第63話 ほしのねこ再び
菖蒲が悠を連れて行ってしまったので、紗奈は暫く友達に囲まれながらお喋りを楽しんだ。
その間も、内心では悠が心配で心配で仕方がなかった。
そのため、相手には気づかれないように、早めに会話を切り上げようとしている。
その時……。
「ねーねっ」
「義人くん」
「わ! 紗奈ちゃんの弟さん? 可愛い!」
「…こんちは」
紗奈に引っ付いて、ちらっと紗奈の友達を見上げると、小さな声で挨拶をする。それすらも可愛らしく、その場にいた全員が義人の虜になる。
「なー。北川ー! こいつが話あるってー!」
紗奈の同級生達が義人に夢中になっているのを眺めていると、ふと、別のクラスだった男子生徒が大声で紗奈の名前を呼んだ。
「え?」
本日、校舎裏に呼び出されるのは何度目だろうか。
紗奈には彼氏がいる。それを知っている人が殆どなのに、「最後の思い出作り」だと言われてしまい、紗奈は律儀に呼び出した全員の話を聞いてあげている。
「その子どもは?」
「弟の義人くん」
紗奈が義人を抱き上げたまま話を聞こうとするので、男子生徒は引きつった表情で頬をかいている。
「話しづらいんだけど」
「ごめんね。お父さん達、向こうでお話してるから、私のそばにいさせてあげなきゃ」
義人を離す気はないようなので、とにかく話を進めよう。と気を引き締める。
「えっと、俺北川のこと一年の時から好きでした」
「ありがとう……でもごめんなさい。私、彼氏がいるから」
「お、おう」
「ごめんね。話しづらいって言ってたのに……」
義人をちらちらと見て、男子生徒は頭をかいた。
「あのかっこいいって噂の人、誰なの?」
「え? えっと…。」
「ねーねの彼氏はゆーくんっ!」
突然、義人が手を挙げて声をあげる。きちんと挙手をして偉い。なんて場合でもなく、紗奈はおろおろと困った顔をした。
隠していたのに、悠のことがバレてしまうかもしれない。そう思ったのだ。
「ゆーって渾名? みんな歳上とか言ってるけど…どうなの?」
「それは……ごめん。内緒なの」
悠のことだとはバレなかったが、このまま話していてはボロが出てしまいそうで、紗奈は急いで話を切り上げる。
「じゃあ、高校でも頑張って」
「さよなら」と紗奈はその場を走り去る。バレないかとヒヤヒヤドキドキだった。父達の元に帰って来ると、ほーっと息を吐く。
「どした?」
「あ、ううん。何でも」
「そろそろ向かおうか。待たせても悪いし」
「うん!」
あおいは両親との用事があるのでほしのねこまでは来られないのだが、帰り道が一緒なので、途中まで一緒に向かう。
音久は拓真に連れられて、そのままほしのねこにも一緒に来るようだ。
という事で、大人数で並んで歩いている。
あおいと音久の間には、どこか柔らかな空気が流れていて、紗奈は妙にドキドキした。
どうなったんだろう。と気にはなったが、この場で堂々と聞く訳にもいかず、後でこっそりチャットで教えてもらおう。と心の中に好奇心を仕舞い込んだ。
。。。
一方で、菖蒲に連れられた悠は数ヶ月前、紗奈にハンカチを渡して以来のほしのねこに足を踏み入れる。
「え? 貸し切りになってるんだけど。何これ、俺入っていいの?」
「いいんだよ! 紗奈の彼氏なんだから!」
「それ理由になってる?」
「友達連れてくるからねって言ってある」
卒業祝いのために、真人や幸雄達が事前にここを貸し切っていた。装飾も前に見たアンティークのものだけじゃなく、パーティー用にバラエティーに富んだ物がいくつか散りばめられていたため、前に来た時とは少々違った雰囲気の店内になっていた。
「いらっしゃい。菖蒲くん」
「店長!」
「君とは初対面かも。紗奈ちゃんの彼氏なんだって?」
紗奈が赤ん坊の頃から面倒を見て可愛がっていた店長は、紗奈の彼氏だと言う悠を観察するかのごとく見つめた。
「あ…ど、どうも」
どうもそれが居心地悪く、悠は控えめに挨拶をする。
「折角だしトイレで髪整えたら? ワックスないの?」
と菖蒲が言った。
「持ってるわけないでしょ」
「じゃあ薬局で買ってきてやろうか」
「いいよ。わざわざそんな……」
悠の前髪を上げる菖蒲に、軽く抵抗を見せる。
「制服で髪上げてるとこも見てみたいじゃん」
「私服の時と変わらないって」
「確かに、晴れの日だしかっこよくするのもいいかもよ?」
菖蒲が前髪をあげるものだから、店長にも悠のイケメンフェイスは見られている。
ワックスを貸してあげる。と店長は奥に引っ込んでいき、持ち歩いていたであろうワックスを持って帰ってきた。
「使って使ってー! と言うか、俺がちょっと見たい」
「え……?」
二人してワクワクと期待の眼差しを向けてくるから、悠は渋々トイレにこもってワックスをつけて帰ってくる。
「おお。かっこいい」
「でしょ? 流石は紗奈の選んだ男ですよねー」
「紗奈ちゃん、小さい頃はお父さんと結婚するって言ってたくらいだもんね」
「身近にいるのがあんなイケメンだったら、そりゃ面食いにもなるんだよなあ……」
悠はむうっと唇を尖らせて、少しだけ不機嫌そうにこう呟く。
「紗奈は顔だけを見る人じゃないんだろ?」
「そりゃそうだ」
「だよねえ。君、どうやって紗奈ちゃんを落としたんだい?」
と、また興味津々に見つめられて、悠は少ししり込みしてしまう。
また体調を崩されても困るので、ここは菖蒲が助け舟を出してくれた。
「紗奈は優しいってさ。あとエスコートが紳士だったとか、色々。動物園の時も……」
「待って。前からだけど、本っ当に色々と君に報告行き過ぎじゃない!?」
「おう。ほとんど惚気話だよ。最近は本っ当にゲロ甘すぎて砂糖吐きそうなんだよ!」
恨みがましく悠を見て、菖蒲は悪い笑みを浮かべた。
「お前、俺に恋人ができた時は覚悟しろよ! 全部惚気けてやる!」
「友達のあれこれ聞くのとかいたたまれないんだけどっ!」
「俺はお前らのあれこれを聞かされてんだよ」
悠は頭を抱えたくなる。そこを、ぽんっと諸悪の根源に肩を叩かれ、微かな苛立ちを覚えた。
「友達だろ? な?」
「その顔ムカつく。妙にいい笑顔しちゃって」
「てか、お前に友達って初めて言われたな」
「あ。ごめん……。嫌だったなら訂正する」
悠は未だに自分に自信がない。自然と口にしていた言葉だが、菖蒲は最初、自分を苦手だと言っていた事だって覚えている。
悠は急に不安になって、遠慮気味に菖蒲を見つめた。
「すんな。お前、そういうとこだぞ。自信持って紗奈と堂々と並ぶんじゃねえのかよ」
「あ、うん……。そう、だね。ありがとう」
店長が「青春だねえ」とほんわかした空気で笑うので、二人は軽く頬を染めて、気恥しい気分になってしまうのだった。