第49話 ナチュラルに甘い
暫く経てば、顔の赤みは少しだけ引いて、頭の中も冷静になってきた。
「ねえ、紗奈。個人的なことで悪いんだけどさ。学校では……まだ、その……」
「うん。目立つの嫌だもんね。かっこいい人が悠くんだってことは、内緒にしよ?」
「嫌じゃない?」
「うーん……。少し寂しいけど、いいの」
紗奈は、少しいたずらっぽく笑うと、こう続けた。
「二人の秘密って、何だか特別みたいで嬉しいし!」
「無理してない?」
「してないよ。内緒の間は、悠くんのかっこいい姿を独り占め出来るもん。だから、暫くは私だけの……内緒の王子様でいてね?」
「……ずるいのはやっぱり紗奈の方だろ」
紗奈が無邪気な笑顔を向けるから、悠は照れて視線を逸らす。それを見て、紗奈はまたくすくすと笑うのだった。
(ずっと紗奈だけの俺でいるのにな……)
。。。
帰りは近くのファミレスで食事をした。どうせ送るのだから、紗奈のマンションの近所にある『ほしのねこ』にしようと思っていたのだが……。
歩いている途中、二人してお腹を鳴らしてしまったので、一番近くにあったファミレスに入ることにしたのだった。
「あんまり混んでなくて良かったな」
「イルミネーション、まだ終わってないもんね」
遠目からしか見られなかったが、それでも紗奈は二人で見られたことが満足だったらしい。「綺麗だったね」と笑ってくれた。
「紗奈のお母さんって料理上手だし、こういうとこはあんまり来ないのか?」
「うん。あんまり。お母さんは専業主婦だから、お料理に時間をかけてお店みたいに凄いの作ってくれるんだよ。外食もたまーにするけどね。ほしのねこもお父さんのお気に入りだから、結構行くよ」
「ああ。あそこのケーキ美味しかったね」
「今度行こうね!」
「うん……」
もう行くこともない。なんて思っていたが、紗奈の希望なら当然ついて行く。悠はそう返事をすると、菖蒲の顔を思い浮かべた。
(お礼も兼ねて、何か奢ろうかな?)
なんて考える。
。。。
帰り道、近所のいつもの公園の前で、悠が渡したいものがあるから寄り道をしたい。と言い出した。
そのまま二人は公園に入り、前と同じベンチに座る。悠はそのまま鞄からとある包みを取り出すと、紗奈に差し出した。
「少し早いけどクリスマスプレゼント。受け取ってくれる?」
「え? いいの? な、中見てもいい?」
ソワソワとしていると、悠は愛おしげにくすっと笑い、了承してくれる。紗奈が包みを解くと、中には可愛らしい猫のマグカップが入っていた。
「可愛い……」
「動物好きだし、これを使ってる紗奈は絶対に可愛いなって思って」
「あ、ありがとう……。嬉しい」
ナチュラルに可愛いと言ってくるので、紗奈は先程から照れっぱなしである。大事に包みを戻してそれをしまうと、今度は紗奈から悠に包みを差し出した。
「あのね、あんまり上手には出来てないんだけど……。良かったら」
「もしかして手作り? すげー嬉しい。開けていい?」
「うん」
悠が包みを開けると、中には落ち着いた紺色のマフラーが入っていた。
「マフラーだ。紗奈が手編みしたの?」
「お母さんに教えて貰って……。少し緩いところもあるから、不格好かもしれないんだけど。その、家でだけでも使ってくれると嬉しいなあ……」
「大丈夫。気にならないよ。巻いて帰ってもいいかな?」
なんて質問はしているが、それは形だけ。既に悠は、首にしっかりとマフラーを巻いている。
「う、うん……。もちろん。もう悠くんのだから好きにして」
はにかむ紗奈はやはり可愛い。動物園デートの時は去り際にあんな置き土産をされたのだ。悠は紗奈の肩に軽くもたれかかると、小さな声で囁いた。
「家に帰したくないくらい、紗奈といる時間は特別だ」
「っ! ……悠くん、ちょっぴり意地悪」
紗奈が真っ赤な顔で訴えるから、悠も反論する。
「仕返しだ。あの時、めちゃくちゃドキドキして心臓止まるかと思ったんだからな」
「私は今死んじゃいそうだよっ」
頬を押さえて真っ赤になっている紗奈を見て、悠は満足げに笑った。
「もうっ」
「ごめん」
ぷくっと頬を膨らませて怒っているから、やりすぎた。と反省する。しかし、その反省もすぐに消え去った。こちらを見つめてくる紗奈は、何か期待を含む瞳をしていたのだ。
「デートをしたら、許してくれる?」
「……クリスマスがいい」
「え?」
「駄目かな?」
紗奈が赤い顔で不安げに見上げてくるので、悠の頬もほんのりと染まった。
「そりゃ、嬉しいけど……。家族とはいいの?」
「それは夜だから」
「うん。わかった。デートしようか」
「うん! 楽しみ!」
もう遅くなるから、続きはチャットで。という事になった。マンションの前まで紗奈を送り届けると、悠は演技が完全に崩れてしまう。
(やばいな。にやける。家までもってくれ)
そう思いながらも、結局顔は緩んでいたような気がした。幸いなのは、家に帰るまで誰ともすれ違うことがなかったことだろう。
やっとくっついてくれました。ここまでお読みくださった皆様には感謝しかないです。
まだまだ続きますし、むしろここから長いので、これからもお付き合い頂けたら幸いです。