベチャッとした感じはなくて、美味しそうに箱に収まっていた。他にもスパゲティや、可愛らしい一口サイズのおにぎりも、全てが美味しそうだった。


 入っているものは定番ばかりだが、それを色とりどりに飾っているので豪華に見える。


「凄いよね。俺、玉子がほしい」

「好きだよね。お母さんの玉子焼き」

「それ味付けが美味い」


 まるで夫婦のようなやり取りに、乙女二人がうっとりと見とれた。春馬だけはあまり関心を持たず、「仲がいいなあ」と穏やかな表情で眺めている。


「ねえ。気になってるんだけど、聞いてもいい?」

「ん?」


 玉子焼きを口に運んで、美味しそうに蕩けた表情を見せた悠に対し、美桜が首を傾げた。

 

「それだけの美貌を持って、なんで顔を隠したがるの?」


 美桜がそう聞くと、他の二人も気になったのか、じっと悠を見つめてくる。


「ああ、えーっと……」


 何をどう話そうか。と悠は迷った。聞かれる予想はしていたし、紗奈が信頼している人だから、素性を話したって構わないと思っている。


 しかし、全てを話す訳には行かない。


 悠が子役を辞めるきっかけになった事件は、実際は『悠が嫌がらせの主犯に、プールに突き落とされた』というものだが、ニュースになったのは『不注意な転落事故により、危うく溺死』というものだった。


 世間では、あの事件は事故として処理されているのだ。


「…君達のクラスの山寺くん」

「うん」

「いつも女子に囲まれてるでしょ」

「そうだねえ」

「ああいうのが苦手で……。あと、妬みとかも嫌だし」


 手探りに、核心は言わないが、本当の話を混ぜて軽く説明して様子を見る。


「妬めるほど自分の容姿が良くないからなあ。注目はされるだろうけど」


 春馬に苦笑されてしまい、悠は小さな声で呟く。もう少し核心に近い部分を、口にした。


「昔、嫌がらせされてたから、それからずっと自信なくて、顔隠してた」

「え! 嫌がらせとか最低じゃん!」


 情に厚い性格をしているようで、千恵美が憤る。


「今はされてないよ。紗奈と付き合ってから、ちょっとずつ自信をつけたくて。ずっと付き合っているのを隠したままなのも嫌だし」

「じゃあ、今日紹介してもいいって話になったのも……」

「うん。紗奈が藤瀬さん達に聞かれた事を教えてくれたから。紗奈が信頼してる人だし、是非会いたいって言ってくれたんだろ?」


 にこっと控えめに笑うと、色々と聞きたがった千恵美と美桜が照れくさそうに頭をかいた。


「うん。まあ……」

「紗奈ちゃんを射止めた人だし、気になっちゃって」


 そう言われると、今度はこちらの方が照れてしまう。悠は恥ずかしくて、誤魔化すように弁当の中身を口に含んだ。

前へ次へ目次