第75話 服装
合宿当日。紗奈はいつもと違って、髪の毛をポニーテールに結んで、私服で家を出る。
合宿は私服で。と学校側から言われているので、好きな服を着ていた。ただ、高校生になったので、少し大人びたいと紗奈は思った。
レースのあしらわれたブラウスに、春らしい桜色のカーディガン。スカートも落ち着いて見えるように長めのフレアスカートにした。
「菖蒲くん。おはよう」
「おはよ。へえ。いつもより落ち着いた服着てんじゃん」
「ふふ。悠くんも大人っぽいねって言ってくれるかなあ」
「あいつは何でも可愛いって言ってくれるだろ」
「今日は大人路線を目指してるの!」
軽く唇を尖らせて、紗奈は「置いてくよ」と先に行ってしまう。菖蒲は慌ててそれを追いかけた。
リュックはお気に入りの、皮でできたブラウンのものを使っている。意外と物が入るのだ。中には水族館で使う用のポシェットも入っていて、それでも余裕がある程だった。
「あれ? 菖蒲くんの荷物は?」
リュックを背負い直した時に、菖蒲の荷物が異様に少ないことに気がついた。
「ホテルに送る時にほとんど入れちゃったから、交通費と財布くらい。プリントは…見せてもらうわ」
間違えて、日程やらなんやらを書いたプリントや、筆記具まで送ってしまったのだと言う。
「うっかり屋さんだ」
「やっちまった……。まあ、俺の班員みんな良い奴だし」
「良かったねえ」
問題にならないのなら良かった。とほんわかした空気で笑う紗奈を見て、菖蒲は心の声で(紗奈が絡まなければ)と付け加え、苦笑する。
駅に着くと、あおいがスマホをいじって待っていた。悠は見当たらない。
「あおいちゃん!」
紗奈が声をかけると、あおいはこちらに気がついてスマホを鞄にしまう。そして、フリフリと軽く手を振ってくれた。
「おはよう。紗奈ちゃん。白鳥くん」
「はよー! 小澤はまだ?」
「ううん。来てるんだけど、トイレに行きたいからって先に改札入ったの。ほら、あそこ」
悠は改札を入ってすぐのところに立っていた。軽くこちらに手を振っている。
紗奈達が使う最寄りの駅は、改札の中にしかトイレがないので、駅で行きたくなったら、中に入るしかないのだ。
紗奈達も改札を通り、悠に合流する。
「悠くん。おはよう」
「おはよう、紗奈。今日はなんだか大人っぽいね」
本当に言ってくれたので、紗奈の表情はぱあっと明るくなる。ドヤ顔で菖蒲を振り返ると、「はいはい」と呆れた顔で言われてしまった。
「何?」
「小澤が大人っぽいって言うかどうか、気になってたんだってさ」
「菖蒲くんってば、悠くんは何でも可愛いって言うだろって」
ぷくっと頬を膨らませる紗奈に、悠はこてんと首を傾げて不思議そうにする。
「紗奈はいつでも可愛いと思うよ?」
「そうだけど……」
「変化には気づいて欲しいものね」
あおいがくすくすと笑えば、紗奈はこくこくと頷いて、男二人を見やる。
「そうなの!」
その男二人は顔を見合せて、困ったように笑った。
。。。
集合場所の駅に着いたら、ここから既に班行動だ。
「じゃあ、班のとこ行くから。またね」
「うん……。また後でね?」
紗奈が上目遣いで悠を見つめて、小さな声でそう言うものだから、悠は軽く頬を染める。
(いい場所をさがさないとな)
と、悠は心の中でそう思った。
悠とあおいが班員の元へ向かうと、寛人にじーっと見つめられてしまう。多少居心地が悪くなってくると、寛人はすぐに視線を斜めにそらして、こう言った。
「小澤って意外とおしゃれなんだな」
普段が地味だから、おしゃれには興味が無いものだと思われていたらしい。
「あ、ああ。服のこと? 両親の影響でね」
今日の悠の服装は、白のワイシャツにクリーム色のベスト、下はブラウンチェックのスラックスだった。
「髪とか切ってみたら? 垢抜けていい感じになりそー」
班の女子からそう言われ、冷や汗が滲む。恐らく、山寺桐斗並にモテることになるだろう。と、自慢では無いが悠は自分でわかっていた。
まだ囲まれることには抵抗があるので、それは困ってしまう。会話程度なら、人数を増やしても出来るように、今は訓練中なのだ。
「考えておくよ。ありがとう」
「もしそれで彼女が出来たら感謝してよー? ブランドバッグで貸し借りなしね!」
相当自信があるのか、「ふふんっ」と鼻まで鳴らしている。にしても、ブランドバッグはやりすぎでは無いか。と悠は苦笑した。
「アドバイスのおかげなら、ね」
既に紗奈と言う彼女がいるので、バッグを買うことは無いだろう。悠は言葉を濁す。