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第64話 青春のボタン

 店長に紗奈との馴れ初めだとか、悠のプロフィールだとか、色々なことを質問されたので、照れくさいながらもそんな話ばかりしていた。


 そうしているうちに紗奈達が到着するので、今からは卒業祝いのパーティーになる。


 貸し切りなおかげで、周りを気にせずわいわいと騒いでいて、こんな時間も悪くないな。と悠は笑う。


「卒業おめでとう! ジャンジャン料理運ぶから、ジャンジャン食べてね!」

「ありがとうございます」


 ここに初めて来るのは悠と音久。それから悠の両親だった。


 真陽と将司に関しては、すぐに人と打ち解けてしまう性格であるため、緊張しているのは悠と音久の二人だけである。


「遠慮しないで楽しもうぜ」

「あ、ありがと」


 悠は楽しそうに談笑している両親を横目に、気になっていた唐揚げに手を伸ばす。


「うわっ! うっま!」


 ここのケーキが美味しかった記憶はあるが、まさか料理もここまで美味しいとは思っていなかった。悠は思わず口を押えて、何故か自慢げな顔をしている菖蒲を見つめて、言う。


「ここの料理美味しいね」

「だろ?」

「なんで君がそんなに得意げなのかは謎だけど……ビックリした」


 悠が料理の味に感動していると、その隣で音久も、目を丸くしながら春雨サラダを口にしていた。微かに「美味しい」と声も漏れている。


「ありがとう。今日のために特別に用意したメニューもあるから、よかったら色々食べてね」

「はい。いただきます」


 悠はすっかりここの料理の虜になってしまった。


「悠ー! こっち来てー!」


 料理を楽しんでいたら、真陽に呼ばれた。近くでは紗奈が何だか照れくさそうな顔をしている。


「何?」

「中学最後の制服姿なんだから、紗奈ちゃんと二人で写真撮ってあげる」


 紗奈が照れていたのはそのせいか。と悠は思い、もじもじと期待のこもった目で見つめてくる可愛らしい彼女に笑みを零した。


「うん。撮る」

「そう言えば、いつの間にお前は髪のセットをしたんだ?」


 と将司に聞かれ、悠は苦笑しつつ星野店長を見る。


「興味を持ったみたいで……店長が自分のワックスを貸してくれたんだ」

「へぇ。いいじゃないか。せっかく紗奈ちゃんと写真を撮るんだから、いい顔しないとな」

「はいはい。わかってるよ」


 わざわざ言われなくたって、せっかく紗奈と並ぶんだから、悠も少しはいい格好をしたいと思っている。紗奈は誰もが振り返ってしまうほどに可愛いのだから……。


「はい、チーズ!」


 写真を撮って貰ったついでに、悠は紗奈の隣に座って紗奈との会話を楽しんだ。

 

。。。


 用意された料理もかなり減ってきて、大人達はお酒も入ってか色々な意味で盛り上がっている。


「昔、小澤さんの出てたドラマ大好きだったんですよー!」

「私はあのアクション映画が好きでしたね。漫画の実写だけど結構クオリティ高くって!」

「私は木村先生の小説が原作の映画。好きでした! その時、まだ高校生だったし……キュンキュンしちゃって!」


 いつの間にか店員や店長も、大人達に混じって一緒に盛り上がっている。


「ほしのねこって、お父さん達が高校生の時からずーっと利用してるから、ほとんど身内ノリなの」


 そんな大人達を見て、紗奈が言う。

 

「ああ。聞いたよ。白鳥くんの両親もここで出会ったんだっけ?」

「うん。幸雄おじさんが、ここでアルバイトをしてた茉莉おばさんに恋をしたんだって。そういう出会いって素敵だよね」


 そんな出会いにも憧れた。と紗奈は笑う。


 今は悠と素敵な恋が出来るのだから、これからが楽しみだ。紗奈はそう思っている。


「ドラマみたい」

「ふふ。そうね」

「紗奈の両親は?」


 悠がそう聞くと、紗奈は「もっとドラマみたいだよ」と笑ってから言った。


「二人が出会った場所、春休みに行く?」

「へえ。連れてってくれるの?」

「うん。綺麗で静かな場所だよ」

「じゃあ…十四日は?」


 その日はホワイデーなので、最初から紗奈をデートに誘おう。と思っていた日にちだった。紗奈もホワイトデーを指定されたからか、そわそわと嬉しそうにはにかんでいる。


「うん」

「じゃあ、マンションまで迎えに行くよ」

「うん! えへへ、楽しみ……」


。。。


 解散の雰囲気が流れ出した頃、菖蒲がふと思い出したかのように言った。


「そう言えばさ。小澤って第二ボタン、紗奈にあげたりしないの?」

「え? ああ…ジンクスのやつ?」


 会話を聞いた由美達が「いいよねえ」と笑った。


「谷塚はブレザーだし、貰えるのは今だけよ?」

「私達の通ってた学校もブレザーだったから、第二ボタンとかって概念もなかったのよね」

「拓真はブレザーとか関係なく、全部のボタン取られてたけどな」

「男子校だったのに、すごい勢いだったよねえ」


 大人達が昔を懐かしむように言った。


 拓真は、真人よりも容姿に優れているだけあって、女子人気がかなり高かったようだ。隣の女子校から人が集まってきて、剥ぎ取られて行ったらしい。


「あれ、音美(おとみ)ちゃんに『ずるいです』って言われちゃったんだよね」


 拓真の妻、つまり音久の叔母の事だ。音美もかなりの美人。学校が違って中々会える日も少なかった二人は、障害も多かったのだと言う。


「…紗奈は欲しい?」

「え? 憧れるけど。いいの?」

「うん。もう着る事ないし。どうせなら紗奈にハート、掴んでて欲しいじゃん?」

「!」


 悠は第二ボタンを外して紗奈の手のひらに落とした。その時に悪戯に笑うものだから、紗奈はかあっと赤くなる。


 大人達に微笑ましげに見られて、紗奈は更に恥ずかしくなり、ついには縮こまってしまう。


「よく恥ずかしげもなく言えるよな」


 いつも惚気られている菖蒲は遠い目をして、そう言った。


 少しだけ遠くで、飲み物を口に含んでいた音久は、無言かつ照れ臭そうな表情で、で空になったグラスを傾けている。

 

「父親の影響だな」

「間違いないね」


 将司も自覚はあるのか、真陽の肩を抱いてケラケラと笑った。真陽もそれに慣れているので、にこにこと微笑んでいた。


「やはり小澤さんほどおモテになると、普通以上の愛を囁かなきゃならないのでしょうね」

「ふふ。北川さんとこも大変でしたでしょう?」

「あはは……」


 昔話をすると長いらしく、解散の雰囲気もあったと言うのに、大人達はまた楽しく盛りあがってしまう。


「悠くん……大事にするね?」

「うん。ありがとう」


 大人達が盛り上がっている横で、やはり紗奈と悠は二人、甘い雰囲気で笑い合っているのだった。

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