第74話 逢瀬の約束
帰り道、紗奈と悠は今日の出来事をお互いに話し合いながら歩いている。
「友達が出来たんだね」
「うん。ずっと避けられてたみたいだったから、嬉しい」
紗奈がそう言ってはにかむと、悠も嬉しそうに笑う。
「紗奈は可愛いもんね。妬まれるのもわかるかも」
「悠くんも、本当はかっこいいのに……!」
と紗奈は唇を尖らせた。それに対しても、悠はくすくすと笑うだけだ。
紗奈がそう言ってくれるだけで充分なので、他人からの評価は気にしていない。むしろ、目立ちたくはないと言うのが悠だった。
「普段がこんな感じで地味だから、同じ系統の人達と組んだよ。あ、でも……立花さんとも一緒。立花さんってば凄かったんだ。誘う男子もいたのに、めんどくさいから小澤くんのところと組む。って一蹴だったよ。同じ中学だし、話しやすいからってさ。」
「あはは。いいなあ。私も、悠くんとあおいちゃんと一緒に組みたかったー」
少し寂しそうな紗奈の手をギュッと握りしめ、「俺も」と小さく呟く。
「そう言えば、白鳥くんとは組まなかったんだね」
「菖蒲くん、私の幼なじみだからって男の子達に睨まれてたから……。嫌だったみたい」
「あー……納得」
悠が苦笑すると、紗奈はぷくっと頬を膨らませて、怒っているフリをした。
「酷いよね? 私の事、見捨てたのよ?」
「まあまあ、そのおかげで新しい友達が出来たんだからさ。紗奈も楽しんでね」
「うん! 悠くんもだよ? えっと…菊川くん、だっけ?」
「そう。必要以上に声をかけて来ないから、話しやすいんだ。彼。」
寛人とは当たり障りのない会話が多いのだが、クラス内では一番仲が良いと言える人物だ。
「もっと仲良くなれるといいね」
「ありがとう。いつか紗奈の事も紹介出来たらいいんだけど」
「楽しみに待ってるね!」
紗奈の満面の笑みを見て、悠は紗奈の手を握るその手を強め、嬉しそうに微笑む。そして、直後に苦い顔をした。
「そしたら山寺桐斗にも言い寄られなくて済むし」
「桐斗くんかあ……。ちょっとギラギラしてて、怖いのよね」
と愚痴を漏らす。
話していると、あっという間に紗奈の家のマンションに着いてしまった。
「また明日ね」
「うん」
「あ、そうだ……。あのね、悠くん」
「どうした?」
紗奈が両手を口端の横に持ってくるので、悠は自然と耳を紗奈の顔に向けていた。
「もし良かったらなんだけど……合宿の時、夜にちょこっとだけ、会えないかなあ?」
「夜? そりゃあ、会いたいけど。どうやって?」
「お風呂の後って少し時間が空くでしょ? 一、二組ってお風呂先だし」
他クラスのお風呂の時間は暇な時間が出来るので、そこで会いたい。と紗奈は言う。
勇気を出してくれたのだろう。不安げにこちらを見つめてくる紗奈の頬に、悠は優しく触れた。
「いいよ。バレないように会う場所、決めておこうか。いい所が見つかったら、昼間にチャットで話し合おう?」
「わ……う、うん! ふふっ。嬉しいなあ。学習のためってわかってても、悠くんと一緒の場所にお泊まりだもん」
ぽっと頬を染めて、悠が触れている手にそっと自分の手を添えた。本当に嬉しそうに、ニマニマと笑っている。
そんな紗奈が可愛らしくて、悠は胸を高鳴らせた。
「紗奈……」
「ふふ。悠くん、ありがとう」
「こちらこそ。じゃあ、早く家に帰さないと真人さんに怒られちゃうし。また明日ね。紗奈」
「うん! また明日!」
入学した時に、「紗奈をよろしく」と連絡先を交換させられた。「何かあったら隠さず報告するように」とも言われている。
紗奈から桐斗の事を聞いているかは知らないが、実は悠は、協力を断った日に真人に報告をしている。
そして、たまに帰りが遅くなると、やんわりと理由を聞かれたりもする。
たまに怖い時もあるのだが、悠自身の心配をしてくれる時もあるし、優しい。至って仲良しだった。
たまに小さい頃の紗奈の話が聞ける時は、胸が高鳴る。
エントランスで手を振る紗奈を見送って、紗奈が見えなくなってから、悠も自分の家に帰るのだった。