第53話 好きなところ
紗奈の母方の祖父、銀次は悠を見つめつつ、お守りを握りしめている菖蒲にスっと近づいた。
「なんか、聞いてた印象と違うね」
「ああ、基本的には優しい奴なんですけどね。身内以外には愛想ないけど」
「ふうん」
「歳のせいかなあ……。紗奈ってまだこんなに小さかった気がするのに」
歳のせいか、涙腺が緩くなっているようだ。父方の祖父、北川康臣はうるうると瞳を潤ませて紗奈と悠を見つめている。
「こんなに小さいのは義人なんですけど」
わたあめを食べながら真人に抱っこされていた義人が、キョトンとした顔をした。ベタベタの手をぺろっと舐めながらジーッと康臣み見つめている。
そのつぶらな瞳が祖父の心を撃ち抜いた。
「もう。可愛いなあ。義人はまだまだ恋なんて先の話だよなあ? なー?」
「当たり前だろ。五歳だぞ」
「でも、小学生になったら分からないよね」
「えっ、やだ。そんなに早いのはやだ……」
幸雄が横からからかうように言うと、真人もふるふると首を横に振って、義人をギュッと抱きしめ離さない。
義人はやっぱりキョトンとした顔で、不思議そうに幸雄の顔を見つめている。
「真人も意外と親ばかなとこあるよなあ……」
「あら。意外かしら? 真人は一途だし…身内には激甘よね」
「俺には優しくないのにー?」
「照れ隠しよ。真人、幸雄くんのこと大好きだもの」
「由美!? 余計なこと言わないでよっ!」
真人が珍しく照れくさそうな表情をしているので、義人まで「きゃっきゃっ」と笑い出す。
真人は複雑そうに眉を寄せ、顔を赤くすると散々文句を言い、最後には不貞腐れてしまった。
そんなやり取りを横目で見守っていた銀次が、今度はジーッと悠のことを見つめる。
「なあ、悠くんは紗奈のどんな所が好きなんだ?」
にこっと銀次が圧をかけると、悠の口元がひくっと引きつった。
「好きな所…ですか?」
「俺も聞きたいなあ」
康臣もにこっと笑顔で圧をかけてくる。初対面の時の真人にそっくりな表情だった。
「あんまり虐めるな」と真人は言うが、何故か悠の両親はノリノリだった。
「面白くなってきたねえ」
「いいネタになるわあ」
なんて煽るように盛り上がっている。
悠は両親のノリに慣れているのか、諦めがついたのか、軽くため息をつくだけだった。
「…紗奈は、俺の中身を見てくれたから。それに、正直あんなに好きって顔されたら、正直意識せざるを得ないと言うか……」
「え?」
それにいち早く反応したのは紗奈だった。そんなに分かりやすかったのだろうか。と頬を押さえて恥ずかしそうに俯いている。
「表情がころころ変わって、分かりやすくて。素直で真っ直ぐで、凛としてる。そんな強くて可愛らしい所が大好きですよ」
悠はそう言うと、ふわっと本当に愛おしそうに…笑う。
確かにこれは甘い。と誰もが思った。菖蒲なんか、お守りをギュッと握ったまま放心しているくらいだ。
なんなら祖父たちも、悠の甘い表情に惚けてしまいそうになるくらいだった。
「悠くんはずるいよぅ……」
紗奈はゆでダコのごとく真っ赤なので、後でまた宥めるのが大変だ。と悠は苦笑する。
。。。
初詣の後は、約束通り菖蒲の時間を少し貰った。
悠は持っていた巾着から小さな縦長の箱を取り出すと、菖蒲に差し出す。
「ん?」
「こないだお世話になったお礼に」
「律儀な奴だな。気にすることないのに」
「気にするでしょ。子役時代のこととか、家族以外の人に話したのは君が初めてだよ」
悠がまたふわっと柔らかい笑みを浮かべるので、菖蒲がグッと喉を詰まらせる。
あまりにも整った容姿を目の前にすると、異性も同性も関係がなくなるようだった。
「う。おう……。お前も大概素直だよな」
と言って、照れくさそうにしている。
「そう? 相手が誠実な人なら、同じように返したいと思うんじゃない?」
菖蒲は箱を受け取って、軽くそれを掲げた。
「まあ、ありがとう。大事にする。」
中身が何かはわからないが、箱の形状からしてボールペン辺りだろう。
「うん」
「じゃー、また学校でな」
「またね」
菖蒲が紗奈達の元に戻ると、紗奈に「ずるい」と不貞腐れた顔をされてしまった。その後のご機嫌取りが大変だったことは言うまでもない。