第56話 噂の的
新学期が始まり、教室内も廊下も、ざわざわと騒がしい。久しぶりの学校に、みんな浮かれているようだった。
しかし、それだけでは無い。
紗奈のクラスも悠のクラスも、終業式の日の紗奈と、紗奈と一緒に歩いていたイケメン…もとい悠の話題で持ち切りになっていた。
「ねえ、紗奈ちゃん。あの彼と結局付き合ったの?」
「見たよ。初詣にも一緒にいたよね?」
「顔だけの奴ってマジ?」
「面食いだって言ってたもんな。北川」
あおいと会話を楽しんでいた紗奈は、突然近寄ってきて悠を下げるような発言をされ、つい不機嫌な顔をしてしまう。あおいもどこか呆れた様な表情だった。
「認めたくないだけかしら? 紗奈ちゃんが顔だけで選ぶわけないじゃない」
「はあ? そんなのわかんねえだろ」
「だって、顔だけで選んでるなら今頃紗奈ちゃんと付き合えてる性格ブスのイケメンがそこかしこにいるもの」
にっこりと毒を吐いたあおいに男子達の顔色がサッと青くなる。後ろではイケメンの部類にギリギリ入るであろう、そこそこ顔の整った男子生徒が震えていた。
「あおいちゃんがかっこいい……!」
「あはは。今の彼が嫌になったらうちにおいでー」
「ふふ。ならないと思うけど、喧嘩したらあおいちゃんちに行くー!」
「喧嘩前提みたいに言うなよ。可哀想だろ」
紗奈や音久とまた仲良く話すようになったから、菖蒲は時折紗奈のクラスに来るようになった。今も音久と話すために遊びに来ていたので、菖蒲は思わず紗奈に声をかけたのだった。
菖蒲に呆れた顔でそんなことを言われてしまった紗奈は、ぷくっと頬を膨らませる。
「したくないけど……。一度くらいは体験しておきたい気持ちもあるって言うか……」
「俺も巻き込まれるやつだから勘弁して欲しいんだけど」
今のところ、悠にはクラスで仲のいい人物はいない。強いて言うなら、彼の色々なことを知っている菖蒲くらいなのだ。
何かあったら絶対に相談してくるだろうことは想像がつく。菖蒲はそう思って苦い顔をした。
「知ってるの? 白鳥くん」
「彼、どこの子なの?」
「おいおい。人の彼氏に興味持つなよ」
「気になるじゃん。かっこいいし」
かっこいいと聞いて、紗奈はもっと頬を膨らませてしまった。
「私の彼氏なのに……」
「うわ、独占欲ってやつ?」
「良かったー。北川に好かれてなくて」
「だって、あなたには好きになる要素がないんだもん……」
紗奈は拗ねた表情のままそう呟いた。
「拗ねるなよ。紗奈……」
「ベタ惚れなんだねえ。素敵だなあ」
あおいは「ふふっ」と軽く笑っているが、菖蒲はゲッソリとした表情であの初詣を思い出す。
「マジで、間近であのやりとり見たら糖尿になって死ぬって」
「あら。それはそれで気になっちゃうわ」
紗奈はポッと顔を赤くして俯く。あおいはそんな照れている紗奈の腕に自分の腕を絡めて、ニヤッとからかい顔になった。
「そう言えば、初詣の時あんたもいたわね」
「どんな感じなの? そんなに甘々なの?」
恋バナが気になる女子生徒達に、やっぱり菖蒲はゲッソリとした顔で言う。
「激甘。ナチュラルにイチャつくからタチ悪いって言うか……」
「そんなことないと思うけどなあ」
「それは、お前んとこの両親がラブラブだからだろ」
「えへへー」
仲良しな両親を思い浮かべ、紗奈は嬉しそうな笑顔になる。菖蒲は「はあっ」と小さくため息をついて、朝から疲れを隠しきれないのだった。
何故なら今日は、登校時にも紗奈のハイテンションな悠の自慢話を聞かされていたのだ。もうお腹いっぱいだし、げんなりしてしまう程だった。