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第82話 衝撃の対面

 五月の四日。今日は、紗奈の友達に悠を紹介する。と約束した日だ。みどりの日という事で、自然公園に遊びに行く予定である。


 今日の悠は、しっかりと髪をあげて、顔を見せるスタイルで紗奈と待ち合わせていた駅に向かった。自然公園の中でお昼にお弁当を食べる予定があるため、朝から待ち合わせている。


「悠くん!」

「紗奈。おはよう」 


 今日の紗奈の服装は、みどりの日に合わせて、白いボリューム袖のブラウスに、モスグリーンのベストワンピースを着ている。髪型は高めの位置でお団子にしていて、悠にとっても新鮮だった。


「今日はお団子だ。可愛いね」

「ありがとう。悠くんもかっこいいよ」


 悠は白シャツに透かし編みのグレーのカーディガン。下は濃いグレーのワイドパンツを履いている。今日は珍しくネックレスをつけていた。シンプルなデザインだが、かっこいい虎が小さく掘られている。


「ありがとう。待ち合わせは相模原だっけ?」

「うん! 相模原市にある大きな自然公園みたい。噴水とか、花壇いっぱいのお花とか。素敵なものが沢山あるんだって!」


 紗奈があんまり楽しそうに言うものだから、悠の緊張が少し和らいだ。くすっと笑って、紗奈を慈しむように見つめる。


「そっか。楽しみだね」

「うん! 悠くん……。怖くなったら、遠慮しないで甘えてね?」


 紗奈は悠の手をギュッと握り、そう言った。今も優しい表情で紗奈を見つめていた悠が、その手を優しく握り返す。

 

「怖くなくても甘えたいけど」

「え? あっ……甘えていいよ?」


 悠が甘く微笑めば、紗奈はもじもじと恥ずかしそうにする。それがまた可愛らしいものだから、悠はくすくすと笑った。


(大丈夫。俺には紗奈がいるから……)


 紗奈の前では笑っている悠。しかし、最初より和らいだとはいえ、今もかなり緊張していた。


。。。


 悠の緊張は、自然公園がある場所の最寄り駅についたところで、元気な千恵美の紗奈へのハグを見て、全て吹き飛んだ。


「紗奈ちゃんっ!」

「わ。チエちゃん。おはよぉ」

「え、えぇ……?」


 突然自分の彼女を奪われた悠は、ぽかんと口を開いて、行き場の無い手をさ迷わせる。


「相手さんが驚いてるよ。チエ」

「チエちゃんたら……。ごめんなさい。あの子、可愛いものが好きなものだから」


 保護者? の二人が千恵美を押さえて、謝罪してくる。今も驚きが消えない悠は、(確かに紗奈は可愛いよなあ)と、少々ズレたことを考えていた。


「もう。チエちゃんってば!」

「ごめん」


 頭を下げてくる千恵美を見て、やっと現実に戻ってきた悠は、そこまでさせてしまったことに、逆に罪悪感を抱いてしまった。

 

「いや。別に、大丈夫だよ」


 ニコッと笑うと、悠が放心している間に解放された紗奈が、悠の隣に立って紹介してくれる。


「あのね、一組の小澤悠くん」

「えっと、はじめまして。小澤悠です。藤瀬くんとは、一度だけ会話した…かな?」


 ぺこっと女子二人に頭を下げてから、今度は春馬をちらっと見て、遠慮がちに言う。


「あ、ああ。うん。小澤とはしたけど。え? 小澤? 小澤って、前髪が長いあの小澤でいいの?」

「いいです。そうです」


 悠が手で軽く目元を隠すと、春馬はビクッとした。「マジだ……」と小さく呟いている。


「春馬くんとお話したことあったの?」

「話っていうか、体育のテニスの時に対戦した事があって。よろしく。程度の挨拶を」

「普通にボール打ち返してくるから、あの前髪でどうやって見てるんだろうって思ってた」

「えっ。そんなこと思われてたの、俺」


 予想外の記憶のされ方で、悠の口元がが軽く引きつる。


 一方、紗奈も言われてみれば……と、今更ながら思った。前髪がほとんどの顔を隠しているのに、悠は普段からよく気がついてくれる。


「……紗奈。気になるなら口で言って」


 じーっと悠を見ていたら、頭をぽんと撫でられた。


「よく見えるね?」

「慣れてるだけ。もうずっとああだし」

「へぇ……」


 春馬は既に馴染んできたようだが、女子二人組は無理だった。


 何せ、悠はアイドル顔負けの容姿をしているのだから無理もない。驚いて固まっている。


「もう一回、顔隠してみて?」

「え? こ、こう?」

「見たことあるっ!」


 さっきのでは誰だか認識できなかったようで、千恵美が「やっとわかった!」と大きな声を出す。


 悠は間近で叫ばれたので、ビクリと肩を揺らした。


「お、おお……うん。解決したようでよかった?」

「訳分からないなら遠慮なくそう言っていいから。ほら、チエ。謝って」


 悠はさっきも思ったが、やはり春馬が千恵美の一番の保護者のような存在らしい。彼が軽く咎めると、千恵美はすぐに大人しくなって、素直に悠に謝った。


「ご、ごめん。興奮してつい」

「私も……放心しちゃってたあ」


 今もまだ驚いている。美桜はそう呟きながらも一点を見つめて立っていた。


「あの、大丈夫?」

「うん。大丈夫。紗奈ちゃんが好きになる人だもん。芸能人が出てきてもおかしくないって感じ。まあ、実際は隣のクラスの子だけど」


 実は元芸能人だ。なんて言えなくて、悠は苦笑するしか無かった。

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