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第66話 これからも

昨日は、設定をミスってしまい、投稿が出来ておりませんでした。申し訳ありません……。本日、もう一話投稿しております。

 悠が起き上がったので、紗奈は体勢を変えようと足を動かす。そして小さな悲鳴をあげた。


 案の定、紗奈の足は痺れてしまっているようだった。


「い、痛い……」

「ごめんね、紗奈。長いこと頭を置いてたせいだ」

「ううん。ちょっと痺れただけだから、大丈夫!」


 少しさすればすぐに良くなった。紗奈はスっと立ち上がって、また悠の隣にストンと座った。


「紗奈。ホワイトデーのお返し、今渡してもいい?」

「うん! 嬉しい。ありがとう。」

「ふふ。はい、どうぞ。バレンタインのクッキー、全部美味しかったよ」


 小さな箱を紗奈に手渡すと、紗奈はそわそわとした様子で悠を見上げた。


「ふふ。開けてもいいよ」

「ありがとう……」


 少し照れた表情で箱を開けると、中には可愛らしいクマモチーフのネックレスが入っていた。


「可愛い。このクマちゃんハートを持ってる!」


 クマの胸にはハートの小さなピンク色の石が入っていて、実に紗奈の好みだった。


「悠くん、早速つけてみてもいい?」

「もちろん。少し貸して」

「え? うん」


 紗奈が不思議そうにネックレスを渡すと、悠は紗奈の後ろに移動して、ササッと手早くとネックレスをつけてくれる。


「ありがとう」

「うん。やっぱり似合ってる」

「本当? ふふっ…デートの度につけてくるね!」

「楽しみにしてるよ」


 紗奈は嬉しそうにクマを指で触っては、頬を染めてはにかんだ。


「気に入ってくれてよかった」

「うん。学校にもつけて行きたいんだけど…失くしちゃったら嫌だからなあ……」

「つけてくれたら嬉しいけどね」


 紗奈はその後もかなり悩んだが、悠がそう言うなら……と、最後には付けることを決めたようで、ネックレスをギュッと大事そうに握りしめる。


「ふふ。ねえ、紗奈の両親は、ここでどんな話をしたんだろう」


「同じようにたくさん話したいね」と悠は笑った。紗奈が知る限りの会話を、捻り出す。


「ほしのねこの話とか……」

「ああ、あのお店って本当に美味しいよね。おしゃれだし」

「でしょ!?」

「うん。それに……店の人、みんな優しい人だね。店長なんか、紗奈のことを自分の孫みたいに可愛がってるでしょ? 紗奈のことを泣かさないでねって、念を押されちゃったよ」


悠はそう言うと、頬をかいて苦笑した。


「お母さんにとっても、親みたいな人だったんだって。お母さんが子どもの頃からあのお店で、可愛がって貰ってたみたい……」

「そっか。そんなに前から縁があったんだね」

「うん! お母さんは高校生の時、ほしのねこでバイトをしてて…お父さんは、ほしのねこのお料理が大好きで、よく食べに行ってたみたい」

「へえ? それって、本当に料理目当てなのかな? 紗奈のお母さんに会いたかったからだったりして」


 悠がそう言うと、紗奈の頬がほんのりと赤くなる。


「そうだったら素敵」


 悠は紗奈の優しい声を聞いて、つい頬が緩んでしまった。紗奈はそんな悠の微笑みを見て、更に顔を赤くしてしまう。


 意図せずに紗奈の心を撃ち抜いしてしまったのだった。


。。。


 暫く話していると、空が少々赤みがかってくる。


「もうこんな時間か」

「そろそろ帰らないとだね」

「そうだな。送るよ」

「うん。いつもありがとう」


 二人でゆったりと話をする時間が楽しくて、マンションに帰るまでもずっと会話が弾んでいた。


 紗奈は帰りたくないな。なんて考えてしまうが、もうすぐ日が沈むのでそんな訳にもいかない。


「名残惜しいな」


 悠も同じ気持ちだったようで、ふとそう呟く声が紗奈の耳に聞こえてきた。つい嬉しくなって、肩を触れるくらいまで寄せてはにかむ。


「私もそう思ってた」


 悠も紗奈の肩に手を添えて、マンション着く少しの間、普段よりも少しだけ歩みを遅くして、二人の時間を楽しんだ。


 紗奈と出会ってからの悠の人生は、大きく変わったと、悠は自分でも思う。


 家族以外の人とこんなに距離を縮めようと思ったのも初めてだし、人の言葉に一喜一憂して悩んだりしたのも初めてだ。彼女のために変わりたいとも思った。


 まだ、紗奈に全てをさらけ出したわけでは無い。きっと悠の過去は、優しい紗奈には重たいもので、傷つけてしまうだろうと分かっていた。


 だけど、少しずつ変わっていきたい。堂々と隣を歩ける男になりたい。悠はそう思っている。


「紗奈」

「ん?」


 悠は卒業アルバムにも書いた、自分の気持ちを囁いた。


「これからもよろしくね」


 それは、紗奈も同じ気持ちだ。


 同じ事を書いて、それが面白くて、嬉しくて、たった一言の文字を、何度も何度も見返しては、にまにまと笑ってしまうくらいなのだ。


「こちらこそ。これからもよろしくね!」


 そして、二人はまたくすくすと笑いつつ、身を寄せ合って歩く。一歩一歩を踏みしめるように、歩くのだ。

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