第61話 合格祈願
「悠くんは今日、何してた?」
紗奈がそう聞くと、悠はぐるっと部屋の中を見回す。そして、最後に机の上を指さした。
「紗奈が来るから掃除して、あとは少し受験勉強してたかな。明後日だし」
「ふふ。頑張ろうね」
「うん。紗奈は?」
「お出かけの前は、私も少しだけ勉強してたよ」
紗奈がそう言うと、悠は紗奈の顔をじっと見つめて、甘い表情で呟くように言う。
「チョコでも作ってるかと思った」
今日は十四日なので、当然期待もする。
悠の言葉に、紗奈の顔がぽっと赤くなった。そして、鞄からいそいそと可愛くラッピングしたチョコクッキーを取り出すと、悠の前に差し出した。
「あのね…今度は私一人で作ったの。貰ってくれますか?」
「……もちろん。ありがとう。紗奈」
悠は嬉しそうにラッピングを見つめてにこっと笑う。その表情は、やはり甘い。紗奈はそう思って、更に顔が赤くなる。
冬なのに顔が熱くて、紗奈は両手で頬を押えた。そして、照れくさそうに、ラッピングされたそれをちらっと見ると、言う。
「味見したから、不味くは無いと思う……」
「早速食べてもいい?」
待ちきれない。というように、悠はラッピングされているリボンに軽く手をかけて、紗奈をじっと見つめた。
「うん」
紗奈が了承すると、悠はラッピングを綺麗に剥がしていき、中のクッキーを一つ手に取った。
そして嬉しそうに、かみしめるように、悠は手に取ったクッキーを眺める。
「これも紗奈が自分で書いたの?」
「う、うん。ちょっと不格好になっちゃった」
「ふふ。確かにちょっと歪だけど、わかるよ。俺の名前だ」
ホワイトチョコを使って、アルファベットで悠の名前が書かれたクッキーだった。
悠は「嬉しい」と言って、眺めていたクッキーを口に入れる。
「すごく美味しい!」
「ほ、本当? 良かったー!」
紗奈はほっと息を吐いてから、他のクッキーをわくわくした表情で取り出す悠を見つめる。
他のクッキーにも色々な文字が書かれているので、悠は手に取ると、やはりその一枚一枚を眺めた。
「ラブ…?」
「あっ。あんまり見ないで食べて!」
紗奈が真っ赤になって、恥ずかしそうにクッキーに手を伸ばすから、悠はそれを届かない位置に手を上げて抵抗する。
書いてある文字を見て嬉しそうに、こちらも照れくさいと言うように、自然と口角が上がっていく。
「えー? いいじゃん」
「ほ、他のはいいけど……それは恥ずかしいんだもん」
ちらっと、縋るように悠を見上げるが、悠は楽しそうに、挑発的に笑って紗奈に囁いた。
「俺も好き」
「! ……もう。そんなかっこいい顔するなんてずるいっ」
「ずるくない。紗奈だってずっと可愛い顔してるじゃん」
悠だって大概限界だ。紗奈が慌てた顔をするから、多少冷静になれる。ただそれだけだった。
本当は照れくさいし、紗奈のころころと変わる可愛らしい表情をずっと見ていたら、心臓が爆発しそうだ。
「お互い様でしょ」
少しだけ拗ねたのは演技ではなく、素の状態だった。頬も赤くなっているし、照れくさそうに眉は複雑な形をしている。
自然な顔を見せた方が、紗奈は満足してくれるから……。
「残りは後で食べるよ」
「うん。合格祈願のクッキーもあるからね!」
「はは。楽しみにしてる」
「みんなで一緒に合格、しようね!」
「そうだな」
。。。
そして、受験当日。紗奈達は全員、いつもよりも気合いの入った表情で、それでも少し緊張気味に、試験会場に足を踏み入れるのだった。