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第62話 卒業の日

 三月九日。今日は紗奈達の中学校の卒業式の日だ。


「紗奈ちゃん。寄せ書き書いてー!」

「こっちも!」

「てか書いていい?」


 紗奈はクラスメイト達から、卒業アルバムのラストページにメッセージを書いてもらっている。逆に紗奈も頼まれて沢山書いているので、大忙しだった。


 廊下で忙しそうにしている紗奈を横目に見ていた悠は、複雑そうな表情をしている。


「なー…小澤も書いてよ」

「え」


 地味な格好をしている学校では、悠は他人とあまり会話をしない。教室から出てきた菖蒲に声をかけられて、驚いてしまった。


 驚いたのは悠だけではなく、廊下にいたクラスメイト達もだった。


「あれ? そこ接点あったっけ?」

「こないだ出来た。俺ら高校同じだから」

「あーね。ガリ勉くん頭いいもんね」

「むしろ、お前はよく落ちなかったよな」


 卒業の雰囲気だからか、今日はからかいも半減と言った感じだ。悠は少しだけほっとする。


「て事で、メッセージよろしく」

「あ、うん」

「俺も書いていい?」

「いいけど……。アルバム教室だから待って」


 誰かに書いてもらう事なんて考えてもいなかったので、悠は自分の席に荷物を全て置きっぱなしにしていた。


 それを取って戻ると、悠はまっさらなラストページを菖蒲に見せる。


 悠も、菖蒲に言われて卒業アルバムのラストページの端っこにちょこんと、在り来りなメッセージを書いた。それを読んだ菖蒲はどこか不満げにじーっとメッセージを見つめる。


 そして、急に悠の手を掴んで、大勢の生徒達に囲まれている紗奈の方に歩き出したので、驚いた。


「紗奈ー! 紗奈もメッセージ書いてよ」

「うん。書く。菖蒲くんも書いて?」

「ついでにこいつのも。高校よろしく。程度でいいからさ」

「ちょっと」


 学校では関わる気がなかったのに……。悠は菖蒲の突然の行動に、更に驚いてしまった。


 案の定、周りの男子からは批判の声が上がっている。


「地味眼鏡ムカつく」

「北川には彼氏いんだから諦めろよー」


 その彼氏が悠だ。なんて事は、悠のためにも言えないのだが、紗奈は悠がからかわれたり、文句を言われたりしていると、すぐに機嫌になってしまう。


 ムッと眉を寄せ、紗奈は悠にぐっと近づいた。


「書いてあげる。だからあなたもメッセージ書いてね?」

「え……」

「思いつかなかったら、よくあるメッセージでもいいからさ」

「…うん」


 在り来りだが、気持ちが伝わるようなメッセージ……。悠は少し悩んだ後に、ぎっしり書かれている紗奈のアルバムの空いている部分にちょこんと、メッセージを書いた。


 二人は書いたメッセージを交換すると、思わず笑ってしまう。


 気になった菖蒲が二つのアルバムを覗けば、それには同じ内容が書かれている。


「何だよ。同じこと書いてんじゃん!」

「在り来りでいいって言うから」

「お前も笑ってるし」

「ふふっ。なんだか嬉しい!」


 周りには「浮気だ」とか、「地味眼鏡の癖に生意気だ」なんて言われたけど、二人はお構い無しにくすくすと笑い合う。


「そろそろ並ぶぞー! アルバム置いて廊下に並べよー!」


 先生が呼ぶので、紗奈達は解散して卒業式へと臨んだ。


「卒業証書、授与」


 。。。


 ……卒業式が済んだら、卒業生である生徒達は、みんな思い思いに過ごす。


 友達との別れを惜しんだり、家族と写真を撮ったり。仲のいい友達と春休みに遊ぼう。と予定を組んだり……。今もまだ、涙ぐんでいる生徒もチラホラといる。


 そして、中庭には人溜まり。


「うわっ、あそこ誰のお父さんお母さんかな?」

「美男美女じゃん」

「てか、あそこにいるお父様方、結構みんなかっこよくない?」


 遠巻に囲まれているのは、真人や将司だった。菖蒲の両親や、音久の叔父もいる。


「なんでお前が来るんだよ。お前の息子じゃねえだろ」

拓真(たくま)。久しぶりだね」


 音久の叔父である久谷拓真(くたにたくま)は、音久の『母親の妹の夫』である。


 拓真は、音久の母親である美乃みのとは同い歳で、そこそこ仲が良かったらしい。


「美乃ちゃん達が忙しいみたいでさ。私達の代わりに、絶対にビデオ撮って来て! って念を押されちゃった」


 ビデオカメラを片手に、拓真は笑う。


「お父さん! お母さん!」


 紗奈が近づくと、周りの生徒達はざわざわと紗奈の噂をした。


「やっぱり。紗奈ちゃんのお父さんだって」

「紗奈ちゃんって可愛いもんね」

「音久くんの叔父さんもいるってさ」


 囲まれることには慣れているのか、親達は少しも気にした様子はなかった。


 ただ、親達は平気でも悠には厳しい人溜まりで、とてつもなく嫌そうな表情を浮かべて野次の更に後ろでじっとしているのが遠くから見える。


 絶対に輪に入って来ようとしないだろう。と予想がついているためか、小澤夫妻はただ苦笑しているだけだった。


「へえ。真人の娘さん。初めて会ったね」

「えっ?」


 父よりも顔がいい男性を見慣れていない紗奈は、不意に拓真に声をかけられ、驚く。


 物凄く整った顔をしている男の人だ。と紗奈は思わず惚けてしまった。


「お父さんのお友達ですか?」

「そうだよ。そんで、音久の叔父なんだけど…。音久、どこにいるか知らないかな?」

「あっそれは……」


 あおいが、今日で卒業だから。と音久を呼び出した。だから、音久とあおいは今ここにはいないのだ。


「ちょっと用事で呼ばれてます」


 紗奈が拓真と会話をしている間に、菖蒲が悠を無理やり引っ張って来て、輪に入って来る。


「ねえ、引きずるの辞めない?」

「遠慮してるからじゃん。どうせ、もう卒業なんだぜ? 今日だけ我慢したらあとは楽になれるって」

「……ん」


 思いの外、悠の体調が悪そうなので、振り返った菖蒲がギョッとする。


 その視線に気がついて、悠は汗を軽く拭うと歪んだ笑みを浮かべた。


「ごめん。平気」

「全っ然平気に見えねー……」

「あらあら」


 何となく予想は着いていたらしく、小澤夫妻は落ち着いている。


 それとは対照的に、紗奈と菖蒲がおろおろしてしまっているので、少し可哀想だった。


「親父。俺達先に行ってるー。ほしのねこね」

「えっ? 白鳥くん!?」


 とにかくこの場から離れようと思って、菖蒲は悠を連れ出した。


 菖蒲の父、幸雄は手を軽くあげてグッドサインを出す。


「おう! 待ってろ!」


 置いていかれた紗奈だけは、心配そうな表情で悠と菖蒲の後ろ姿を見送った。

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