第70話 やりたいこと
入学してから数日が経った。
今日は朝から、菖蒲が男子生徒達に紗奈の事を根掘り葉掘り聞かれまくっていた。
「紗奈の親父に怒られるから嫌だよ。いや、じいちゃんにもか……」
「なんだよ。ケチ!」
「まさか幼なじみラブとか狙ってんのか!?」
「無理無理。俺じゃ紗奈は持て余すし。紗奈の周り、怖いんだよ。みんな過保護だし、じいちゃんとか、どっちも警察官なんだぜ?」
菖蒲はそこまで言うと、身震いをする。
そんな姿を見て、そんなに怖いのか…と周囲も思ったらしく、苦い笑みを浮かべている。
「しかも、紗奈の親父って空手やってたから強いし。紗奈のこと泣かせたら笑顔でじーっとこっち見てくんだ」
小さい頃の思い出を振り返り、菖蒲は更にプルプルと震える。
「ちょっと。菖蒲くん! お父さんの悪口言わないでよ!」
「だって、昔の思い出が……」
「お父さんはかっこよくて優しいの! あと、お母さんも柔道やってたから、多分強いよ?」
「お前の周り、強い奴いすぎだろ」
菖蒲はまたプルっと震える。周りはついに同情的な目を向けてしまった。
自分もそうなりたくない一心から、紗奈を狙う人は今後、少しだけ減るかもしれない。
「席に着けー!」
授業も始まって、今日から昼休みもある。そして、その昼休みの後には新入生歓迎会と部活動紹介があるのだ。
今日から仮入部も始まるので、紗奈はワクワクしている。
「起立、礼」
授業はまだ中学生の復習なので、多少は上の空でも平気だった。紗奈はついつい、授業中もこれからの学校生活の事を考えてしまう。
「じゃあ、ここを……北川。答えてくれ。」
だから、当てられておろおろしてしまうことになるなんて、想像だにしていないのだった。
。。。
昼休み。四人は食堂ではなく裏庭で食べることにした。
中学校よりも校舎が広くて、私立だからなのか、綺麗な学校だ。裏庭も手入れが行き届いている。さすがにベンチなんて物はなかったが、座れるスペースがぽっかりと空いていたので、そこにお弁当を広げた。
「さっきの、なんだよ。紗奈」
やはりと言うか、紗奈は、菖蒲に授業中の事を指摘されてしまう。話を全く聞いていなかったので、当てられた時に隣に座る女子生徒にこそっと答えを聞いていた。
「新歓とか部活が楽しみで……授業聞いてなかったの」
「そんな事だろうと思った。自分の世界に入るといつもそうなんだから」
「そこも紗奈ちゃんのいい所だけどね」
「ふふ。紗奈は料理部に入りたいんだっけ?」
悠がそう聞くと、紗奈はパッと明るい顔でこう言った。
「うん! お母さんみたいにお料理上手になりたいし。悠くん、色々作れるようになったら食べてくれる?」
「もちろん。楽しみにしてるよ。」
そうやって笑うと二人の世界なので、紗奈だけでなく悠も大概、周りが見えなくタイプなような気がしてきた。
「小澤は何か入らないの?」
「俺? 俺はいいかな」
「じゃあ、帰宅部か」
「そう言う白鳥くんは?」
「俺は新聞部。パソコンいじるの得意だし、写真とかも嫌いじゃないし」
よく紗奈が写真を撮って欲しい。と言ってきたので、菖蒲は小学生の頃から、写真を撮るのが得意な方だった。
「写真撮るの上手なんだよ。小学校の卒業アルバム、菖蒲くんの写真がいっぱい使われたの」
普段から写真を撮ってもらっている紗奈が、菖蒲を褒める。
「へえ。そんな才能があったんだな」
「ビデオも撮るの上手なの! 動画とか、撮るの大好きなんだよね?」
と紗奈が言うと、悠はピタッと動きを止めて菖蒲を見る。
「そうなの?」
「あー…いや。でもやっぱりカメラのがいいかな。動いてるもの撮るのって、割と神経いるって言うか」
実は、映画部にも興味があった。どころか、本命はそちらだったのだが、映画の話は悠にとっては嫌な思い出になるだろう。
そう思って敢えて言わなかったのだが、紗奈は悠の過去を聞いてはいない。菖蒲が誤魔化すのを「何故?」と、訝しげに見つめていた。
その態度を見れば、悠だって察してしまう。軽く笑うと、菖蒲の肩に手を乗せた。
「別に気にしないでいいのに。俺が映画、苦手だから気を遣ってるんだろ?」
「いや、そんな事は……」
「苦手なの?」
「少しね。今は前よりマシ」
くすくすと笑って、悠は菖蒲を見つめた。
「前に映画を見に行った時、スタッフロールまで全部気にしてたよね?」
「まあ、映画とか割と好きだし」
「だと思った。……白鳥くんが本当にやりたいものを選ぶべきだと思うよ。別に、俺と君とは関係ないんだし」
と言うと、菖蒲は怒ったようなつり眉で、悠に視線を向けた。
「関係なくはねえだろ。友達だし」
「なら、友達が言ってるんだから我慢なんかしないでよ。本当は新聞部より、映画部の方が興味あるんでしょ?」
見透かされて気恥しくなる。菖蒲は複雑そうに眉を描いて、「ぐぬぬ」と悔しそうな声を出す。
菖蒲の複雑そうな表情を見てひとしきり笑った後、悠は誰にも聞こえない声で、寂しそうに呟いた。
「映画か……」と。