第47話 思わず言ってしまった言葉
悠が本題に入るかどうか迷っているうちに、紗奈が先に声をかけてきた。
「ねえ、少し落ち着いたら、あっちのお店見てもいい…かな?」
いくつかお店が入っている場所がある。そこも混んでいるだろうから、紗奈は遠慮がちである。
「いいよ。もう平気だから行ってみる?」
今、楽しそうなのだ。気持ちを伝えるのは後にしよう。悠はやはりそう結論を出して、立ち上がった。
。。。
雑貨や服を見たり、クレープを食べたりしているうちに、辺りは少しずつ暗くなってくる。日の入りまでもう少しだ。イルミネーションの光もそろそろ灯る頃だろう。
「やっぱり凄い人になっちゃったね。」
「そうだな。そろそろ始まるだろうし、できるだけ近づいてみる?」
「でも……」
やっぱり悠の顔色は、さっきよりも良くなかった。それを隠そうと笑みを作っているが、誤魔化しきれないくらいに、悠の表情は強ばっている。
「あれ? 北川じゃん」
「え? 本当だ。紗奈ちゃん。来てたんだ」
「えっ! 隣の人誰? めっちゃかっこいい!」
クラスの人達に話しかけられ、紗奈は驚いた。何人かの男女グループで来たらしい。普段はあんまり喋ったりしない相手だが、イベントでテンションが上がっているからなのか、紗奈にも気さくに話しかけてくる。
「もしかして、噂になってた奴? どーも」
動物園の時の噂は、学年中に広がっていた。誰もが知っているので、軽い口調でそう言って悠に頭を下げている。
しかし、悠は同じクラスにもなったことのある同級生に突然頭を下げられたので、つい驚いてしまった。緊張もあり固まってしまって、何も言えずにその集団を困った顔で見つめる。
「あ……の」
「てか何? やっぱり付き合ってたんじゃーん。内緒にしなくてもいいのにー」
「そうだよ。卓也、かわいそー。紗奈ちゃんに惚れてたのにね」
「余計なこと言うなって!」
知っている人に声をかけられたことも驚いたが、悠は人に囲まれることが大の苦手だ。悠がたじろいでいる間も、男女グループの声かけはヒートアップしていく。
「何? 彼かわいー!」
「きゃは。戸惑ってんじゃん。かわいそーよー」
絶対に面白がっている。悠はそう思って、視線を逸らしたくなった。喉の奥がキュッと締まっていく。
息がしづらい……。また溺れそうだ。
「北川の彼氏大丈夫?」
「取られちゃうよ?」
紗奈の方もテンパっている。彼氏では無いのに彼氏だと誤解され、悠のその目立つ容姿からか、女子達はきゃっきゃと囲んではしゃいでいる。
悠への罪悪感もあるが、紗奈自身もからかわれている気がして嫌な気持ちになった。それに、何より……
「あの……」
悠の声が戸惑っているので、悠の顔色が悪くなっていたので…紗奈は更にテンパってしまう。それが限界を迎え、ついに大きな声を出してしまった。
「っ…付き合ってないよ! 私の片思いだもん!」
「えっ?」
悠はそっちの方が驚いた。今までの戸惑いなんか消えて、唖然とする。
一方、紗奈の顔はみるみる赤くなっていき、ブワッと羞恥が押し寄せて泣きそうになってしまった。
「えー? そうなの? 卓也。まだワンチャンいけるかもよ?」
「マジ? ワンチャンあるの?」
「ちょっとー。やめたげなよー」
やはりからかい口調で、ケラケラと笑いながらお互いを小突きあっている生徒達。
紗奈はふるふると震えて、涙目になってしまっている。
「……ねーし」
悠は、そんな紗奈にも気が付かず、楽しそうに笑っている彼らが許せなかった。
紗奈の泣きそうな表情を見ていたら、人に囲まれていることなんて忘れた。悠は紗奈を横から軽く抱き寄せて、恐らく卓也? であろう男子生徒を見つめる。
「紗奈は誰にもやらない」
「えっ……?」
悠はそう言うと、今更ながら照れた様子で拗ねるように言った。
「と言うか、勝手に片思いにしないでくれる? 好きだから。今日のイルミネーション、俺から誘ったんだけど!?」
「ひぇ……」
距離が近いせいで悠の声が間近で聞こえる。紗奈は恥ずかしさと嬉しさと、驚きのせいで別の意味で泣きそうだった。
「だからごめんね。その噂ってやつも、これから本当になるから。」
と牽制するように、改めて集団を見る。照れは含んでいるが、整った顔にジッと睨まれて、全員が怯んでいた。隣の紗奈もまだ戸惑っている。
「あっ…えっ……」
驚きすぎて、紗奈はパクパクと口を開いたり閉じたりを繰り返している。しかし、真剣な悠の顔を見ていたら、少しだけだが冷静になってきた。それを見逃さなかった悠は、紗奈を抱き寄せている手に軽く力を込める。
「行くよ」
「う、うん……? あ、あの。おっきい声出してごめんね。またね……っ?」
そのまま悠に肩を抱かれ歩き去っていく紗奈を、男女グループは唖然として見つめたまま暫くその場に佇んだ。