第68話 モテる女
一組前で紗奈達と別れ、悠とあおいは二組の教室に入る。
すると案の定、あおいは目立った。クールビューティと言った感じの、上品な美しさがあるあおいは、当然人目を惹き、声までかけられてしまった。
隣の悠まで被害を食らったので、正直勘弁して欲しい。と思ってしまった。
「一度私達も別れよっか。また帰りにね」
「うん。気遣いありがとう」
黒板に書いてある席を確認すると、悠の席は窓際の一番後ろだった。あまり目立たない、いい位置なので、悠はほっとする。
「ねえ、お隣さん?」
隣の席に座る男子生徒は、少々目立つ容姿をしていた。あおいを見た後だから霞んで見えてしまうが、そこそこ整った顔をしていて、髪色が明るい栗色。光の当たり方によっては、金にも見える綺麗な茶髪だった。
「あっ……えっと」
急に声をかけられて、上手く返事が出来なかった。それでも彼はにっこりと笑って、悠に挨拶をしてくれる。
「どこ中出身? あ、俺菊川寛人。田町中学から来たんだ。よろしくね。」
悠は、『田町』という場所は聞いたことがなかった。悠たちの住んでいる場所の近くにも、この学校の付近にもない名前だ。少し離れたところから来たのだろうか。
「俺は、横浜東中」
「名前は?」
「あ。えっと、小澤悠……」
歯切れが悪く、きっと面倒な奴だろうに、寛人はにこにこと、ずっと笑顔で話しかけてくれる。
「話すの苦手なタイプ?」
「まあ…少し」
「あはは。俺もわいわいするのは好きじゃないかも。小澤って、大人しそうだから話しやすいかもって思って、声掛けちゃった。ごめんね」
「いや、別に……」
「また話しかけてもいい?」
「うん」
「良かった」
本当に最低限しか話していないが、寛人は満足したらしい。後は誰かに話しかけたりせず、机の上のプリントに目を通していた。悠もそれに倣って机の上に目を落とす。
。。。
一方、紗奈と菖蒲は教室に入った瞬間、後ろの方に出来ている人だかりが目に入る。
「あそこ何やってんだ?」
「さあ……?」
紗奈と菖蒲の席は斜め隣で近かった。菖蒲が一番後ろの席なので、紗奈は「いいなあ」と声を漏らす。
「なあなあ。君、どこ中出身?」
「可愛いね。彼氏いんの?」
「え?」
菖蒲の予想通り、紗奈は早速男子達に囲まれてしまった。
紗奈が戸惑って、返事も出来ずにいると……後ろに出来ていた人だかり。その中心にいた人物が声をかけてくる。
「彼女、困ってるみたいだよ?」
「うわ」
「なんだよ。そんな女子侍らせてんのに、まだ満足してねえの?」
「そんなつもりは無いんだけどね。自然と寄ってくるものだから」
と悪びれもなく爽やかに笑っている生徒に、紗奈狙いの生徒達は苦い顔をした。
「嫌味ったらしいの」
「まあ、いいや。困らせるつもりはなかったんだ」
「可愛いから、ちょっと話せたらいいなーって。悪いね」
紗奈の周りに男子生徒達がいなくなり、代わりにその男子生徒と、その周りにいた女子生徒達がそこにいた。
「きゃー! 優しー!」
「素敵!」
と、女子生徒達は彼の事を持ち上げる。
「君、大丈夫?」
「うん。驚いただけだから、全然平気よ。ありがとう」
紗奈がそう言ってにこりと笑うと、それだけで教室内がざわついた。遠目で見ると、紗奈と彼のいる空間だけが眩しく感じるのだ。
女子生徒に囲まれるだけあって、声をかけてきた男子生徒はかっこいい。そして、紗奈の容姿もかなり整っている。見る限り、このクラスで一番だ。
そんな二人が向かい合っている姿は絵になる。そう思って、遠巻きに見ていた菖蒲は苦い顔をした。
悠がいるので、紗奈の方は目移りなんてしないだろう。しかし、紗奈の容姿を見たら、向こうはどう思うか分からない。
しかもイケメンだから、周囲を味方に付ける術もあるだろう。外堀を埋められたら……なんて、菖蒲は思いたくもないが邪推してしまう。
「男子生徒が声をかけるのも頷ける。君は美しいね」
「え? えっと、ありがとう……」
紗奈がはにかむと、気を良くしたのか彼は更に詰め寄ってくる。
「彼らを代表して聞こうかな。君、名前は?」
「私は北川紗奈だよ。あなたは?」
普通の自己紹介となんら変わりない態度で、紗奈は言う。周囲で聞き耳をたてていた男子生徒達の方もちらっと見ていて、紗奈は周りの視線にも困ったようにへらっと笑ってみせた。
「山寺桐斗。よろしく。」
「うん。一年間よろしくね」
にこっと紗奈が笑顔を見せれば、周囲の男子生徒達の頬が染まった。
(うっわあ…俺の幼なじみは相変わらずだなあ……)
菖蒲は呆れた顔で、後ろからそんな紗奈達の様子を眺めているのだった。