第71話 誤魔化し
新入生歓迎会の後の部活動紹介では、華やかで活気のある運動部が大いに盛り上がっていた。
文化部にも、面白い紹介は多かったのだが、やはり華やかさという点で運動部に負けている。
物静かな方が好きな悠としては、当然文化部の話の方が心地よかったのだけれど。
「ねえねえ、悠くん」
「ん……どうしたの?」
一組と二組で隣同士な上、紗奈の座っている位置が悠の斜め後ろだったので、紗奈は小声で悠に話しかけた。
「この後、部活動の見学があるでしょ?」
「うん。見に行くんでしょ?」
「そうなんだけど……その……」
紗奈が目を右往左往させていると、悠がくすっと笑って、周りに聞こえないくらいの小声で、こう言った。
「教室で待ってる」
「……うん」
言いたかったことを先に言ってもらえたから、紗奈は嬉しくてつい、可愛らしい顔で微笑んでしまう。それを見ていたらしい、周りの男子生徒達からの視線が痛かったので、悠はこれ以上はちょっと…と思い、急いで前を向く。
紗奈の寂しそうな眼差しがひしひしと伝わってきて、悠の胸は罪悪感で締め付けられた。
「以上!」
部活動紹介が終われば、その場で、ホームルームなしに解散になる。
このまま帰る生徒と、部活動見学に向かう生徒で、まばらに別れていくのを横目に、悠は暫くじっとしていた。
悠の周りに人が少なくなってくると、彼はほっと息をついて、教室に戻ろうとする……のだが、
先程の紗奈とのやりとりを見ていたであろう、一組と二組の男子達に、妙に絡まれてしまった。
「北川とどういう関係なんだよ?」
「何話してたんだ?」
「え…いや、別に大した事は何も」
悠は引き気味にそう言った。紗奈の人気がここまでだとは思わなかったのだ。いや、わかってはいたのだが、こうも絡まれてしまうとは予想出来なかった。
「大した事ないなら話せるよな?」
「教えてくれよ」
柄悪いな。と思いつつ、悠は言葉を濁す。
「別に、北川さんとは中学が一緒で、家が近いから……帰りが一緒になる事が多いんだけど、今日は部活の見学するからって。報告だけ」
「一緒に帰ってるぅ?」
「そのなりでも隣歩けるんだあ」
小馬鹿にされるのは慣れているが、今も後ろにいた紗奈が不機嫌そうに眉を寄せているので、悠は慌ててしまう。
「二人きりな訳じゃないから。彼女の隣を歩いてるのは、いつも立花さんだし」
と、彼らには言うが、本来は紗奈と悠が並んで歩いていることの方が多い。
しかし、そんな事を言えば火に油を注ぐようなものだし、余計絡まれたりしたら紗奈が心配してしまう。
「俺みたいなのが北川さんと二人で帰れるわけないでしょ」
そこまで言えば、何とか許して貰えたようだ。紗奈の不機嫌な表情は変わらないが、悠がちらっと振り返って微笑んで見せると、紗奈も少しだけ口元を緩めて、料理部の案内列に向かって行った。
「ところで、北川さんってなんの部活にいくんだ?」
「なあ、お前知ってるんだろ?」
「…料理部だけど。彼女目当てで見に行く。とか、そういう不誠実な行為、北川さんは嫌いだし。やめといた方がいいよ」
それだけ言うと、悠は逃げるように教室に戻って、今度こそ一息ついた。
「大変ね」
「本当にね。立花さんも部活見学するんだっけ?」
「ううん。塾は続けるように言われてるから、帰宅部よ。今日も塾があるから、先に帰るね」
「わかった。またね」
あおいと別れたら、悠はゆっくりと帰り支度を始める。
紗奈を待っている間はどう過ごそうか。と考えながら鞄に教科書を詰めていると、隣の席で帰り支度をしていた寛人に話しかけられた。
「ねえねえ。小澤」
「何?」
寛人は、入学式の日から度々、悠に話しかけてくれる。それも騒がしいとかしつこいとかではなく、当たり障りのない会話で、心地がいい。引き際というか、話題も悠に合わせて考えてくれているようなので、一緒にいて楽だし、楽しいと思う。
「小澤は部活見学行かないの?」
「うん。帰宅部でいいかなって思ってるし」
「そっかあ。俺と一緒だ。もう帰る?」
「あー……」
教室内にはまだチラホラと人が残っている。ここで「人を待っている」と言って、万が一また紗奈の話題を持ち出されたら、今度こそボロが出そうだった。
「ちょっと先生に用事があるんだ。授業の、口頭で言っていた部分が聞き取れなくて」
「そうなんだ」
寛人を置いて、しまいかけていたノートを一つ手に持つと、逃げるように教室を後にする。