第52話 砂糖のように甘く
せっかく会えたから、紗奈は悠ともっと一緒にいたいと思ってしまう。
それを察してか、それとも別の理由か、銀次がこう提案した。
「あの、せっかくですし、ご一緒しませんか? ちょうど話を聞いていて、お会いしたいと思っていたんですよ」
この提案には、向こうの両親方もノリノリで「是非」と言って肯定してくれる。
「ごめんね。悠くん。こんなに沢山で」
「いいよ。どうせうちの親もこういうノリ好きだから」
「まさか本当に会うとはな」
「本当にね。白鳥くんとはこの後会う予定だったけど、先に会うなんて驚いたよ」
「え? なんで? ずるい!」
初詣も菖蒲と先にしてしまうのか。と紗奈はヤキモチを妬く。悠は紗奈のヤキモチが可愛いので敢えて何も言わず、菖蒲が慌てて否定することになった。
「初詣じゃなくて神社の外でちょっと会う予定があったんだよ」
「そうなの……?」
「うん。大したことじゃないけどね」
「ふーん」
「機嫌直せよ。紗奈。どうせ初詣デート、予定あったんだろ?」
「三日の日にね。元旦に会う約束はしてない」
「ごめんね。紗奈」
紗奈が拗ねるようにぷくっと頬を膨らませるので、悠は耐えきれずに「ふふっ」と笑みを零してしまった。
頭は可愛らしく飾っていたので撫でることは出来ないが、紗奈の頭がフリーなら絶対に撫で回していた。と悠は思う。
「あらあら、微笑ましいわね」
「抱きしめてやりゃあいいのに」
進が茶化すと、悠にジト目で見られてしまう。菖蒲も同じことを思ったのか、「しねえの?」なんて聞いた。
憤っているのは可愛い孫を取られた祖父二人だけだ。大人達は生暖かい目で子ども達のやり取りを見つめている。
「しないよ。せっかく可愛いんだから、下手なことをして着崩したくないでしょ」
大勢の大人に囲まれているにも関わらず、悠は普通のテンションでふるふると首を横に振って、言う。紗奈の方が照れてしまった。
「…お前、すげえな」
「よく出来た子だわあ……」
紳士的な悠に、紗奈は頬をほんのりと染めてはにかんでいる。こんな場面を見せつけられては、祖父達も悔しく歯噛みするしかなかった。
。。。
「悠くんは何をお願いするの?」
「んー? 普通に合格祈願かな」
「じゃあ俺達みんな一緒か」
「受験生だもんね」
流石は中学三年生だ。神への祈りは同じ内容で、三人は並んで二礼二拍手一礼を行う。
「何か買って食べようか」
「良いですね。並んでいたらいい時間ですし」
かなり混んでいたので、一時間近く並んでいたように思う。朝がおせちなのでそこまででもないが、多少は何かを口にしたい気分だった。
「何食べたい?」
「僕わたあめ!」
両手を挙げてぴょんぴょんとジャンプし、アピールしている小さな体。義人である。
「あら。義人ったら」
「いいな。わたあめ」
「菖蒲くんも買う? 私も食べようかな」
「ふふ。紗奈が食べるなら、俺も」
「もう。あなた達、みんな子どもね」
子どもたちだけでわたあめを買いに並び、大人達は好き好きに出店を見て回った。集合場所が鳥居の前なので、迷うことはないだろう。
「……」
義人は一緒に並ぶ知らない人、もとい悠をじーっと見つめている。
「何?」
「! …にーに、だあれ?」
風船を取ってもらった時の悠は髪を下ろしていたので、瞳が見えなかった。『目のないにーに』で覚えられていたので、瞳がバッチリ出ている今の悠は、義人にとって知らない人なのだった。
「こうしたら誰かわかる?」
パッと目元を手で隠すと、何故だかすぐに気がついた。指でピッと悠を指して、答える。
「風船っ!」
「指さしちゃ駄目だよ?」
紗奈にキュッと手を握られて、義人はそのまま紗奈と手を繋ぐ。その様子を悠は微笑ましげに見つめた。
「ふふ。そうそう。俺、悠ね」
「ゆー?」
「そう。このお兄ちゃんは?」
「しょぶくん」
悠が菖蒲の肩に手を乗せて聞くと、義人は即答した。昔からよく遊んでもらっていたので、流石に覚えていたようだ。
「そうそう」
悠はくすくすと笑って、義人と距離を詰める。
「ゆーくんはねーねの恋人ー?」
「え……。ふふ。そうだよ。紗奈お姉ちゃんの恋人」
「義人くんたら、いつの間にそんなこと覚えたの」
「家で小澤の話でもしまくったんだろ?」
と菖蒲がからかい顔で言うと、義人がにこーっと笑って無邪気に言った。
「ねーね、いつもゆーくんって言うー!」
「わああっ! 義人くん! しーだよっ」
しーっと紗奈と義人が向かい合うが、もう遅い。全部聞こえていたものだから、悠は照れて頬を軽く染めている。
「そうなの? そんなに俺の事ばっかり話してるんだ?」
「あっ…恥ずかしい……」
「ふふ。可愛いなあ」
「うわあ……。超甘ぇ……」
悠と紗奈が二人の世界に入り込むので、菖蒲はそれを遠い目で見ていた。
。。。
わたあめを買ったので、鳥居の前で親達と合流すると、菖蒲が妙にやつれていることを指摘される。
紗奈と悠が気まずそうに頬をかいた。
「ごめんて」
「そんなつもりじゃなかったんだけど」
「どうしたの?」
「身近に砂糖が二人歩いてるから、俺もう腹いっぱい」
それでか。と親たちは納得した。付き合いたてのカップルだから……。なんて微笑ましげである。
菖蒲は本格的に悟りを開きそうな勢いで、恋愛成就のお守りを買いに全力で走った。