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第77話 フラッシュバック

※今回、トラウマによる発作の描写があります。軽い描写ではありますが、念の為に注意して読んでください。

 悠達の班は、江ノ島にある神社について調べることになっている。


「か、階段……多いね……」

「疲れたあ……っ!」


 大人しい人達が集まったためか、悠達の班はインドア派が多い。そのため、神社に向かうまでの長い階段の途中で、ほとんどの班員が息を切らしていた。


「海とかのが楽だったかなー……」

「海は海で大変そうだけどねえ…まだ海に入れる気温じゃないから、寒いだろうし」


 この中で余裕そうな顔をしているのは悠だけだ。悠はよく父親に連れ回されるので、ある程度体力もある。実は運動神経も良かったりする。体育の授業で驚かれたのは、まだ新しい記憶だった。


「小澤ってギャップだよな」

「こんだけ長い階段を上がっても平気そうにしてるんだもんね」

「結構おしゃれだし」


 ギャップと言われても。と思い、悠は苦笑する。髪を上げれば、ギャップでも何でもなくなる気がしたからだった。


 イケメンで運動が出来ておしゃれなら、「ああ、そうだよな」と納得されるだけだろう。


「もうちょっとだから」


 と悠が励ましながら、なんとか階段を昇り切り、神社に到着する。


 手を清め、お参りをして、祀られている神様だとか、どんな部門の神様なのか。とか、色々と調べながら境内を散策した。


「おみくじ引いても怒られないよね?」

「レポートさえちゃんとしてたら、食べ歩きも自由でしょ? いいんじゃない?」

「じゃあ、恋愛みくじー!」


 女子はそういったものが好きだ。みんなして恋愛のおみくじを引いている。


「立花さん。どうだった?」

「ふふ。結構良かったよ。中吉」


 男子達も引くように。と催促をされたので、悠も同じ恋愛みくじを引いてみた。結果はあおいと同じく中吉だ。


「中吉」

「小澤って好きな人とかいるの?」


 寛人はなんとなくそう思ったらしく、不意にそんな事を聞かれ、悠は少しだけ頬を染めてしまった。紗奈の顔が思い浮かんだのだ。


 当然、今の反応で班員達にもバレてしまう。


「えーっ!? いるの!?」

「誰ー!?」


 食らいついてくるのも、やっぱり恋バナが好きな女子達だった。


 悠はなんとか答えをかわしていき、逃げるように、奥のまだ行っていない方へと歩みを進める。


ザァっ


 風がふいた。神社の少し外れた場所は、海が見える絶景スポットだった。島なだけあって、どこもかしこも海が広がっている。


 普通なら、今日の快晴の青空に、青々と光る海。素敵な光景なのだろう。しかし……。


「あ…………」


 思わず、悠は後ずさった。


「小澤? どうした?」

「…………っ!」


 ぺたっと尻もちをついてしまった悠は、心配そうにしゃがんで視線を合わせてくる寛人の服を、ぎゅうっと強く掴んだ。


 フラッシュバックだった。


 昔に溺れた記憶。危うく溺死するところだったあの記憶が、悠の脳裏に蘇る。


 ふるふると震えながら、寛人の服を思い切り握りしめ、息を切らす。階段を上がっている時には余裕そうだったのに、今は汗でびっしょりだった。


「は……はっ…嫌だ…………苦しい……っ!」

「小澤っ!?」


 悠は酷く取り乱し、ギュウっと服を握りしめたまま、小さな声で「助けて」と繰り返している。どんどん呼吸が荒くなっていくのを、間近にいる寛人は感じる。


 班員達は不安げな表情、取り乱す悠と、それを宥める寛人を見つめている。なんと声をかけていいのかわからないようで、オロオロしている班員も何人かいた。


「あ、もしかして小澤くん、水が苦手なんじゃ……」


 あおいがふと、そんなことを言った。詳しいことは聞いていないが、あおいも昔の悠のニュースを調べたことがあるのだ。


 プールへの転落事故。そして、その時の撮影を最後に芸能界を引退したことも調べて知っていた。


「だから一番に神社がいいって……」

「ごめっ…ごめん……迷惑かけて…ごめんね」


 宥められて少しだけ落ち着いたのか、悠はふるふると震えながら、途切れ途切れに謝った。


 歩けるまでに回復したら、とにかくこの場所から離れ、神社の木陰に座らせてもらう。


「ごめんなさい」


 呼吸もだいぶ落ち着いて、悠は改めて班員達に謝った。


「もう。何度も謝るなよ。俺らは平気だし。なあ?」

「そうだよ。あそこがこの神社の最後だったし。迷惑なことなんてないよ?」

「それでもごめん。急に取り乱しから、びっくりしただろ?」


 波風を立てないように気をつけていたつもりだったのだが、結局迷惑をかけてしまった。悠はしょんぼりと肩を落として、恐る恐るみんなを見上げる。


 遠慮している悠を見てから、みんなは顔を見合せて、「ふっ」と優しく笑う。眉を下げ、仕方がない。とでも言いたげだ。


「そりゃ、クラスメイトだし」

「驚きもすれば心配もするって!」

「そうよ。それに……。私も、予想は着いたはずなのに、気が付かなくてごめんなさいね」


 班員達は、みんな優しかった。


「立花さんは悪くないでしょ。誰にも…ああ、いや。白鳥くんには言ってたか。とにかく、普段隠してたんだから、気が付かなくて当然」


 かなり良くなったらしく、悠は立ち上がる。何度か深呼吸をして、寛人を見つめた。


「菊川くん。服、思い切り掴んじゃってごめんね。しわができたでしょ?」

「ああ。平気平気」


 寛人の服は、確かにしわになって伸びてしまったようだが、もともと服装にはさほど興味がないらしい。ゆるい表情で笑っていた。


「だいぶ楽になった。みんなありがとね」

「いいってことよう。なんてね」

「困った時はお互い様だしな」


 みんなが優しくて良かった。と悠はほっとした。

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