第76話 水族館
一方、紗奈と菖蒲も一度二手に別れ、それぞれの班員達の元に向かう。
「紗奈ちゃん、今日ポニテだっ! 可愛いっ!」
紗奈が班員達の傍に近寄ると、一番最初に気がついた千恵美に抱きつかれ、紗奈はくすぐったそうに笑った。
ここ数日で、千恵美のアタックにも慣れてきた。だいぶ仲良くなったお陰か、紗奈も「チエちゃん」と、あだ名で呼ぶようになっている。
「おはよう。チエちゃん。美桜ちゃん達も、おはよう」
「「おはよー」」
挨拶を交わすと、千恵美はやっと紗奈を離してくれた。
「紗奈ちゃんの服、どこの? 可愛いね」
「この服はグライで買った服だよ」
『グライ』とは、ガーリースタイルの服が沢山置いてあるアパレルショップの名前だ。
紗奈はここの服が結構お気に入り。地元のショッピングモールに入っている専門店だから、服を買う時は結構そこが多かったりする。
「へえ。グライってフリフリの服が多いところだよね」
「紗奈ちゃんは可愛いから、そういう服も似合うね」
「ありがとう。美桜ちゃんの服もふわふわで可愛い」
美桜が着ている服は、ピンクファーニットだ。確かにふわふわしている。美桜は自分の腕を撫でながら、照れくさそうに笑った。
「そうかなあ?」
「似合ってるよ! お団子もいつもと違う髪留めで、とっても可愛い!」
「ありがとう……」
「美桜も可愛らしいもんなあ」
はにかむ美桜の横で、千恵美がそう言った。紗奈は千恵美を見つめると、彼女の服も褒めてくれる。
「チエちゃんはスタイルがいいから、そういうシュッとしたスタイルの服が似合うね! 凄く似合う」
紗奈もそこそこスタイルがいいはずなのだが、千恵美程の高身長では無い。千恵美の線の細さと、身長の高さは、いわばモデル並みなのだ。
「そうなの。千恵美ちゃんって足も長くて羨ましいよね」
「そ、そう?」
「ハイウエストのズボンとか、私が履いても不格好に見えるもの」
美桜はどちらかと言えば小柄なので、千恵美と同じような服を着ると、逆に服に着られてる感が出てしまう。
「ねえ、春馬もそう思わない?」
「女子の服はよくわかんないけど…みんな似合ってると思うよ」
春馬はこくんと頷いてそう言った。ぼんやりしているが、素直に感想を伝えてくれるので、千恵美は照れくさそうにしている。
「姉ちゃんは普段、男みたいな格好してるけど。今日はちゃんと可愛いんじゃない?」
「あっ、春馬! それ言わないでよ。」
美桜は恥ずかしそうに抗議する。
「そうなの?」
紗奈が首を傾げると、美桜は照れくさそうに指を遊ばせながら、言う。
「恥ずかしいんだけど、私ってどちらかと言えばボーイッシュな服装が好きで……。たまに出かける時には可愛い服も着たいから、今日はこの服を選んだんだあ」
「そうなんだ。ちょこっと意外だね」
「よく言われるの」
と、美桜は苦笑する。
「全員整列ー!」
集合時刻が来たので、班員全員でかたまって点呼を取る。合宿の始まりだ。
。。。
先生達の説明が終わると、紗奈達の班は早速水族館に入る。
江ノ島の水族館には初めて来たので、紗奈は少しドキドキしていた。中に入ると、いきなり目の前にクラゲが見える。
ライトアップされた水槽にふわふわと浮かぶクラゲは、なんだか幻想的で、綺麗だ。色々な色に照らされて、カラフルに光っている。
「うわ。綺麗……!」
「この水族館、もともとクラゲが多いもんね」
奥に進んでも、まだクラゲの展示が続いている。一通りクラゲのブースを見て回り、また元の場所に戻ってくると、早速調べ物に移った。
「えっと…確か……」
事前学習も授業で行ったので、紗奈は資料を見ながら難しい顔をした。
「あ、この子が新種のクラゲだね」
資料と水槽を、険しい顔で交互に見ていた紗奈は、資料と合致するクラゲを見つけて、パッと明るい笑顔でそう言った。
「うん。それで、あっちは定番のミズクラゲ。この色が鮮やかなのも、最近見つかったクラゲだね」
春馬がスラスラと指をさして教えてくれる。写真係の和也は、スマホでクラゲの写真を撮って、一々メモに記録している。
後日、学習レポートの提出もあるので、水族館の看板を見ながらの板書も忘れない。
「わ。このクラゲちっちゃい…」
水族館もきちんと堪能している紗奈は、終始楽しそうだった。
「紗奈ちゃん、楽しそうだなあ」
楽しそうに水槽に張り付く紗奈を遠くから見つめ、千恵美が呟く。一番近くにいた春馬も、千恵美の隣に立って会話に加わった。
「そうだね。チエはどう? 楽しい?」
「う、うん。楽しいよ。紗奈ちゃんと仲良くなれたしさ。美桜も、春馬も同じ班だし……」
ちらっと春馬を見ると、にっこりと笑って返事をくれた。
「そうだね。今年も同じクラスでよかったな」
「あっ…うん。そうだな」
千恵美はポリポリと恥ずかしげに頬をかいた。春馬がじーっと千恵美を見るので、気恥ずかしくなって、紗奈の近くに避難する。
そして、一緒になって水槽に張り付いて、はしゃぐのだった。