第54話 鎌倉巡り
元日にたまたま会ったおかげで、二人で初詣に行くという予定は変更された。一月三日は県内だが、少しだけ遠くに出かける事になったのだ。
その当日。悠は紗奈に貰ったマフラーを身につけて、待ち合わせ場所の駅に向かった。
「待たせてごめん」
「ううん。私も来たばっかり!」
今日の紗奈はいつもよりも少々大人っぽい。赤色のハイネックにベージュのコートを羽織っている。下は黒のフレアミニスカートで可愛らしいが、普段よりかはシンプルに見えた。
髪型がいつものツインテールではなく、おろした状態でリボンカチューシャをつけているところも、大人っぽく見える原因だろう。
「鎌倉なんて遠足以来かも」
「そうなの? まあ、ちょっとだけ遠いもんな」
「悠くんはよく来るの?」
「父さんに付き合わされて、割と全国色んなところを」
「えっ! 凄い……」
北海道から沖縄まで、日本全国制覇したのではないかと言うほど父に付き合わされて、悠は色々なところを巡っている。
「そしたら、一緒に旅行に行く時は安心だね」
明るい笑顔で言われてしまい、悠は一瞬思考が停止する。純粋な気持ちで言ったんだろうとは分かっているが、つい考えてしまったことがあった。
「悠くん?」
「旅行って、二人で?」
「え? うん……」
「二人きりでお泊まりしたいだなんて、大胆だね」
「あ……」
純粋な意味だと分かっていても、悠はついついそんな風に意地悪を言う。そうじゃないと、意識のしすぎでこちらの方が恥ずかしいから。
紗奈が顔を赤くすれば、悠はその姿にくすくすと笑って満足する。
「本当、可愛いよね」
「うー……。ばか」
小さな声で悪口を呟き、紗奈は恥ずかしそうに悠の腕に、自分の腕を軽く絡めてくる。
「ごめん。紗奈」
「悠くんばっかり平気そうな顔をする……。ずるいよ」
「平気じゃないけどかっこつけたいの。許して」
内心ではかなりドキドキしていた。冬なのに、熱くて溶かされてしまいそうなくらいだ。
「じゃあ、今度は平気じゃない顔も見せてね? 私ばっかり恥ずかしいんだもん」
「二人きりの時に、特別ね」
余裕を装って、悠は人差し指を自分の唇に当ててみせる。
「約束だからね?」
「わかったよ」
腕を組んだまま歩くのはまだ少し照れくさかったので、手を繋いで二人は鎌倉をふらっと歩く。
「八幡宮はやっぱり人だかりだな」
「まだ三が日なんだもんね」
「どこ歩く? 下に降りると商店街もあるよ」
「私あれ見たいな。鎌倉の大仏!」
「ああ……。じゃああっちだ。見に行こうか」
「うん!」
何度も来ているだけあって、悠は聞けばすぐに場所を教えてくれる。
大仏がある寺院にやって来た二人は、ゆっくりと院内を散策していた。
「ここも混んでるね」
「そうだね……」
それでもゆったりと散歩できるので、この時間が楽しかった。
「綺麗……」
「春に来たら桜も見られるよ」
「わあ。いいね!」
今は冬なので木々も少し寂しいのだが、遠くに見える山肌が白く覆われていて、この景色も美しいと思った。
「他にも綺麗な寺院とか結構あるよ。行ってみる?」
「うーん……。行きたいけど、参拝料かかるでしょ? あんまりお金使うと、お父さんに怒られちゃうんだ……」
そう言って苦笑した紗奈に、悠は今更だが不安になった。
「遠くに連れてきてごめん。大丈夫?」
「うん。鎌倉に行くって言ってあるし、そしたら電車賃だけ貰えたの」
「近くのが良かったかな?」
「近くでも楽しいけど、遠くだと知らないところが沢山あるから、今日鎌倉に来れて良かったよ?」
「それならいいんだけど」
ほっと息をついたら、紗奈がちょこんと悠の肩口に擦り寄ってくる。本当に幸せそうな顔をしてくれるので、愛おしいという気持ちで溢れ出してしまいそうだ。
。。。
「お昼は商店街の方に行こうか」
大仏を堪能した後、またゆっくりと院内を歩き周り、門を抜けたところで悠がそう言った。
「うん」
「安く済ませるなら食べ歩きでもいいし、ガッツリ食べるならどっか入ってもいいと思うけど……。とりあえず見て回ろうか」
商店街にも人が多いので、悠はさっきと同じように、自然と紗奈の手を取って歩いてくれる。
「悠くんのお勧めはある?」
「え? あー…あそこの定食屋も美味しいけど、あっちの饅頭屋も美味いよ。団子もある」
悠が色々な方向を指差して教えてくれる。
「じゃあ、食べ歩きにしよ? 混んでるお店より、悠くんとお喋りしながらゆっくり歩きたいな」
団子屋から出てきて食べ歩く二人組の女性を見ながら、紗奈はそう言った。悠も紗奈の視線の先を見ると、頷く。
「そうしようか」
二人も団子を買って、商店街を練り歩く。他にもせんべいや串餅を買って、多少お腹が膨れたところで他の寺院の傍を通った。
「あっ。狐!」
「稲荷神社だね。人多いなあ」
「そうだね。大仏の所よりも凄い人だかりかも」
「見たいなら入る?」
「えっと、ううん。神社のお参りは元旦にしたから」
紗奈の笑う顔を見て、悠は少しだけ困った顔で笑った。紗奈が自分を気遣っていることに、悠自身も気づいているのだ。
悠は人混みが苦手だから……。涼しい顔をしていても、軽く汗をかいていることに、紗奈の方も気づいていた。
「ねえ、悠くん。あっち凄い坂道だねっ!」
スルッと手を離して、紗奈は坂を登っていく。途中でこちらを振り返ると、ブンブンと大きく手を振ってくれた。
「悠くん!」
「…待ってよ。あんまり先に行くと迷子になるからね?」
「そこまで子どもじゃないよ」
悠は我慢させて申し訳ない。と思いながら、紗奈が無邪気に笑ってくれるので、指摘も何も出来ずに隣に並んで歩く。
作者も鎌倉は小学校以来なので、ここに出てくる鎌倉は似非鎌倉です……。