第73話 交流会
紗奈達の入学した谷塚高校には、四月の終わり頃に、一年生は学年と学級の親睦を深めるため、一泊二日の合宿がある。
今日のロングホームルームでは、その合宿での班決めを行う事になっているのだが……。
「北川さん。俺らの班と組まない?」
「いや。うちの班とどう? 面白い奴が多いんだよねー」
「こっちの班は落ち着いた人が多いから、北川さんも安心出来るんじゃないかな……?」
紗奈を誘う男子生徒で溢れていて、紗奈本人も、先生側も困っているようだ。
砂井りきや先生と言う名前の、紗奈のクラスの担任の先生が、ぴくぴくと口端を引き攣らせながら、紗奈に同情の視線を送った。
紗奈が助けを求めるように菖蒲の方をちらっと見ると、可哀想なくらいにビクッと肩を揺らす。
実は、幼なじみである彼への嫉妬の視線もかなり多く、彼への圧も怖かったのだ。
(だよねー……)
紗奈は肩を落として、軽くため息をついた。
「そこ、決まらないならくじ引きにするぞ。そもそも北川。組む女子は決まってるのか?」
それが、女子達には紗奈の男子人気を快く思っていない者も多く、また、男子生徒に囲まれている紗奈に声をかけづらいということもあって、まだ女子の友達がいない。
そのため、女子生徒の班員すらまだ決まっていないのだった。
「あ、ここ一人足りないから。良かったら入って欲しいんだけど……」
「いいの? ありがとう!」
いつも二人でいる事の多い女子生徒が、声をかけてくれた。二人は幼なじみのようで、本当にずーっと一緒にいる。
そんな中に入るので、緊張と不安もあるのだが、誘ってくれた事は嬉しかった。
紗奈がほっとしてはにかむと、二人はほわっと和やかな空気を作る。
声をかけてくれた女子生徒は牧本千千恵美。日焼けが少し目立つ、スポーティーな爽やか女子だ。跳ねた黒髪に、赤色のピン留めをさしている。特徴的なのはニカッと笑った時に出る八重歯だろう。
その隣で、ニコニコと優しげな笑顔で紗奈を見つめている女子生徒は藤瀬|美桜。こちらは、文化系に見える大人しい雰囲気の女子で、茶髪の髪を後ろの低い位置でお団子にしている。こちらは、青色のピン留めをさしている。
お揃いのピン留めだった。
「北川さん、高嶺の花って感じで遠慮してたけど、良かったら仲良くしよーな?」
千恵美の言葉遣いは、なんだかボーイッシュだった。身長も女子にしては高いので、かっこいいと感じてしまう。
「うんうん! それでねー、男子だけど……」
それとは対照的に、美桜はなんだかゆったりおっとりとしていて、小柄で可愛らしい。
「うちらの班はアイツらと組んでんだ」
二人が振り返ったのは、紗奈に興味を示さなかった何人かの男子生徒だった。
「大丈夫?」
「うん! もちろん大丈夫だよ!」
悠を安心させるためにも、できるだけ自分に興味のなさそうな男子生徒が班員である方がありがたかった。
ただ、他の男子生徒達は面白くなさそうにしている。
「良かったら俺の班が変わってあげようか?」
桐斗が紗奈を見つめて、不意にそう言った。周りも、桐斗なら分かると納得していて、それがどこか異様な光景だった。
紗奈は思わず眉を寄せる。
「おいおい、山寺。もう決まってるんだから……」
大人しく気配を消していた菖蒲も、これはまずいと思ったのか声をかける。しかし、桐斗は「何故?」と首を傾げるだけだった。
「この俺が同じ班になるんだよ? 嬉しいと思うのが当然だろう?」
「どうして嬉しいの?」
紗奈はそう言って、桐斗を見上げる。いつもよりも眉が複雑な形を描いていて、菖蒲は「ああっ」と頭を抱えたくなった。
「他の人だと嬉しくないみたい。そんな事を言うなんて失礼だわ」
紗奈がそういう反応をすることは、菖蒲以外には予想が着いていなかった。
だって、山寺桐斗は学年随一…いや、学校の中でも一、二を争うイケメンで、まさか拒むだなんて思わない。
「自分が可愛いからって……」
「桐斗くんが誘ってくれてるのに、可哀想……」
何故か女子の中には、桐斗の味方が多いらしいのだが、菖蒲や紗奈には理解できない感覚だった。
容姿さえ整っていれば何を言ってもいいのか? と逆に問いたい。
「そんなつもりは無かったんだけど…君はいいの? 俺と組めるチャンスだよ?」
「自分の事を過大評価し過ぎなんじゃない? 私、かっこいい人は好きだけど、自分本位な人は嫌だな」
真っ直ぐに桐斗を見据えて、そう言った。
「ふふ。素直じゃないね。そんな北川さんも可愛いな」
彼がニコリと微笑めば、周りはまた桐斗に惹き込まれてしまう。得体の知れなさが桐斗にはあって、不気味だ。
その時紗奈が感じたのは、嫌悪だった。
「あー! 班が決まったなら、班ごとの学習テーマ決めに移るぞ。内容はプリントに書いてある通りだから、よく話し合って申請するように」
合宿では、班ごとにテーマを決めて、それを現地で調べあげてから班のレポートにする。
行く場所が江ノ島なので、内容も江ノ島の海についてだったり、魚の生態系についてだったり、観光についてだったりと色々ある。
「あの…最初から騒がしくてごめんね」
机をつけて座るとすぐに、紗奈は班員達に謝った。
「気にしてない」
最初にそう言ったのは、クールで知的な雰囲気の男子生徒だった。眼鏡姿がよく似合っている。名前は式守和也だ。
他の男子メンバーは、美桜の双子の弟の藤瀬春馬春馬。美桜の姉弟だけあって大人しい。のほほんとしているようにも見えるが、ホームルーム時も意見はきちんと出している。しっかり者のようだった。
もう一人は和也と同じ中学出身だと言っていた中村慎吾。クールな和也と違って無邪気で、男の子なのにどこか可愛らしい。と言うより、子どもっぽい。
「ありがとう」
みんな、先程のことは気にしていないようで、紗奈はほっと息を着く。
「でも、さっきのかっこよかったよ。山寺にあんなこと言うなんてさ」
「うん。紗奈ちゃんってお姫様みたいだなって思ってたけど、凛々しくて素敵だった」
みんな快く紗奈の事を迎え入れてくれた。それが嬉しくて、紗奈はふわっと微笑む。
「……可愛いっ」
「男子達の気持ちが分かるねえ」
「え? えっと……」
千恵美がギュッと紗奈を抱きしめるから、紗奈は驚く。そっと抱きしめている腕に手を添えて、戸惑った表情で千恵美を見上げた。
「チエ。困ってるみたい」
春馬が千恵美を制する。千恵美が美桜と幼なじみだと言うことは、美桜の弟である春馬とも必然的に幼なじみだと言うことになる。
千恵美のストッパーを担うのは、いつも春馬のようだった。
「あっ、ごめん」
「チエちゃんって可愛いもの大好きなんだよね」
「えっと、可愛いとか……仲良くしてくれるのも、とっても嬉しいよ。驚いちゃったけど」
紗奈が照れくさそうに笑えば、千恵美はまたふるふると紗奈の可愛さに悶える。
「それは後にして、早いとこテーマ決めようよ」
「あ、うん。そうだね」
スパッと意見をくれるのは春馬だった。春馬のおかげでスムーズにテーマを決めることが出来て、紗奈達の班は江ノ島近辺に住むクラゲの生態について調べることになった。
このテーマなら水族館にも行けるので、紗奈は今からわくわくしている。