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第78話 逢瀬の時間

 結局、紗奈と悠は、お風呂の後にどこで会うか、なかなか決まらなかった。


 海を見下ろす形でなければ、悠も水場が絶対に駄目だという訳でもないので、人気(ひとけ)の少ない海の岩場も考えたのだが、夜に海は体も冷えるし、少し危険だった。


『神社側は? 夜は出店もやってないから、人は少ないと思う』

『そうする?』

『じゃあ、お風呂から出たら。少し抜け出して会おうか』

『うん!』


 紗奈がそう返事をしたら、悠から羊のシィのスタンプが送られてくる。ハートを抱きしめているシィのスタンプで、とても可愛い。


 それに、悠からの愛情が伝わってきて、(早く会いたいな)と紗奈は思った。


「何見てんの?」

「えっ!?」


 女子部屋で荷物を整理していた千恵美に、そう聞かれる。紗奈の顔に嬉しい気持ちが顕れていたから、気になってしまったのだろう。


「なんか嬉しそう」

「好きな人からだったりしてー」


 美桜の言葉が図星で、紗奈の顔はカーッと一気に赤くなった。二人はそんな紗奈を見ると、キラキラと目を輝かせる。


「紗奈ちゃんって好きな人いるの!?」

「誰? うちの学校? うちのクラス?」


 女子特有の恋バナが始まりそうで、紗奈は困ってしまった。悠の事は内緒にする約束だし、会う約束も内緒の話だ。


 顔に出してしまった紗奈の落ち度だが、オロオロと迷ってしまった。


「な、内緒……じゃ、駄目?」

「えー。気になるよー!」

「モテモテの紗奈ちゃんが好きになる人だよ? アイドルみたいな、かっこいい人?」


 そう言われると、悠はたしかにかっこいい顔をしている。と紗奈は思う。今でこそ、優しい悠の事が大好きな紗奈だが、最初は悠の綺麗な優しい笑顔に惚れたのだ。


 それに、悠はイケメンで有名だった元人気俳優の息子だし、アイドルと並んでも遜色ないほどかっこいい。と言うのは、彼氏だから贔屓目で見ているのではなく、事実でもあった。


「うぅ…内緒って約束なの。許してぇ……」


 紗奈は真っ赤になって、涙目でそう訴える。


「残念だけど、そんな可愛い顔でお願いされたらこれ以上は聞けないなあ」

「それでも、いつか教えて欲しいけどね」

「うん。いつか……」


 せっかく友達になれたのだから、紗奈だって恋バナを楽しんでみたい。いつか堂々と悠を紹介できる日が来たら嬉しい。と紗奈は思った。


「相手は聞かないから、何話してたか気になるなあ」

「確かに……。あんなに嬉しそうな顔をしてたんだもの。気になっちゃう」

「それは……そのぉ……」


 秘密で会おう。と言う話だったが、お風呂の後にいなくなるのだから、心配はかけないように班員の二人には伝えておくべきなのかもしれなかった。


「お風呂の後にちょこっと時間、貰えたから」

「えー? デートじゃん!」

「いいなあ。素敵ー!」


 二人はお互いの手を合わせてくっつき、紗奈をキラキラとした目で見つめてくる。


 紗奈はやはり恥ずかしくなってしまい、赤い顔を両手で包んで「勘弁してください」と懇願するのだった。


。。。


 約束通り、神社の方で悠に会った。その時に、美桜と千恵美に少しだけ話してしまったことを告白して、謝った。


「ううん。気にしないでよ。確かに、急にいなくなったら心配だもんな」


 石段に並んで座って、悠は紗奈の肩を抱き寄せならがら、そう言った。


「寒くない?」と聞いてくれたので、紗奈は小さく頷いておく。むしろ、悠のおかげで暑いくらいだった。


(お風呂の匂いだ……。それに、暖かい)


 と、紗奈は悠の肩に軽く擦り寄ってドキドキと胸を高鳴らせる。


「ねえ……。紗奈にとって、その人達って信頼できる人?」

「え? うん…誰かに言ったりはしないと思う。しつこく聞くのだって、辞めてくれたし」

「そっか……。ねえ、紗奈。俺も紗奈の彼氏は俺だって堂々と言いたいし、練習…じゃないけど、紗奈の信頼してる友達なら、俺も話してみたいなって思う」

「大丈夫なの?」


 紗奈は顔を上げると、そう言った。悠を下から見上げたところ、瞳がチラッと見える。


 紗奈だって、友達に悠の事を話したいと思っている。「とってもかっこよくて、優しい王子様なんだよ」って自慢したい気持ちがある。


 でも、悠は無理をしていないだろうか。そう思うと、やはり心配だった。


「少しずつでも、紗奈に相応しい男になれるように頑張るから」

「今でも充分素敵な人だよ?」

「それでも。嫌だ、怖いって、紗奈に甘えてばっかりじゃかっこ悪いから。頑張らせて欲しい」


 きゅっと紗奈の肩を掴む手が強ばって、紗奈は悠をもう一度見上げる。真剣な表情だ。真っ直ぐに紗奈を見つめて、紗奈の返事を待っているのがわかった。


「うん……。私のために頑張ってくれてありがとう。会ってくれるかどうか、またお話してみるね」


 紗奈は小さく微笑むと、今度は肩ではなく、悠の胸を目掛けて頭を傾ける。すりすりと擦り寄ってくるから、悠はくすぐったくて思わず笑みが零れた。その上、風呂上がりのいい匂いが香ってきて、妙に照れくさい。紗奈が持つ特有の、甘い匂いもするから、余計に照れてしまった。


「あのね。悠くんは素敵な人なの。もしも、何か言われちゃって、また自信がなくなっても……。私が何回だって言うよ。悠くんは優しくて、とっても素敵な人なんだよって!」

「ありがとう、紗奈」

「だから大丈夫。ちょっとずつでも、変わろうとしてくれることが嬉しい」


 紗奈の声を聞いていると、悠の心はどんどん安らいでいく。勇気を貰える。


「うん。紗奈のそばにいると、勇気が湧いてくるよ」

「……大好きだよ。悠くん」

「俺も。紗奈が大好きだ……」


 二人は優しくハグを交わす。二人の逢瀬はもう少しだけ続いた。

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