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第58話 勉強会

 音久が一緒に勉強する事を快く了承してくれたので、土曜日に集まって勉強会をする事になった。場所はカラオケだ。


 図書館だと、悠がいつも使うような個室は流石にこの人数は入り切らないし、個室以外だとあまり教え合うなどの会話は嫌がられる。


 ちょうどよく使える大きなスペースと言ったらカラオケで、更に息抜きもできるね。と全員の意見が一致した。


「この中だと菖蒲くんが一番危ないんだからね?」


 一番に娯楽に手を出しそうなのは菖蒲だったので、マンションのエントランス前で会った時に紗奈にジト目で釘を刺された。


「うっ。お前だってカラオケ好きじゃん。はしゃぐじゃん」

「今日はお勉強だもん。大丈夫よ」


 待ち合わせ場所に着くと、既に悠が来ていた。


「今日、()()()で行くの」

「他の学校の人に見られたら面倒だから」


 今日の悠は髪を上げたイケメンスタイルだった。


「俺とか音久もいるし、平気だと思うけど」

「学校じゃほとんど喋ったことないんだから、こっちのがいいでしょ」

「私は悠くんならどっちも好き!」

「ありがとう……」


 本当にどんな悠でも肯定してくれそうなので、悠は照れくさいながらも感謝する。


 あおいとも音久とも合流すると、普段見られない格好という事で、悠はあおいと音久にじーっとイケメンフェイスを観察される。


 目に見えて嫌そうにするので、観察自体はすぐに終わったのだが、今度は感想会の始まりだった。それには紗奈も参加している。


 一歩後ろで菖蒲と悠がそれを眺めていた。


「まだ勉強してないのに疲れた」

「本当に苦手なんだな」

「平気ならそもそも、紗奈の彼氏は俺だって公表してる」

「それもそうか……」


 悠は紗奈が笑っているのを眺めつつ、悲しげに笑った。


「本当は堂々と出来たらいいんだけどな」

「出来ないことは無いと思うけど」

「もうちょっと先かな…。今もまだ、本当は自信無かったりするし」

「紗奈は今も楽しそうだし、いいんじゃね?」

「今は、ね。本当は紗奈だって、隠すの辛いと思うし。いずれはちゃんと顔、隠さないでも平気なようになるよ」

「ふーん……。ま、ちょっとずつな」


 ぽんっと背を押すと、悠がくすっと嬉しそうに笑った。


「ありがとう」


。。。


 案内されたカラオケルームはなかなかに広かった。みんなが教科書を広げても余裕がある。飲み物なんかが置いてあるので少し圧迫されてはいたが、スペースはこれで丁度いいと言った感じだった。


「まずは、それぞれの得意分野と苦手分野出し合おうぜ」

「そうだね。その方がスムーズかも」


 と言うので、言い出しっぺの菖蒲から席順で時計回りに聞いていくことになった。席は男子三人、女子二人で向かい合って座っている。


 菖蒲、悠、音久、あおい、紗奈の順番だ。


「得意科目は数学で苦手科目は国語」

「俺は得意なのは英語で、苦手なのは…強いて言うなら理科かな」

「俺は得意科目は社会で、苦手科目は数学だよー」

「私は得意なのは国語で、苦手なのは社会かしら」

「私は、得意なのは国語! 苦手なのは社会!」


 全員が出し合った。


「理科だけは全員で教科書見ながらやる?」


 結果、理科を得意な人が一人も出なかったので、先に理科から済ませることにした。


 悠が苦手教科を理科だと言ったので、できるだけフォロー出来るようにする…のだが。


「……普通にできるじゃねえか!」


 フォローしようと思っていたのに、悠は菖蒲よりも理科科目への理解が深い。

 

「強いて言うならだし。英語以外の教科はほぼトントンで、得意でもないけど苦手なわけでも無いんだよ」

「英語はそんなに得意なの?」

「両親とも海外旅行が大好きだからね。付き合わされたおかげで英語は得意になったんだよ」

「凄い…!」


 結局、一番理科が出来なかったのは菖蒲だった。


「こんなん習ったっけ?」

「習ったよ。生態系は……あ、これだ。教科書。はい」

「おう。サンキュ」


 フォローどころか、何故だか悠が隣に座っている菖蒲の理科科目を世話している形になってしまっていた。


 いつの間にこの構図になったのだろうか。と思いつつも、菖蒲は大人しく世話をされる。


「えーっと…細胞図どこだっけ」

「教科書の七十二ページだよー」

「ありがとう」

「いえいえ」


 流石なのはあおいの暗記能力だった。どのページに何が書いてあるのか、だいたい把握しているらしい。特にテストで出そうな重要箇所は全て把握してあるので、音久が教科書を捲る間にサラッと答えている。


「あー…俺、地学苦手なんだよな。なんで地形にわざわざ名前つけるわけ」


 教科書を読んでいた悠が集中力を切らしたので、理科が苦手なのは嘘じゃなかったんだな。と全員が思った。菖蒲の世話をずっとしていたので、正直疑っていたのだ。


「そういや、小澤も毎回テスト上位だっけ」

「うん。まあ……。学校だと一人でいる事が多いし、適度に予習復習しやすいんだよね」

「確かに、よく教科書広げてるかもなあ」


 菖蒲はそれを思い出して、苦い顔をした。菖蒲も決して勉強が苦手という訳では無いのだが、他の四人に比べれば出来る訳でもない。


「でも嫌いな教科はとことんやる気出ない」


 教科書から手を離した悠に、菖蒲は悪魔の囁きを漏らす。


「気分転換に歌おうぜ」 

「……白鳥くんも飽きてるでしょ」


 そうジト目で聞くと、真剣な目で首を縦に振られてしまった。

 

「飽きてる」

「歌うなら一人で歌って。俺を巻き込まないでよ」


 他の人達は頑張ってるのに。と悠は思うが、菖蒲はどうしても悠を引きずり込みたい。


「下手でも気にしねえから!」

「別に下手だから嫌なわけじゃないし」

「ぐうぅ……」

「もう。悠くんを誘惑しないでよ」


 と紗奈が真面目半分、ヤキモチ半分に菖蒲を咎めた。


「もう少ししたら休憩にするから。もうちょっと頑張りなよ」

「そうだね。休憩したら別の教科もやりたいし」


 と宥められたので、菖蒲は大人しく休憩まで教科書を睨みつけるのだった。


。。。


 結局、あれから三十分程経っていた。


「お腹すいたな」

「ご飯も兼ねて歌って気分転換でもしよっか」

「やっと休憩だー。俺、ピザ食いたい」

「みんなでつまめるものを頼もうか」


 悠が率先して注文をしてくれたので、その間に菖蒲が好き勝手に曲を入れていた。


「菖蒲くんったら」

「へへっ。みんなで歌おうぜ」


 マイクは二つ。歌える人がマイクを取って歌おう。と机に置いた。


「デンモクも置いとくから、どんどん入れちゃって」

「一通り歌ったら勉強再開するんだからね?」

「分かってるよー」


 菖蒲が入れた曲が将司の曲だったので、何となく悠はむず痒い気分だった。しかも、無理やりマイクを持たされた。


「歌おうぜっ!」

「…仕方ないなあ」


 流石は将司の息子と言うべきか、悠の歌唱力は歌手にでもなれるレベルだ。


「わあ。上手ー!」

「凄いね。悠くん……」


 新たな一面を知れた喜びか、紗奈の頬はほんのりと染まっていて、可愛らしい。


「これ、父さんの曲だし…」


 父親にもよくカラオケに連れてこられるし、来たら父は大抵、自分の曲を歌う。というより、悠が歌ってくれるのが嬉しいらしいので、歌わされる。そのため、この手の曲は大得意だった。


「絶対に上手いと思って押し付けたけど、マジで上手いな」

「白鳥くんてば、途中からマイク置いてたし」


 悠にジト目で見られ、菖蒲は苦笑する。


「坂井くんも歌ってよ。上手いの知ってるよ」


 音久の歌唱力については、彼の母親から将司に伝わり、その将司から悠も聞いている。


「え? じゃあ、将司おじさんの曲。変調のところ分からないからそこから一緒に歌ってよ」

「いいよ。父さんの曲は一応、全部歌えるし」


 そこから二時間は歌っていたと思う。ご飯を含めたので、まあ許容範囲の休憩だった。


「菖蒲くん。満足したよね?」

「そろそろ勉強再開しようか」

「うー…したくねえ……」

「白鳥くんだけ落ちても知らないよ?」


 その言葉は効果的で、その後はフリータイムの最終時間まで集中して勉強が出来た。

※今回、いつもよりちょっと長くなってしまいました。大体菖蒲のせいです……。

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