前へ次へ
72/307

【閑話】あおいの告白

 これは、卒業式が終わってすぐ後の出来事。


 空き教室に音久を呼び出したあおいは、音久と一緒に窓の外を眺めていた。


「話って何?」


 あおいが口を開くより先に、音久からそう質問をされた。ちらっと音久を横目に見たあおいは、またふっと窓の外を眺め、世間話でもするかのように緩い口調で……言う。

 

「大したことじゃないの。私、ずっと前からあなたの事が好きだったんだあ。最近、少しお話するようになったのも、白鳥くんや紗奈ちゃんに協力してもらってたの」


 本当に、1ミリも照れる素振りもなく、あおいは愛の告白をした。


 それでも、音久にはその眼差しが真剣なものであるとわかる。


 あおいは、告白の後にじっと、真っ直ぐに、熱の篭った瞳でこちらを見据えてきたから。今も、彼女と音久は目がバッチリ合っている。

 

「俺って立花さんより背、低いのに? どちらかと言えば女顔だし…全然魅力ないんじゃ……?」


 本気だと分かるからこそ、疑問に思った。


 あおいはクールで、大人っぽいというのが音久の中の印象。彼女が好きになる男は、彼女よりも大人っぽくて、背も高くて…なんなら、歳上の方がお似合いだとすら感じる。


 それなのに、童顔で背も低く、クラスメイト達には「かわいい」なんてからかわれてしまうような、そんな音久のことを「好き」だと彼女は言った。

 

「そんな事ないよ。私は好きなことに一生懸命で、努力家な坂井くんが好きなの」

「……ありがとう」


 音久とあおいは、本当にこれまで、あまり話す機会が無かった。


 クラスメイトだから、プリントだったり課題だったり…必要な事務連絡くらいはしていたが、世間話をするようになったのは最近のこと。


 どうしても、告白の返事には迷ってしまう。


「あのね。私はあなたが好きだけど、あなたにそんなつもりがないのは分かってる。名門校に合格して、ヴァイオリンも頑張りたくて、きっと坂井くんは恋愛なんて考えたこと無かったよね?」

「それは…まあ……」

「だから、返事が欲しいわけじゃなかったんだ。今日で卒業だから、私の気持ちを知って欲しかっただけなの。お話、聞いてくれてありがとね?」


 彼女は、最初からフラれるつもりで告白をしてきた。


 彼女の表情を見るとそれがわかって、音久はなんとも言えない気分になってしまう。


 努力をしていることを見てくれていた。ヴァイオリンにも興味を持ってくれて、演奏を聞きたいだなんて言ってくれた。落ち着いているあおいとの会話は楽しかった。


 音久は最近のあおいとの思い出を振り返り、そう思った。


「俺は…確かに恋とか、まだいいかなって思ってたし……。勉強もヴァイオリンも頑張りたいから、付き合うとかそういうのにも、正直興味無い。……けど、立花さんといるのは楽しいんだ。だから、出来るなら違う高校に行っても、立花さんと話したいと思う……」

「えっ…?」

「だから、その……。立花さんと付き合うかどうか…まずはお友達からで! え、えっと……考えさせて、くれませんか?」


 そんな曖昧な返事ではだめだろうか。音久は急に不安になって、恐る恐るあおいを見上げた。


 あおいは呆気に取られたようで、いつもよりも少し、瞳が大きく見える。


「いいの? 私、フラれるつもりだったんだけど」

「ほ、保留じゃ…やっぱり曖昧だよね? ごめん。変なことを言っちゃって……」


 こういう所が男らしくないって言われてしまうのだろう。音久はつい、そんなことを考えてしまって、一人落ち込む。

 

「ううん。チャンスをくれるなら、嬉しいわ」


 あおいはそう言って笑う。


 あおいはどちらかと言えば感情が表に出ない。しかし、音久の言葉はとても嬉しいものだった。


 感情が溢れ出すくらい嬉しくて、音久にとっては眩しいと感じるような、そんな笑顔が零れた。


「そんな風に笑うこと、あるんだ」


 小さな声で呟いた音久は、「友達から」と言いつつも、確実に彼女に惹かれてしまっているのだった。

※本日、同時刻にもう一話更新しております。そちらも読んで下さると嬉しいです。

前へ次へ目次