第51話 新年のご挨拶
一月一日、元旦。紗奈は夜更かしをした目を軽く擦って、リビングに入る。
「ねーねっ! あけましておめでとうございますっ!」
てちてちと走ってきて紗奈の足にピトッとくっつき、義人は元気な新年の挨拶をした。
「あけましておめでとうございます。義人くん」
義人を抱っこしてあげると、紗奈はダイニングに座って待っている父と母にも挨拶をする。
「お父さんお母さん。あけましておめでとう!」
「ああ。あけましておめでとう」
「あけましておめでとう、紗奈。待ってたのよ。みんなでおせち食べましょう?」
「うん!」
「ほら。義人はこっちおいで。お席に座ろうね」
「はーい!」
料理上手の由美だから、当然おせちも手作りである。少々奮発して、豪華に海老まで入った重箱を開けた。
「「いただきます!」」
由美の美味しい手作りおせちを、家族で談笑しながら食べる。元旦の朝から、紗奈は幸せ気分だった。
「食べ終えたら初詣に行くか」
「そうね。紗奈はもうすぐ受験だし、義人は小学生になるんだもの。神様にお祈りしなきゃ」
「うん!」
毎年、一日の朝からしっかりと家族全員で神社に出向いて、神様に一年の挨拶をするのが恒例だ。
「おじいちゃんと、あと幸雄達も一緒だよ」
「それなら菖蒲くんのお祈りもちゃんとしなきゃね。同じ学校受けるんでしょ?」
「うん!」
せっかくの新年だから。と毎年紗奈は可愛く着飾ってもらう。その振袖姿は義人をも虜にした。
「ねーね。きれーね」
なんて、頬を両手で包んで可愛らしく褒めてくれた。紗奈は嬉しそうに、義人の頭を優しく撫でてやる。
「ありがとう。義人くん」
「もしかしたら、悠くんにも会えるかもなあ」
「えっ!?」
新年から会えたら嬉しい。紗奈はバッと顔を上げて、両親を見つめる。
「あら。もし会えたら…可愛いって言って貰えたらいいわね。もうちょっと髪を豪華に飾っときましょうか」
紗奈は当然、悠とのことを全部報告している。
今や恋人同士であることもしっかりと伝わっているので、極たまにからかわれる事があるし、今でも仲良くいられるように応援してくれる。
「ちゃんと可愛い?」
「可愛いわよ。私が着付けたんだからね!」
もしかしたら会えるかも。と聞いた紗奈は、そわそわと由美を見上げた。それに対し、由美は自慢げに胸を逸らして、「ふふっ」と笑う。
マンションのエントランスで待ち合わせた祖父と、菖蒲の家族と合流して、お互いに新年の挨拶を交わす。
「それにしても、毎年豪華だなあ」
挨拶を終えた後、菖蒲が着飾っている紗奈の感想を伝える。毎年「どう?」と聞かれるので、今年は聞かれる前に感想を伝えた。
大好きな母親に着付けてもらえるから、紗奈はついつい自慢したくなるのだ。
「えへへ。綺麗でしょ?」
「ああ。年明けって感じ」
「今日も可愛いな。紗奈」
「女の子はいいわねえ」
「菖蒲も着物着ればよかったのに」
小さい頃は一緒に着付けてもらったりしたが、今はもう恥ずかしい。そういうのは恋人の悠とやれ。と思って、菖蒲は苦い顔をした。
「動きづらいからやだよ」
「あら。女の子の方が大変なのよ?」
「そりゃわかるけど、紗奈は好きでやってるじゃん」
今日は義人の方が薄いグレーの着物を着せてもらっているが、元気に走り回るので早速崩れていた。
「そうだ。うちの父親も呼んでいいですか」
「もちろん。北川くんに会うのも久しぶりな気がするなあ」
真人の父は定年間近で、今は警視を勤めている。彼は優秀な警察官で、もっと出世できると言われたのを蹴り続けた結果、警視止まりで定年することになったようだった。
「本部じゃなくて別の署の署長になっちゃったもんだから、少し寂しかったんだよなあ」
「呼べばいつでも来ると思いますけどね」
「あはは。また宅飲みしたいな」
「程々にしてやってください。もう若くないし」
真人の父も、会えば一番最初に紗奈の振袖を褒めてくれた。
「似合ってるね。紗奈」
「ありがとう! おじいちゃん!」
「義人も可愛いぞ。真人に似てやんちゃしてるみたいだけど……」
ジト目で実の父親に見つめられた真人は、「うるさい」と小さな声で抗議した。
もちろん新年の挨拶もまた交わして、大所帯で神社に赴いた。
。。。
お清めを済ませると、一番大きな階段を登り神様に挨拶をしに向かう。
そこで、本当に偶然に悠を見かけた。元旦なので、確率的に当然と言えば当然なのかもしれないが、まさか本当に会えてしまうとは思わなかった。
紗奈はこちらに気が付かない様子の悠を見つめて、そわそわと身体を揺らす。
「本当にいたじゃん。紗奈」
「誰?」
「紗奈の彼氏」
由美がコソッと言えば、二人の祖父が「「何!?」」と悠の方向を睨んだ。
「父さんにはメールしただろ」
「お父さんには言ってなかったね」
「菖蒲くん。もしかしてあの話の子なのか?」
「あの話の子です…はい」
紗奈の祖父、銀次の勢いに負け、菖蒲は目を逸らしながら白状した。
「紗奈。紹介してもらいたいんだけども……」
「新年のご挨拶もしなくちゃな」
「えっ? えっと……うん?」
紗奈もその圧に負けてしまった。メッセージを送ると、悠はすぐに気がついたようでキョロキョロと辺りを見回してから、目に付いたのかパッとこちらを振り返る。
向こうも両親の他に、人を連れていた。サングラスにマスクなのでどこか怪しく見えてしまうが、そんな彼よりも紗奈の視線は悠に釘付けだ。
悠も着物を着ていた。淡い水色の袴に、上は濃い紺色の着物を着たイケメン。彼ががこちらに近づいてくる。
家族と怪しいサングラスの男も連れて……。ではあるが、彼女の目には愛しい彼氏しか映っていないようだった。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう。悠くん……」
お互いに挨拶してから、悠はちらっと大所帯を見回す。
「えっと……」
とりあえず新年なので、新年の挨拶と、初対面の人には初対面の挨拶をしてみた。紗奈も悠の両親に挨拶をする。
それから、やっと気がついた怪しいサングラスの男をちらりと見た。
「あは。ごめんね。気になるよね」
彼がサングラスを少しだけ上げると、それだけで誰だか気がついた。
「わ……。びっくりした。はじめまして……」
「初めまして。俺のことは内緒にしてね。苗字違うけど、小澤さんでいいよ」
有名な俳優の城川進だった。
「実は俺の甥っ子でね」
「えっ! えぇ!? そうなんですか?」
「凄……。有名人の家系……?」
菖蒲達もどよめいた。
「はは。ごめんね、驚かせちゃって」
爽やかな俳優スマイルでそう言われては、もう何も言えなくなってしまう。圧倒的な芸能人オーラというか…それだけの魅力が彼にはあったのだ。